【前川 孝雄】早期退職後も「年収700万円を死守したい」50代会社員の「甘さ」 「やりたいことがない」会社員の末路

早期退職・希望退職募集する企業が増え続けている。ITリテラシーのある優秀な後輩たちの台頭を目にして、これまでの職場に居場所を見つけにくくなってきていた40~50代の大手企業会社員のなかには、転職を検討する人も少なくないだろう。『50歳からの逆転キャリア戦略』(PHPビジネス新書)を上梓した前川孝雄氏が、中高年からの転職時の注意点を「ダメな具体例」に沿って解説する。

※本文で紹介する事例は、プライバシーに配慮し一部設定に変更を加えています。

ある大手メーカーサラリーマンの悲劇

私は20年弱、大手企業で勤めたあと、人材育成を生業にすべく、(株)FeelWorksを起業し13年目になる。これまで大手企業を中心に400社以上で管理職向け研修を実施してきた。その仕事柄、受講者層である40~50代ミドル層の方々から転職相談をされることがよくある。

先般、とある大手メーカーのミドル社員が私のもとを訪ねてきた。仮にAさんとしておこう。平成の初期に国立大学経済学部を卒業したAさんは、隆盛を極めていたメーカーに大量採用された一人で、当時から終身雇用を信じて働いてきた。事業の海外展開とともに海外出張や転勤、長時間労働、単身赴任も経験したが、それもいとわず滅私奉公してきた。

〔PHOTO〕iStock

ところが、ここ10年ほど会社はアジアの新興メーカーとの競争に勝てず、経営不振に陥り、度重なる早期退職勧奨を行ってきた。繰り返し対象となっていたAさんだが、その都度、家族のことを考え踏みとどまり、お世話になった先輩たちを苦渋の思いで送別し続けてきた。

しかし50歳になる今、管理職相当の職階とはいえ、部下は持たされず、20~30代の優秀な後輩たちとともに働き続けることに限界も感じ始めており、いよいよ自分も潮時かと転職を考えた。

「やりたいことって何ですか」

私はAさんにまずこう質問してみた。

「Aさんがやりたいことは何なのですか?」

すると、Aさんから返ってきた答えはこのようなものだった。

「やりたいことって何ですか」

続けてAさんはこう話してくれた。

「仕事というのは会社から与えられるものですよね。やりたいとかやりたくないではなく、やるべき義務ですよね。自分が何をやりたいかなんてことが関係あるんですか」

典型的な大企業のサラリーマン的仕事観だ。自分がやりたいことについて、このような質問をされたことも、考えたことも本当になかったのだ。正確に言うと、就職活動時にぼんやり考えたことはあるのだろうが、入社後は考える余裕もなく、会社の指示に従って真面目に働いてきたため、思考が固まってしまったと言えるかもしれない。

このままでは転職するにしても苦労することが目に浮かぶようで、私はこう話した。

「これまで賢明に会社の指示にしたがって頑張ってこられたことは尊重します。しかし、転職する際にやりたいことがないことには、進むべき方向も定まらないと思うのですが」

するとAさんは少しムッとした表情で、こう応えた。

「最近の若手を見ていて時々疑問に思うんですよ。キャリアがどうこうといって、自分のやりたいことしかやりたくないといって仕事を選ぶのってどうなのかな、て。そんなこと言い始めたら組織はまわらなくなるでしょう。だから私は権利を主張するより義務を果たすのが組織人だと思うんです」

一見、正論のように聞こえる。確かに組織人にはそうした義務感が無くては務まらないことも多いもの。しかし、仕事は会社から与えられるもので、キャリアは会社が作ってくれるものという価値観に染まってしまったリスクには気づけていないのだ。

時代変化を踏まえて、冷静に客観的に考えてみてほしい。会社の中核を担う年齢の中高年社員が、自分のやりたいことについて何一つ語ることができない。それでもやってこられたのが今までの日本企業だった。終身雇用・年功序列を前提に、深く考えずに言われたことをやっていれば、つつがなく職業人生を全うすることがかつては可能だったのだ。しかし、それでなんとかなっていた時代はもう終わったのである。

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「従順なだけ」の人は必要とされなくなる

今や、企業は社内で活躍することを期待している社員に対しても、キャリア自律を求めるようになってきている。事実、経団連トップをはじめ日本を代表する大企業経営者が軒並み終身雇用や年功序列に象徴される日本型雇用はもう維持できないと発言している。

AIなど最先端の知識を持つ若手人材の給与を大幅に引き上げて、変化に対応しづらくなってきている中高年人材の給与を下げ、リストラしようとしていることからもその流れがわかるはずだ。

同質性が高く従順な人材で構成された日本的組織は、経済が右肩上がりで成長し、みんなが同じクオリティの仕事に従事し続けることで成功が得られていた時代には効率的に機能していた。

しかし、その働き方では、今のように変化が速く、業界の垣根を越えた競争も激化し、常に新しい発想が求められる環境への対応力を発揮できない。強みが弱みに変わってしまったのだ。こうして、それぞれに自律した人材で構成される組織へと進化することを企業も志向するようになってきており、Aさんのようなタイプは企業も求めなくなっているのだ。

私はAさんの実務能力までは正確に把握していたわけではないが、彼がなぜ早期退職勧奨の対象になってしまったのか、その理由の一端をこのちょっとしたやりとりから理解できたように思う。

キャリア自律を求めるのは転職を志望する次の企業にしても同様だ。面接で自分のやりたいことすら満足に語れない人を積極的に採りたいという企業は、人材不足の中小企業であってもそう多くはないだろう。私は、Aさんが今辞めるのは危険だと感じた。

転職の条件が「年収」だけじゃ通用しない

それでも、「では、転職するにあたり、大切にしたい条件はあるのですか?」と質問を重ねると、Aさんはこう口にした。

「はい。現在年収800万円ほどですので、同額は難しいとしても、せめて100万円ダウンまでの700万円までで転職したいのです。住宅ローンも残っており、子どもも大学受験ということもあり、妻からのプレッシャーが強いのです」

Aさんが転職の条件にあげたのはたった一つ、給料についてだけだった。もちろん、住宅ローンや子どもの教育費のことを考えればその気持ちはよくわかる。しかし、考えてもみてほしい。あなたが転職者の採用を検討している企業の経営者や人事だとして、転職後やりたい仕事をまったく語らないのに、給料だけはいくらほしいと主張する中高年の応募者を採用するだろうか。

ただでさえ、中小企業経営者のなかには「大企業出身者は上から目線で会社の問題を指摘する割に、高い給与ぶんの働きをしてくれない」と敬遠されることも多いのが現実なのである。

また、50歳のAさんの現在の年収800万円は年功型給与で上がり切った額である。決して現在の市場価値ではない。今や日本で働く人たちの4割は年収300万円以下である。こうした相場観のなさ、逆に言うと現在の処遇がとても恵まれていることに気づけていないことも転職リスクを増大させる。

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もちろん、家族もいるミドルであれば、収入について気にするのは当然のことだろう。しかし、今後の自分の職業人生を考えるとき、本来、第一に考えるべきなのは「何をするか」であるはずだ。給料はあくまでその仕事に対する対価である。

キャリアを積んできたミドル人材が転職すれば、プロフェッショナルとしての働きと成果を求められるのは当然のことである。このごく当たり前の前提がAさんの思考からは抜け落ちていたのだ。

Aさんのような事例は、決して珍しくはない。大企業の終身雇用を信じて、賢明に働き続けてきたために、キャリア自律意識が鍛えられてこなかったからといえる。入社時と今とで組織内の価値観や世間の常識が大きく変わってしまったバブル入社世代にとっては、ある意味で、Aさんは典型例ではないだろうか。大企業で長年働いてきた方の中には、このエピソードを読んで身につまされる思いを抱いた人も多いのではないだろうか。

キャリア後半をどう使うか、自問自答から始めよう

しかし、今やりたいことがないからといって、第二の職業人生を諦めることはない。人生100年時代。幸いにも時間はある。やりたいことがないのは、単にそれについて考えたことがなかったからに過ぎない。どれだけ探してもやりたいことが何一つ見つからない人などいないはずだ。であれば、今から考えればいいのだ。

まずは、自分のキャリア、自分の人生について、自分自身の頭で考えてみよう。深い自問自答を積み重ねれば、きっと答えは見えてくる。すぐに見えなくても、やりたいことに打ち込んでいる社外の多様な人たちに会いに行くことで、自分を見つめ直すことから始めてもいいのだ。

その結果として、今の自分に足りないもの、今から会社でできることも理解できるはずだ。そこに至って初めて失敗リスクを抑えた転職などの行動に必要な準備に取り組むことができるようになる。大手企業を早期退職し、仕事や安定収入はもちろん、社会との接点すら失い、生きる平衡感覚を失いかけた経験を持つ私だから断言できる。こうした準備が整うまでは、勢いだけで早期退職することは得策ではない。

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