新型コロナウイルスの感染拡大による世界的な混乱が広がっている。薬の臨床研究や新薬開発の現場を取材した。AERA2020年3月23日号から。
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終息の時期と共に気になるのは、特効薬やワクチンの開発だ。
政府は現在、新型インフルエンザ薬として備蓄している「アビガン」の効果を確かめる臨床研究を藤田医科大学(愛知県)で進めている。
富士フイルム富山化学製で、既存の抗インフルエンザ薬が効かない新型インフルエンザが流行し、政府が判断した場合に使うという条件で、2014年に承認された薬だ。共同研究者として開発に携わった富山大学医学部名誉教授で千里金蘭大学の白木公康副学長はこう話す。
「動物実験で胎児に奇形を生じさせる催奇形性が確認されたほか、精子が減るなどの現象も出ていたため、使い方が難しいとは思っていました。ただ、致死性の重症な感染症にはアビガンがよく効くということが当時からわかっていました」
白木副学長によると、アビガンは開発段階からDNAウイルスやエイズウイルスには効かなかったものの、新型コロナウイルスが分類される「RNAウイルス」には効果があったという。妊婦には使えないが、重症化しやすい高齢者に効果が期待できる可能性があり、「今回の新型コロナウイルスにも使えるのでは」(白木副学長)と期待する。
治療薬についての研究は今後、世界中で進むことになる。医療ガバナンス研究所(東京)の上昌広理事長はこう説明する。
「パンデミックになるとは、マーケットが大きくなることを意味します。当然、グローバルなメガファーマ(巨大製薬会社)が中心となるでしょう」
米国立保健研究所は、米製薬大手のギリアド・サイエンシズ社の「レムデシビル」の治験を行う。エボラ出血熱の治療薬として開発された抗ウイルス薬だ。ロイター通信も今月、米製薬大手ファイザーが新型コロナウイルスに効果がある抗ウイルス性化合物を特定したと報じた。
日本や中国、タイなどでは「プロテアーゼ阻害剤」というタイプの抗HIV薬が、試験的な治療に使われた。
だが、こうした治療薬について、独協医科大学微生物学講座の増田道明教授は冷静に見通しを示す。
「新型コロナウイルスに効くことが示されれば、治療薬の候補になると思います。ただ、試験管内や動物実験での結果とヒトの体内での効果は一致しないことがあるので、臨床試験で判断しなければなりません。副作用もきちんと評価しながら、慎重に進めることが必要です」
国内でも動きが出始めた。
武田薬品工業は今月4日、治療薬の開発を始めたことを公表した。感染後に回復した患者から採取した抗体を収集・濃縮して得られる「高免疫グロブリン」を使い、治療の効果を試す研究を進める。「9~18カ月程度で開発したい」(広報担当者)としており、年内の上市も視野に入るスケジュール感だ。
日本の政府や、大学や研究機関への支援を行う日本医療研究開発機構なども、抗ウイルス薬やワクチンなどの開発に取り組む予算をすでに措置した。
ただ、上理事長は政府の在り方にこう疑問を呈す。
「官に求められているのは、どこで薬が開発されても国内で保険を使って使える仕組みを作ることだ。開発ではメガファーマにかなわない」
治療薬と同様に国内外の企業が研究に着手しているワクチンは、開発により時間がかかると考えられる。
「健康な人を対象に接種するので、安全性や効果についてはさらに条件が厳しくなります。開発には薬と同等かそれ以上の期間を要します」(増田教授)
HIVやC型肝炎ウイルスは、発見から数十年が経つ。治療薬は実用化されたが、ワクチンの開発には至っていない。
ただし、パンデミックが起こり、治療薬やワクチンがないといって、パニックを起こす必要はない。「残念ながら亡くなった人もいるが、発症率や重症化率から、新型コロナウイルスそのものが他のウイルスに比べてそれほど怖い顔つきをしているようには見えない」(増田教授)からだ。
「国内で新型コロナウイルスに感染した大多数は、特に治療薬がなくても治癒しているようです。特効薬がないというだけで、過大なリスクを想定するのは避けるべきかと思います」(同)
大切なことは、神経質になりすぎてウイルスが及ぼす以上の被害を招かないことだ。(編集部・小田健司、大平誠)