尾崎弘之・東京工科大学教授
20年ぶりの販売記録更新
今週、クルマの国内販売「最高記録」が更新される見通しであることが明らかになった。トヨタのハイブリッド車(HV)「プリウス」の今年新車販売台数が 1990年のトヨタ「カローラ」の記録を抜いて、年間の新車販売台数として史上最高となることが、確実となったのである。
12月6日に発表された日本自動車販売協会連合会のデータを見ると、11月の新車販売ランキングは、プリウスが2万1400台で、昨年6月から18カ月連続の首位となった。今年1月から11月までの合計販売台数は29万7563台であり、1990年のカローラ販売台数約30万台を通年で抜くことは確実である。クルマが売れなくなったという自動車業界の悩みにかかわらず、プリウスの一人勝ちが続いている。今後もこのペースが続くのか、成長が鈍化して成熟期に入るのか、将来動向を予想するためのポイントを考えてみたい。
データを詳細に見ると、成長の鈍化を予想させる数字も見られる。9月のエコカー補助金終了後、販売ペースは鈍っており、11月の販売台数は前年同月比 20.2%減だった。11月の販売ペースがそのまま続くと仮定すると、2011年のプリウス販売台数は20万台強まで減少する。また、過去に年間30万台を超えたのは、1975年と1990年のいずれもカローラだけである。「年間30万台」は、日本の自動車産業の構造的限界である可能性がある。
ハイブリッド車が成長するための条件
プリウスは京都議定書が締結された1997年に市場投入された世界初の量産HVで、累積販売台数は、2009年に200万台を超えた。市場登場後、一貫して、国内よりも海外、特に米国での販売が多かった。2007年の海外販売比率は約82パーセントである。国内販売が急に増えたのは2009年(約20万 8800台)からであり、この時、前年比2.86倍になった。
日本にHVが普及して実質まだ2年未満であるが、普及する前の2006年に野村総合研究所(NRI)が行ったアンケート調査がある。調査結果によると、 HVが普及するためには、1)低価格とメンテナンスコストの低下、2)ハイブリッド車を体験したことがある消費者の増加、3)品揃えの増加――という3つの条件が重要であることが示されている。同じ調査内の、2012年HV予想販売台数は220万台だったが、この予想は現実をかなり下回ることになりそうだ。
NRIの調査結果をあてはめると、低価格がプリウスの販売増加に最も大きく寄与したと思われる。2009年3月、プリウスの価格は200万円程度と手頃な水準に下げられ、同年6月からエコカー補助金申請受付が開始された。また、エコカー減税というインセンティブもあった。これらの影響により、従来は月間数千台しか売れなかったプリウスは、同年5月に初めて月間販売台数1万台を超え、以後、一度も月間2万台を下回っていない。
プリウスの販売が増えた理由は、商品ブランド力、既に市場に浸透した実績、トヨタの技術開発努力も重要だが、価格、補助金、減税といった経済的インセンティブが大きいことは見逃せない。単にエコ意識が強いからHVが売れたのであれば、2009年に突如、国内市場が急成長したことを説明できないからだ。したがって、本年9月のエコカー補助金打ち切りのマイナス効果は無視できず、現に10月以降は前月比で販売台数が連続して減少している。
品揃えが豊富にならないハイブリッド車市場
また、プリウスの今後の成長にとってネガティブな要素となるのは、同車以外のHVが伸びていないことである。11月の販売台数2位のホンダ「フィット」は、10月にHV版を発売した効果もあり、前年同月比2.9%減と小幅減少にとどまった。しかし、2009年からプリウスに対抗するようにホンダが注力した「インサイト」は、今年早くも販売台数が減少している。2009年には9万台売れて、ベスト10に入ったが、2010年(1~11月)は3万6000台余りに落ち込んでいる。HV市場成長のために必要な品揃えの増加は、まだ実現されていない。これでは、トヨタも後継HVを市場に投入しづらいだろう。
なぜ、HVの品揃えは豊富にならず、プリウスだけが圧倒的な販売台数を実現してきたのだろうか。
これまで、HVを生産したことがあるメーカーは、トヨタ、ホンダだけでなく、日本のほとんどのメーカー、米ゼネラル・モーターズ(GM)、米フォード・モーター、米クライスラー、独ダイムラー、中国BYDなど、世界に数多く存在する。ただ、各社とも生産台数が少なく、「コンセプト・カー」(技術力宣伝のために少数作るクルマで、試験的な販売しかしない)も含まれていた。
ハイブリッド・システムを独自開発せずに、他社技術の導入で賄う例も多い。トヨタのHV技術は、マツダ、フォード、日産、ダイムラーに供与されている。また、ダイムラーは、独コンチネンタル社のシステムも採用している。
トヨタが築いたプリウスの参入障壁
さらに、プリウスが先行者として市場を独占したのは、トヨタがHV用に複雑な技術を取り入れて、事実上の参入障壁を形成したことが原因である。
HVは、構造上「パラレル方式」と「シリーズ方式」に分類される。パラレル方式は、エンジンとモーターの両方でクルマを動かす。低速ではトルクが大きいモーターで走り、高速では燃費が良いエンジン走行に切り換わるという方式で、モーターとエンジンを状況に応じて使い分ける。したがって、バッテリーの性能が低くても、実用的なクルマを作ることができる。
もうひとつのシリーズ方式では、クルマはモーターによってのみ駆動する。エンジンは電池の「充電器」としてのみ使われ、車の駆動には使われない。トヨタやホンダ以外の大半のメーカーは、シリーズ方式を採用している。この方式だとエンジンの回転数を一定に保てるので効率が良いが、モーターとバッテリーの性能が高くなければならない。パラレル方式と比較してシステムが巨大化しやすいので、従来はシリーズ方式では実用的なHVは作れなかった。
プリウスが採用しているのは、この二つを組み合わせた「シリーズ・パラレル方式」と呼ばれるさらに複雑なシステムである。
なぜ、トヨタ、ホンダ以外のメーカーはパラレル方式を採用しなかったのか。それは、この方式はエンジンとモーターの制御が難しい複雑なシステムだからである。この点、トヨタは技術的優位性によって、参入障壁を作った。
商品の技術的な分類にこだわるリスク
しかし、現在、バッテリーやモーターの性能が向上しつつあるので、簡便な「シリーズ方式」を使って、品質が良いHVが作られるようになりつつあるが、プリウス以外のHVは依然増えていない。ただ、表面的にはHVと呼ばれていないが、シリーズ式のHVに近いクルマの大量生産が開始されている。GMが今年販売開始した「シボレー・ボルト」はプラグイン・ハイブリッド車(PHEV)であるが、「レンジ・エクステンダー」と呼ばれる、電池の残量が残り少なくなった時、搭載しているエンジンと発電機で充電する構造を持っている。つまり、構造と機能は、シリーズ式HVと類似している。
HV、PHEVの細かい構造の違いは極めて専門的で、微妙な違いでも技術者にとっては重要である。しかし、一般ユーザーにとっては、専門的で微妙な差は大して重要ではない。ユーザーは、構造よりも機能、使い勝手、価格を重要視する。したがって、表面的なHV、PHEVという分類にこだわって市場を見ることは、大局を見失うことにつながる。
11月販売トップ10のクルマは、いずれも小型で燃費が良いクルマばかりである。うち4車種は軽自動車である。大量の電池を使ったクルマより、とにかく燃費が良いクルマの方が、今の消費者ニーズにマッチしているようだ。