東北大学発の電子技術「スピントロニクス」を用いて、同じ消費電力で従来の100倍以上の演算性能を持たせることができる新たなスピントロニクスを用いた新たなAIプロセッサやメモリを開発している。5GやAIが登場し人々が扱うデータが膨大になる中、あらゆる電子機器の基盤を変え、桁違いに性能を向上させうる革新的な技術として世界中から注目を浴びている。
パソコンやスマホなどをの性能を桁違いに向上させる新技術
東北大学の大野英男総長が世界をリードする研究を続けてきた「スピントロニクス」は、電子の回転で発生する磁気の向きを利用して記憶や演算を行う技術だ。パワースピンのCTOを務める半導体研究の第一人者・工学研究科の遠藤哲郎教授はこの技術を半導体集積回路のメモリからプロセッサに用い、さまざまな電子機器の性能を桁違いに向上させる基盤技術として社会実装を進めている。
例えば現在のコンピューターは電源を落とすとCPUやメモリのデータが消えてしまうため常に通電させる必要があり、動作していないときも大きな待機電力が発生している。スピントロニクスを用いた「不揮発性メモリや不揮発性プロセッサ」では電源を切ってもデータが残るため、動作に必要なときだけコンピューターがオンになり、不必要な待機電力を大幅に節約することができる。
消費電力が抑えられればその分、演算能力の性能を高めることができる。遠藤教授は「例えば今1日1回充電が必要なスマホは、不揮発性メモリや不揮発性プロセッサを用いることで電池の持ちが100倍になり、3カ月に1度の充電で済むようになる。この充電の頻度が1週間に1度でいいのなら、その分性能を10倍に上げることができる。このように、これまでの消費電力と演算性とのジレンマを解決することができる革新的技術がスピントロニクスなのです」と語る。
大量データ時代のあらゆるIoTデバイスへ搭載
15年ほど前から大野教授の元でスピントロニクスを学び、半導体集積回路への活用を研究してきた遠藤教授。2013年に発足した東北大学の「国際集積エレクトロニクス研究開発センター(CIES)」でセンター長に就任し、民間企業と連携して共同研究を進めてきた。「民間企業とのネットワークができ、この技術が基礎研究にとどまらず、市場まで見えてきた」と2018年、遠藤教授の国家プロジェクトの研究でプログラムマネージャーを務めていた 政岡 徹 氏を代表に迎え「パワースピン」を設立した。
事業ではスピントロニクス技術を用いたメモリの開発・設計や、IoTデバイスやAIプロセッサの試作、ライセンシングやコンサルティングを展開している。JAXAのはやぶさ3に搭載するプロセッサーの開発や、車の自動運行システム、AIやロボットなど、あらゆるIoTシステムを支える半導体集積回路としての事業展開が進みつつある。
「日本発、東北発の半導体分野の起死回生になる」
世界のあらゆるデジタル機器が既存のシリコンの半導体集積回路からスピントロニクスを用いたスピントロニクス/CMOSハイブリッド半導体集積回路に置き換われば、これらの技術の知財やIPを多くの企業へライセンスする事で、次のエレクトロニクス時代の「世界を制する」基盤技術になる。遠藤教授は「エレクトロニクスの根幹中の根幹の技術で、技術プラットフォームが変わるのは30〜40年に一回。そのゲームチェンジのフェーズが来ていて、長くその一翼を担ってきたこのチームが一番いい果実を刈り取りたい。そうすれば、日本のエレクトロニクスはまだまだ元気でいられるはず」と語る。
政岡代表は「半導体の世界に長くいて、日本の半導体が振るわない中、遠藤先生と研究に取り組んできた。うまくいけば日本発、東北大発の、半導体分野の起死回生になる。現実になりつつある夢を経営の立場から強力に支援し、実現したいと考えている。」と期待を込める。
遠藤代表はこの技術が世界に浸透した未来を描き、「大学の産学連携でこれくらい大きなことができるんだよ、と示したい。事業をうまく軌道に乗せたら、社会貢献として東北大学の教員や学生のスタートアップへのサポートや大学の産学連携の高度化に貢献し、起業のエコシステムを学内で作っていけたら」と、大学発スタートアップを応援する意欲も滲ませた。