きょう3月11日で、東日本大震災の発災から8年となりました。震災後も、国内では、震度7を記録する大地震や西日本豪雨のような大水害など、大災害が毎年のように起きています。そのときに話題になるのが、避難するように言われても「今まで大丈夫だったから今度も大丈夫だろう」と勝手に解釈し、行動を起こさない人です。周囲から「自ら危険に巻き込まれる行動だ」として非難されることもあります。
【画像】外国人へ防災情報を伝える「災害時多言語表示シート」
災害状況を都合よく解釈し、避難行動に移れない人がなぜ生まれるのか、どのような心理からそのような行動をするのか――。防災心理に詳しい、名古屋大学未来社会創造機構で特任准教授を務める島崎敢さんに聞きました。人は災害に向き合いたくない
Q.災害状況において、都合よく「自分は大丈夫だ」と解釈し、避難行動に移れない人がいます。なぜ、このような人が生まれるのですか。
島崎さん「いくつかの原因がありますが、大きいのは『正常性バイアス』が働くことです。『自分が行動しないと死んでしまうかもしれない』という状況は、人間にとって強いストレスです。そこで、ストレスを緩和しようと、『死ぬというのは自分の思い過ごしで、大丈夫なんじゃないか』という証拠を探す心理が働いてしまうのです」
Q.具体的には。
島崎さん「例えば、今、非常ベルが鳴ったとします。鳴っても、『昔も故障で鳴ったことがあったよな』『今日は点検の日ではないか』と『大丈夫な証拠』を探して、多くの人が避難しないのではないでしょうか。『周囲にいる人がまだ慌てていないこと』も避難しようとしない気持ちに拍車をかけます」
Q.確かに、1人だけ避難するのは勇気が必要ですね。
島崎さん「どうしても『大丈夫だ』と思いたいのが人間の心理であって、そうなってしまうのも当たり前です。特に日本人は、空気を読みがちな文化を持っているので、なかなか1人だけ逃げるのは難しいように思います」
Q.東日本大震災のとき、岩手県釜石市では、釜石東中学校の生徒が津波からの「率先避難者」になることで、周辺の住民も急いで避難し多くの命が救われました。人は誰かが率先して避難行動を見せると、避難しやすくなるものですか。
島崎さん「人には同調心理があり、誰かが逃げないと周囲も逃げにくいものです。釜石では、この同調心理が良い方に働きました。『みんなが逃げ始めたから、自分だけ逃げないのは恥ずかしい』となり、多くの人が逃げて命が救われました。避難では、こういう形になるのが理想的ですね」
Q.多くの人が「率先避難者」になれればよいのでは。
島崎さん「全員が『率先避難者』になる必要はありません。人口の中で数パーセントの人が率先して避難すればよいのです。災害はネガティブ情報なので、人は基本的に向き合いたくないという心理が働きます。日本国民全員に『率先避難者』になるよう求めるのは難しいかもしれません」
Q.避難訓練に参加する人が少ないのも「災害に向き合いたくない」という心理が働くからですか。
島崎さん「そうかもしれません。ガチガチの避難訓練ではなく、もうちょっとフワッというか、避難訓練であることをあまり意識させないようにしてやることが必要です。気付いたら防災の知識が高まっている、というような形にしないと、多くの人は参加しないのではないでしょうか」
Q.具体的には。
島崎さん「茨城県のある小学校のPTAの人が話していたことが象徴的です。『炊き出し訓練をやります』と広報して『同時に焼きそば大会もあるよ』と言っても、全く人が来ませんでした。しかし、焼きそば大会をメインに広報して、同時に炊き出し訓練もあることを伝えると参加者が大幅に増えたそうです。『10倍くらいになった』と話していました」
行政頼みでは「命」を守れない
Q.現在の一般的な避難訓練の形式は、やはり限界があるのでしょうか。
島崎さん「個人的な考えですが、行政が全部取り仕切り、参加者が受け身になって一斉に参加する現在の避難訓練には、疑問があります。避難訓練は、個人でやればよい話なのです。住んでいる場所に津波が来る可能性があると分かっていたら、例えば、高台まで本当に行ってみるとか、何分くらいかかるのかを計測するように」
Q.行政が主導することに、避難情報の発表があります。これはどう思いますか。
島崎さん「極論かもしれませんが、行政が避難勧告や避難指示を一切出さないというのも一つの方法だと思います。自分の命に関わることなのに、行政に『逃げてください』と知らせてもらうのを待っていてはだめです。道路で車が迫ってくれば避けるように、危険が迫れば人は逃げます。それと同じはずなのに、行政に頼り、果てには避難情報が早いだの遅いだのと行政を責めたり、『何も災害が起こらなかったじゃないか』と苦情を言ったりしていたら、自分の命は守れないと思います。
要するに、日本では、行政が手取り足取りやってあげることが、国民の防災意識を逆にそいでいるのかもしれないと思うのです。しかし、行政が避難勧告や避難指示を出すことをやめられるかというとやめられないので、言っても仕方ない話かもしれないとも思っています」
Q.「自分の身は自分で守る」という意識を強く持つということですね。そのとき、「自分は大丈夫だろう」と思う気持ちは、避難するときの弊害になると思います。どのようにすれば払拭(ふっしょく)できるのですか。
島崎さん「まず、人には『正常性バイアス』があると自覚することです。『誰も逃げてないけど、空気を読んで逃げないのはまずいよね。まずは自分が逃げることが、みんなが助かるきっかけになるかもしれない』と想像できれば、行動は変わります」
Q.東日本大震災から8年たち、日本人の災害に備える意識は向上したと思いますか。
島崎さん「残念ながら下がっていると思います。しかし、これは、災害が起きると上がり、時間が経過すると下がるの繰り返しなので仕方ないことだと思っています。大きな災害があり、多く報道されると、人は『備えをしないといけない』と考えますが、しばらくすると忘れてしまいます。嫌なことは忘れていくというのは、脳の機能としては正常なので、『意識が下がってとんでもない』と言うのではなく、まずは『そういうものだ』と自覚することが大切です」