【歴史の交差点】武蔵野大特任教授・山内昌之 尊敬すべき孤独と文氏

中東と東アジアで、政治力学の大きな変動が起きている。

 中東では、領域支配の主体としてイスラム国(IS)が消滅し、シリア戦争の事実上の終結に伴い、トルコとイスラエル、イランの3国が国際政治の決定要因として台頭してきた。イエメンの武装組織フーシ派あるいはそれを支援するイランにつながる分子による、サウジアラビアの国営石油会社サウジアラムコの石油関連施設への攻撃は、アラブの盟主たる同国の権威失墜だけでなく、湾岸諸国を含めたアラブの力の低下をまざまざと見せつけた。また、原油価格の変動や湾岸安全保障の不安定は、トランプ米大統領の予期できない反応を招きかねない。中東は大きな試練に立っている。

 もとより、国際関係とくに2国間関係は、国家・国民・企業の利益と利得で動くものであり、イデオロギーや「強烈な思い込み」による友好や敵意に影響されるものではない。トルコはかつて、「隣国との問題ゼロ外交」といった修辞過剰な友好に満足するきらいもあったが、EUとアラブ、イスラエル、イランとの関係を満遍なく操作するのは難しかった。エルドアン大統領になって東地中海の排他的経済水域などをめぐり、ギリシャ・イスラエル・エジプトとの関係を悪化させた。

 しかし、2009年のダボス会議以来、パレスチナとシリアの問題で対立するトルコとイスラエルは貿易量では18年に60億ドルに達しており、トルコにとってサウジアラビアやカタールよりもイスラエルの方が重要な貿易相手国なのだ。同年の韓国にとって重要なのは、中国に次いで851億ドルを誇る日本であろう。貿易の実利は国益を支える基盤であり、時には国内世論に左右される「強烈な思い込み」とは異なり恒久的に安定した2国間関係の基礎になるはずだ。

 国益意識が過剰な大統領と見なされがちなプーチン氏とエルドアン氏には「尊敬すべき孤独」ともいえるたたずまいがある。自国の安全保障を新しい国際政治力学に適合させる能力は高く評価されており、日本の安倍晋三首相との関係も悪くない。両氏と比べるなら、韓国の文在寅(ムン・ジェイン)氏の場合、米韓同盟や日韓関係を毀損(きそん)して孤立する割には、新たな安全保障の構図を示していないのではないか。

 しかし、この心配は日米両国が従来の3国関係を合理的前提としているからだ。文氏が朝鮮半島統一を最優先の戦略目標と見なすなら、日米韓の安全保障協力や在韓米軍の存在は北朝鮮との統合を阻害する要因にすぎない。ましてや日韓関係は付随的要因であり、悪化しても朝鮮半島力学の新パラダイム創出に痛痒(つうよう)を感じるはずもない。文氏の大統領任期中、日韓関係の抜本的好転は望めないだろう。日本政府はもとより、国民とメディアはじっくり腰を据え、日韓関係を距離感と耐久力をもって冷静に眺める必要がある。

 国家間の基本条約や協定を壊すことを懸念しない指導者はさすがに混沌(こんとん)の中東でさえ珍しい。しかも、文氏には「尊敬すべき孤独」の合理性は見られないのだ。(やまうち まさゆき)

タイトルとURLをコピーしました