あれが「新聞記者」だというのか。

ベストセラー作家の百田尚樹氏(61)が10月27日夜、沖縄県名護市で講演を終えた後の出来事だった。

「差別発言があった」。取材で訪れていた「沖縄タイムス」の記者が、百田氏にこう詰め寄った。どこが「差別発言」なのか、耳を疑った。それでも丁寧に説明する百田氏に対し、一歩も引かない記者。現場で見えたのは、事実を都合の良いようにねじ曲げて伝える「偏向報道」の“作られ方”だった。

百田氏にとって25年ぶりの沖縄だった。講演は「沖縄のジャンヌダルク」と呼ばれる我那覇真子(がなは・まさこ)(28)氏が代表を務める「琉球新報、沖縄タイムスを正す県民・国民の会」が企画し実現した。

百田氏といえば平成27年6月、自民党若手議員の勉強会「文化芸術懇話会」に講師として招かれ、「沖縄の二つの新聞は潰さないといけない」とこぼし、当時の野党、民主党が国会で騒ぎ立てた。「二つの新聞」とは言うまでもなく、偏向報道著しい琉球新報と沖縄タイムスのことだ。

当時、この2紙の編集幹部がそろって都内で記者会見し、百田氏の発言を「言論弾圧だ」と槍玉に上げ、臆面もなく報道の自由を訴えたことは記憶に新しい。

かくして2紙の「天敵」となった百田氏は9月22日、ツイッターで今回の沖縄入りについて「空港に降り立った途端、沖縄タイムスと琉球新報の記者たちにどつきまわされるかも…」と皮肉ったほどだ。

この百田氏を迎え撃とうと目論んだのが、沖縄タイムスだった。

10月27日夜、百田氏は名護市の数久田(すくた)体育館で開かれた講演会の壇上に立った。県内外から600人超が訪れ、会場は立錐(りっすい)の余地がないほど埋め尽くされた。多くの人たちが「立ち見」で、百田氏の講演に聴き入った。

取材する記者には「特権」があると思っているのか。沖縄タイムスの阿部岳記者(北部報道部長)が、立ち見を余儀なくされている人たちを横目に、最前列の席に陣取っていた。さあ百田さんよ、何を言うか、しっかり監視してやる-とでも言いたげな光景だった。

講演の冒頭で百田氏は、取材を要請してきた阿部記者を迎えたことを披露した。この9月、新潟県で開かれた東京新聞の女性記者の講演会では、気に入らないからと産経新聞の記者が主催者の新潟県平和運動センターに閉め出される“事件”が起きたが、百田氏や我那覇氏はそんな野暮なことはしなかった。

ちなみに阿部記者といえば今年3月、沖縄県宮古島(宮古島市)への陸上自衛隊配備計画に反対する石嶺香織市議(当時)がフェイスブック上に「自衛隊が来たら絶対に婦女暴行事件が起きる」と投稿して問題になった際、紙面でこう書き、石嶺氏を擁護した御仁である。

「『絶対に起きる』というのは言いすぎだった。石嶺氏も謝罪し撤回している。ただ、投稿全体は素朴な不安の表明だった。配備で隣人となる自衛隊は災害派遣が評価されるが、いざとなれば実力で目的を達成する組織である。女性や子どもが真っ先に戦争の犠牲になることも、歴史が示している」

さて、講演で百田氏は、沖縄2紙の偏向報道ぶりについて数々の実例を挙げながら紹介する一方、とりわけ尖閣諸島を含む沖縄県に忍び寄る中国の脅威を強調した。

「沖縄の実権を握っている2紙は中国の脅威を書かない。一番被害を受ける沖縄県民が中国の脅威を知らされていない」

百田氏はそう指摘し、眼前の阿部記者に対して沖縄タイムスも「真実」をしっかり報じるよう強く訴えた。むろん阿部記者は馬耳東風だ。“狙い”を別のところに定めていた。

2時間超にわたる講演と我那覇氏を交えたトークショーの幕が下りた直後のことだった。阿部記者が唐突に「差別発言をした」と百田氏に詰め寄った。

阿部記者が「差別」と決めつけたのは、百田氏がこの日、講演前に東村高江のヘリパット建設反対活動家たちの「テント村」を視察したときのエピソードを紹介した発言だ。

現場に「国語辞典」が置かれていたことなどに驚いたとのエピソードを紹介した百田氏。さらに、「(活動家が)中国や韓国からも来ている(と同行した我那覇氏から聞いた)。嫌やなー、怖いなー、どつかれたらどうするの(と返した)」と語った。

百田氏は、現地で公用地占拠などの違法行為を繰り広げている連中に中韓両国の活動家も加わっている現実を危惧し、関西人らしい独特の言い回しで「嫌なー、怖いなー」と純粋な受け止めを吐露しただけだ。

しかし阿部記者はこれにかみついた。百田氏に仕掛けた“場外バトル”は延々40分超に及んだ。その応酬を再現すると、趣旨はこうだ。

百田氏 「差別発言ではない。沖縄市民が半分で後は全国やアジアから活動家が来てることを怖いと言った。私に差別意識はない」

阿部記者 「中国や韓国は常に差別の対象にされている。差別の感情が現れたように聞こえた」

百田氏 「あなた自身に差別意識があるから、中韓を出せば差別と思ってる。沖縄の問題なのに沖縄以外の人が中韓やいろんな所から集まってる状況が怖いと言っただけで、ヘイトでない。どうしても差別に結び付けたいの?」

阿部記者 「差別してる方は差別してることに気づかない。百田さんは差別の気持ちがあふれている」

百田氏 「それはあなたの主観だ。『感情に現れた』と『差別発言』は全然違う。あなたが心の裏を勝手に聞いてるだけだ」

阿部記者 「私は聞いた通りだ」

百田氏 「40分説明しても私をヘイトスピーカーというあなたの感覚が異常。あなた自身に強烈な差別意識があるのだ」

阿部記者 「(差別の感情が)残念ながら現れていた」

百田氏 「それは牽強付会(けんきょうふかい)だ」

阿部記者 「あすの沖縄タイムスを見てください」

百田氏 「うそは書くな」

百田氏がどれだけ発言の趣旨を説明しても、阿部記者は主張を変えなかった。

こうしたやりとりが続いた後、阿部記者はその場を去った。居合わせていた我那覇氏は「この人(阿部記者)は百田さんを差別してる。だから素直に言葉を受け取らない。全国に『沖縄の記者はおかしな人』と露呈してるのですよ」との言葉を阿部記者に浴びせた。

阿部記者の言い分は要するに、日本で中韓はとかく差別の対象になっている。だから国名を出すだけで差別だ-というものだ。まったく意味不明であり、それを「言い掛かり」というのである。その取材姿勢は「差別発言ありき」で、「百田氏はヘイトスピーカーだ」というレッテルを張り、バッシング報道を展開する魂胆があったと受け取れた。

不毛の場外バトルに長々と付き合わされた百田氏は、こう吐き捨てた。

「沖縄タイムスの記者はクズみたいな奴や…」

阿部記者にとって誤算だったのは、このやりとりの一部始終が全国に発信されていたことだ。機転を利かせた我那覇氏がネットで生中継したほか、百田氏が出演するネット報道番組「真相深入り! 虎ノ門ニュース」の取材班もこのもようをカメラに収め、10月31日に放送した。

沖縄タイムスはこれまで、我那覇氏から「公開討論」を要求されながら断ってきた。それだけに、突発的に実現した百田氏と阿部記者による「公開討論」は、逃げ場のないものとなった。

相手に「証拠映像」が押さえられている以上、事実を捏造(ねつぞう)して伝えることはできない。

くだんの百田氏の講演について、翌28日付の沖縄タイムスは「差別発言」の文字は載せなかったが、「『中国や韓国 怖いな』 百田氏講演 高江反対運動に」という見出しをつけて報じた。記事では案の定、百田氏が講演で訴えた「中国脅威論」には一切触れずじまいだった。

百田氏は同日、自身のツイッターにこう投稿した。

「私と阿部記者のやりとりを、我那覇真子さんがネットで生中継したことが大きかったと思う。あのやりとりを何万人が見ている中、さすがに嘘は書けなかったのだろう。我那覇さん、GJ(グッドジョブ)!」

「沖縄タイムスの記事には『百田の発言は差別だ』とまでは書かれていなかったが、見出しには『中国 韓国 怖いな』という文字が書かれ、私が差別的発言をしたようなイメージ操作がなされていた。全体的に悪意に満ちた記事であり、しかも一部に事実でないことが書かれていた」

沖縄タイムスにすれば「ただでは転ばない」ということだろう。一人の記者の取材の実態が図らずも全国にさらされたことが、今後、同紙にとって“良薬”になればいいのだが…。

(那覇支局長 高木桂一)