処理水の放出により反日ムードが高まる中国から、日本各地に様々な嫌がらせが届いている。バッシングの中心にいる福島の漁港では、怒りを抱えながらも“その先”を冷静に見据える人々がいた。ジャーナリストの西谷格氏がレポートする。
【写真】反日ムードが高まる中国。生徒に処理水の危険性を説き、岸田批判の作文を書かせる中国の教師なども
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福島第一原発から半径50キロ圏内に位置する相馬市の松川浦漁港。大ぶりの鯛の下処理をしていた男性は中国について吐き捨てるように言った。
「俺たちも大変な思いをしているのに遊び半分でこんなことされてさ。一生恨むよ」
男性が憤るのは、処理水放出とほぼ同時に始まった中国からの集中的な迷惑電話だ。飲食店やホテル、公共施設など、“電話攻撃”の対象は多岐にわたる。福島県庁には1日で500件もの着信があり、職員たちは暴言を吐かれたり、大声でまくし立てられたりした。
地元の特産品などを扱う「浜の駅 松川浦」を訪れると、店長が困惑した様子で語る。
「1日100件ぐらい鳴る日もありました。電話に出ても何を言っているか訳が分からず、一方的に切れてしまうんです」
今も迷惑電話に悩まされている相馬市内のホテルの女将も言う。
「午前0時とか深夜3時とか、とんでもない時間にかかってきます。職業柄、寝る時は枕元に携帯電話を置いているので、睡眠不足になってしまいました。うちに言われても……と思いますし、やり方が汚いですよ」
ホテルの電話に残された中国の番号に筆者が折り返すと、若い男性が出て、「スマホの調子が悪くて、たまたま間違えてかけてしまったんだ。ただの偶然なんだよ。本当だ」と繰り返すのだった。
匿名を条件に地元の漁業組合幹部が語る。
「処理水の放出に反対の立場は崩せない。万が一、日本のどこかで海産物から基準値超の放射性物質が検出されたら、福島が悪者にされかねないからな。ただ、政府と真っ向から対立するつもりはないよ。国の支援のおかげで船も修理できて港もきれいになったんでね」
中国の対応には怒りを覚えつつも、冷静だ。
「禁輸は長くは続かねぇよ。ほとぼりが冷めたら徐々に緩むだろう。中国に言いたいのはさ、あんたらは自分の首絞めてるのがわかんねえのかってこと。こんなに大騒ぎして何の健康被害も起きなかったら恥をかくのはそっちだぞ。国際社会に『中国はバカです』って宣伝しているようなもんだ」
別の漁業職員も同じ意見だった。
「食いたくねぇなら結構。日本産がなくなって困るのはそっちも同じ。俺らは日々、漁に出て魚を捕るだけ」
昨今、中国では空前の日本食ブームが続いており、とりわけホタテなどの海産物は日本産の人気が高い。彼らもまた、好んで食べていた日本の海の幸を自ら手放している。
禁輸措置に対して慌てたり頭を下げたりするのは禁物だ。安易に譲歩すると、かえって解決が遠のくのが中国である。
漁師たちが心配しているのは、あくまで風評被害。ならば、福島産の食材を皆で「食べて応援」すれば、地元の不安は払拭されるはずだ。
「全人類的罪人」
日本国内よりも苛烈な「反日嫌がらせ」が横行しているのが中国国内だ。青島の日本人学校は投石され、別の日本人学校でも卵が投げ込まれた。北京の日本人学校では校門にバリケードを設置することになった。
ネット上で日本産の海産物は〈核海鮮〉と呼称され、日本人に対しては〈大核民族〉〈全人類的罪人〉といった言葉が並ぶ。〈放射能ブランド〉と称して日本の化粧品メーカーリストが出回り、不買運動も呼びかけられた。
一方で「処理水は問題ない」とする書き込みは続々と削除されており、中国当局は“意にそぐわない”投稿に神経を尖らせているようだ。
街中でも時折不穏な空気が流れており、「日本料理店で中国人と日本人が処理水の問題で口論になっているのを見ました」(上海の日本人駐在員)との声もある。
広東省では日系企業で働いていた中国人が「福島の放射能のせいで健康被害が出た。治療費を払え」と会社に要求する事案もあったようだ。
SNS上には日本叩きの「動画」も大量にアップされている。たとえば、中学校の女性教師が電子黒板の前に立ち、生徒にこう声を張り上げる。
「日本人というのはまったく恥知らずです」
「汚染水の排出は人道に反しており、国際法にも違反しています」
黒板には岸田首相の顔面の写真が大きく引き伸ばされており、憎悪対象として教師は何度も指を差す。日本がいかに自己中心的かつ非人道的であるかを滔々と説明すると、生徒たちは「畜生め!」「人間じゃない!」と怒りのボルテージを上げた。
「みなさん日本を罵りたいと思いませんか? 日本を批判しましょう!」
こうして教師は作文の授業で子供たちに岸田首相への手紙を書かせるのだった。動画の投稿者は「この先生は素晴らしい!」と絶賛した。
中国貴州省からは、自身の経営する日本料理店を自らの手で破壊する男性の姿が投稿された。
「俺には中華民族としての思いがある。日本に関するものはすべてぶっ壊すことにした!」
店内の壁に貼られていた日本アニメのポスターをビリビリと破り、暖簾や装飾品を乱雑に引き裂いていった。今後は中華料理店としてリニューアルするという。
上海の日本料理店では、「日本産不使用」を宣言する店も現われ、事態は混沌としている。
中国からの圧力は始まったばかり。福島の漁師たちのように、動じることなく対応したいものだ。
【プロフィール】
西谷格(にしたに・ただす)/ライター。1981年、神奈川県生まれ。地方紙『新潟日報』記者を経て、フリーランスとして活動。2009年に上海に移住、2015年まで現地から中国の現状をレポート。著書に『香港少年燃ゆ』『ルポ 中国「潜入バイト」日記』など。
※週刊ポスト2023年9月15・22日号