電車内で多発する痴漢被害は今も絶えない。
近年は身に覚えのない人が立件されてしまう痴漢冤罪(えんざい)もクローズアップされている。いずれにせよ電車内から痴漢を追放する手立てはないのだろうか。電車内での迷惑行為を防ごうと、各鉄道会社は「女性専用車両」を導入し、広く定着してきた。しかし、痴漢対策効果をめぐって「抑止力にはならない」との指摘があるほか、導入に法的根拠がないことから、利用客の間では「男性差別」との反発も根強い。逆に「男性専用車両」の導入を求める声まで上がるが、これも根本的な痴漢対策に結びつきそうにない。新たなアプローチとして、車両内での防犯カメラの設置に加え、スマートフォンの普及を踏まえた痴漢撃退のアプリが注目されているようだ。
女性専用車両は「安心を与えてくれる場所」
「絶対に痴漢に遭いたくないので」
大阪・梅田への通勤で、女性専用車両を毎日利用する女性会社員(28)の理由は明確だ。高校時代、電車で痴漢被害に遭ったことがあり、強烈なトラウマになっている。女性専用車両について、女性は「安心を与えてくれる場所」と話す。
同じく女性専用車両を毎日使う女性会社員(35)は痴漢対策を意識したことはほとんどない。「満員電車で仕方なく誰かに接触するとしても、男の人とは嫌だから」と語る。
日本民営鉄道協会(東京)によると、女性専用車両は、平成13年に京王電鉄が大手私鉄として初めて本格導入した。翌年、京阪電鉄と阪急電鉄が試験的に導入して好評を得たことから、関西以西の鉄道事業者で普及。その後、全国に拡大した。
国土交通省によると、今年4月時点で、全国の32事業者が計87路線で導入している。
痴漢の犯行場所が移動しただけ?
女性専用車両に痴漢対策効果はあるのか。
犯罪白書によると、電車内での強制わいせつ事件の認知件数は18年の420件に対し、26年は283件。電車以外も含む痴漢事案の摘発件数は、18年が4181件だったが、26年は3439件となっている。
統計上、被害は減少しているのだが、警察庁の有識者会議「電車内の痴漢防止に係る研究会」で委員を務めた淑徳大の山本功教授(犯罪社会学)は「女性専用車両に効果があるのかは、よく分からない。そもそも痴漢への抑止力は期待できない」と指摘する。
基本的にどの電車でも女性専用車両は1両。ラッシュ時に限らず終日運行する例もあるが、すべての女性が利用できるわけではない。痴漢常習者が他の車両で犯行に及ぶため、「単に犯行場所が移動しているだけだ」(山本教授)というのだ。
さらに、恥ずかしさなどから、被害を訴えていない女性が相当数いるとされている。
冤罪報道、行き過ぎると偏見も…
「痴漢におびえる女性を守るという意味は確かにある」
「一般社団法人痴漢抑止活動センター」(大阪市)の松永弥生代表理事(52)は、女性専用車両の意義をこう評価する一方、「そうだとしても、痴漢がなくなるわけではない」として、現時点では次善策にすぎないと語る。
松永代表理事によると、女性専用車両に乗車したがらない女性もいるという。
「女性専用車両に乗るのはブスとババアばかり」。こんな根拠のない意見がインターネットなどで飛び交うようになり、「『利用しているのを見られるのが嫌』と話す女性もいた」と明かす。
一方、最近、痴漢に疑われるなどしたため線路に逃走する事案が相次いだ。これに関連し、松永代表理事は、痴漢被害の深刻さよりも痴漢冤罪に焦点を当てた報道や情報が増えたと感じており、その流れが行き過ぎると痴漢被害者が声を上げづらくなり、痴漢常習者に有利になる-と訴える。
痴漢問題をめぐる昨今の「空気」が女性専用車両への風当たりや偏見を強めることにならないか、とも案じているという。
「男性専用」に男女から賛意
国交省によると、そもそも女性専用車両は、設置に法的根拠はなく、利用者の理解や協力のもとで実現するサービスだ。時間帯によって他の車両より空いていることもあり、「不公平」「男性差別だ」との批判は根強い。
出口なき痴漢問題への反動からなのか、近年は「男性専用車両」の導入を求める声も出ている。
インターネット調査会社「マクロミル」(東京)が6月、関東の500人を対象に行った調査では、全体の69・4%が「絶対に導入すべき」「導入した方がよい」と回答。さらに男女別では、男性の65・1%に対し、女性は73・9%が賛成に回った。
賛成した理由について、男性では「痴漢に間違われたくないから」との声が目立ち、「男女平等のため」(30代女性)、「夫が冤罪に巻き込まれないか不安だから」(40代女性)との意見もあった。
一方、「導入すべきでない」とした人の理由としては、「専用車両に乗っていないと変な目で見られそう」(40代男性)、「より一層の混雑につながる」(20代女性)などがあった。
ただ、国交省によると、現時点で男性専用車両の導入を検討している鉄道会社はない。導入されれば、冤罪防止効果への期待はあるが、男女が混在する車両が残る以上、そもそもの痴漢対策には大きな効果がないとの声もある。
防犯アプリの拡大に期待
それでは、電車内での効果的な対策はあるのか。
山本教授が「抑止力としては期待が持てる」とするのは、車内の防犯カメラだ。「誰かに見られている」との意識が犯行を食い止める可能性がある。
しかし、コスト面は大きな課題だ。現時点での導入は、3年後に五輪やパラリンピックが迫る首都圏の鉄道が中心だ。また混雑状況によっては、痴漢のターゲットになる下半身がカメラに写らないケースも考えられ、「やった、やっていないの証明にはならない可能性はある」とする。
山本教授がほかに有効とみているのは、警視庁が導入したスマートフォン用の防犯アプリ「Digi Police」(デジポリス)だ。
メニュー画面から「痴漢撃退」を選択すると、「痴漢です 助けてください」と大きく表示される。この画面をさらに触ると、マナーモードでも助けを求める音声が流れる。声を出さず、加害者や周辺に被害を訴えることが可能になる。
アプリは、振り込め詐欺やひったくり事件などの防犯情報も紹介している。山本教授は「スマホ世代にも受け入れられやすい」として、同様のアプリの拡大に期待を込めた。