あなたは「逃げ切れる」か?50代会社員の憂鬱な現実

『週刊ダイヤモンド』2月20日号の第1特集は「逃げ切り世代大解剖」です。順風満帆なサラリーマン人生を送り、老後は優雅に第二の人生を楽しむ ──。時代は変わり、そうした人生は限られた“世代”にしかかなわぬ夢となりつつあります。特集では、どの世代が逃げ切り見事にゴールテープを切ることが できるのかを探ります。まずは逃げ切れるか微妙な50代の現実を見てみましょう。

「会社は今でも大好きですよ。愛着はあります。ただあの状況では、誰かが人柱にならなければ会社は持たなかったでしょうから」

そう言って唇をかんだ田村幸一さん(仮名・51歳)は、昨年9月末、シャープを希望退職した。

その3カ月前。勤務していた奈良事業所(奈良県大和郡山市)の会議室に、45歳以上の社員たちが集められ、希望退職の説明を受けた。社内では傍流の部署で開発業務に携わっていたこともあって、うすうすは感じていたものの、いざ自分が対象となるとやはりショックだった。

帰り道、何も考えられず、気付けば最寄り駅を乗り過ごしていた。どうにか自宅に戻り、妻に告げた。

「会社の希望退職に応募しようと思うんだ」

この先の生活はどうするのかと詰問されるかと構えたが、意外にも妻からは「あなたがそう決めたのだったら、反対しないわ」と言われ、肩の荷が下りた気がした。

普段は気にも留めない、ダイニングに置いた冷蔵庫や電子レンジにある「SHARP」のロゴが、なぜか霞んで見えた。

翌月、所属長との面談で開口一番、希望退職に応募することを伝えた。他の社員とも面談を繰り返し、疲れ切った様子だった所属長は、「分かりました」と答え、深々と頭を下げた。その姿を見て、「これでよかったのだ」と自分に言い聞かせた。

退職金は24カ月分の特別加算金が付いて2000万円超。当面の生活費には困らないが、大学卒業後、30年近くシャープに勤めてきた自分が辞めた後に何が残るのか、よく分からなかった。

その後、会社側は再就職の支援として、人材サービス2社を紹介してきた。そのうちの1社は、担当者が説明会にすら顔を見せず、案内のパンフレットが置いてあるだけ。そんな会社は信用ならんと、もう1社に支援を依頼したが、求人内容はどれもパッとしなかった。

8月末、奈良事業所に勤める同期たちから、相次いでメールが届いた。

「久しぶりにみんなで飲もう」

そう言って居酒屋に集まった同期たちと話をして驚いた。

事業所でも顔なじみの7人のうち、実に6人が希望退職に応じて9月末で会社を去るという。まるで、社会から必要とされていない世代と言われているようでがくぜんとした。

同期は皆会社を愛していた。「悪いのはあいつらなのに、なぜ自分たちがこんな目に遭わなければならないのか」。

やるせない思いが込み上げ、気付けば経営陣に対するそんな不満ばかりが口をついて出た。

入社当時、売上高はまだ1兆円にも満たなかった。業容拡大の大号令の下、朝から晩まで汗水垂らしながら、必死になって働いた。それがいつしか3兆円企業にまでなり、会社の成長を支えてきたという自負もあった。

「このまま勤め上げれば、一流企業の社員として順風満帆な人生を終えられる」

そんな夢ははかなくも崩れ去ってしまった。

「シャープはしょせん、二流の会社。それが一流だといつからか勘違いし、身の丈を超えた経営になった。自分が今こういう境遇になってしまったのも、ある意味必然かもしれませんね」

そう話す田村さんは今、近所のハローワークに通いながら、再就職先を探す日々だ。しかし、技術畑一筋で、51歳という年齢から、応募書類だけで落とされることが続いているという。

元シャープ社員の再就職に向けて、面接会などさまざまな支援を続けている奈良労働局の担当者は「昨年9月末の希望退職から5カ月近くがたった今でも、行き先が決まった人はまだ4割」と厳しい現状を語る。

退職した時期が数年違っただけで天国と地獄

世間からは安定企業として羨望のまなざしを向けられる銀行でも、50代は厳しい現実に直面している。

「先輩たちを見ていて、もう少し銀行に残れると思っていたのだが」

銀行の多くは、人員の多い50代前半に充てるポストが不足している。そのため、定年を事実上早める形で、自らの関連会社や一般企業に転籍させているのだ。

もちろん、これまでもそうした出向制度はあった。しかし、対象となる年齢が年々下がってきているのだ。

転籍後も安穏とした第二の会社人生は送れない。社員からは「銀行さんに何が分かる」と疎まれ、先に転籍している先輩からもいじめ抜かれたりするという。

というのも、こんな時代、新たな就職先を探すのは容易ではない。自分のポストが脅かされてはまずいと保身に走り、「あいつは使えない」などと喧伝するというのだ。

「銀行時代には仲が良かったのに。精神的に参る」と、転籍したメガバンクOBは困惑するばかりだ。

退職金や企業年金といった面でも、50代は苦しい状況に追い込まれている。

2009年以降、金融危機のあおりを受けて、多くの中小企業で運用難による退職金の積み立て不足が顕在化した。

都内のある中小企業も、深刻な積み立て不足を受けて、国の助成がある「中小企業退職金共済事業」に制度を移行した。

50代の社員はある日、人事担当者から個室に呼ばれた。移行後の退職金の試算について説明を受けるためだ。

目の前に差し出された試算表を見て、目を疑った。すでに退職した人たちと比べて、退職金の額が実に2000万円近くも減額になっていたからだ。

「退職後の人生設計が大きく狂った。タイミングが数年違っただけで天国と地獄だ」と、この社員は愚痴る。

今の50代、特にその前半組は、団塊世代などが同じ年齢のときと比べ雲泥の差だ。役員とまではいかなくても、それなりの立場で部下を従えて会社を動かし、会社人生を終えた後に思いをはせるなど、夢のまた夢となっている。

「終身雇用の崩壊」「社会保障費の負担急増」「年金受給開始年齢の引き上げ」「厳しい出世競争とポスト不足」という「四重苦」によって崖っぷちに立たされ、まさに「逃げ切れない世代」となっているからだ。

タイトルとURLをコピーしました