あのテスラ「モデルS」に乗ってみた! 米国生まれのプレミアムEV、500kmを1000円で走る

テスラ「モデルS」の何にいちばん驚いたかといえば、アクセル操作に対する機敏なレスポンスだ。踏めば踏んだ分だけ、しっかり加速する。しかも相当速い。そして、走りの質感に特に不自然さを感じなかったことは、良い意味で事前の予想を裏切った。
テスラ・モーターズ。高級タイプの電気自動車(EV)をつくる米国発のベンチャーの名を、耳にしたことのある人も少なくないだろう。2008年に最初のモデルとして売り出したスポーツカータイプの「ロードスター」は、米国のセレブを中心に人気を博し、全世界で限定2500台を2012年までに売り切った。2010年にはトヨタ自動車と電気自動車の開発で資本業務提携を結んでいる。
そのテスラが第2世代として送り出した車種の一つが、モデルSだ。昨年(2012年)6月、米国で納車を開始した4ドアタイプのプレミアム電気自動車である。
■米国では1万5000台を販売
米国での車両本体価格は最も手頃な仕様で約7万ドル(約700万円)。日本でもかなりの高級車に付けられるプライスだが、すでに米国で約1万5000台を販売。今年夏には欧州でも納車が始まった。
日本での販売価格は未定だが、現在、予約を受け付けており、納車開始は2014年春(来春)の予定となっている。
10月上旬。記者は、そのモデルSに試乗する機会を得た。テスラに試乗車を用意してもらい、東京都内の一般道路を約1時間にわたって運転した。日本では、原則として東京・青山のショールーム、大阪、福岡のオフィスに試乗車があるが、それでもほとんどの日本人が未体験のクルマだろう。
シャープでカッコいい。モデルSの試乗車を一目見て思った。派手ではないが、デザインは洗練された雰囲気を感じた。動力系統のバッテリーやモーターなどを床下に収納しており、ボンネットを開けるとトランクのように荷物が積める。リアにエンジンを積むポルシェのようだ。
モデルSは普通のセダンのように通常は5人乗りだが、リアの荷物収納スペースに、折りたたみのできる子供2人分のシートがオプションで付けられる。長時間はさすがにきついかもしれないが、最大7人乗りでの移動も可能なのである。
内装はハイテクな要素が満載。センターコンソールには、アップルのiPad(アイパッド)を2枚ぐらい重ねたような巨大なタッチパネル式の液晶画面がある。
これは車内の電装機器の操作や足回りの調整などのほか、モバイル機器との接続も想定された設計となっている。さすが、新世代企業が生み出したクルマといったところだ。
肝心の乗り味はどうだったか。記者はかつて自動車関係会社に勤め、小型車から高級車、スポーツカーなど、さまざまな車種に乗ったことがある。モータージャーナリストのように乗り味を細かく文章で表現はできないが、一般の方よりも車のことは少しだけ詳しい。その視点から、モデルSの試乗記をお届けしたい。
■出足から鋭い加速
ガソリンエンジン車にしか乗ったことがない人が初めてモデルSに乗ったら、あまりの出足の良さにまずビックリするかもしれない。
自動車の出足を左右するのは、動力系のトルク。エンジン車はアクセルを踏み込み、燃料を一定量使って回転数を上げないとトルクが高まらないので、一気に加速といってもアクセル操作に対するタイムラグが生じる。ところが、モーターはゼロの状態から一気にトルクを出せるので、出足が鋭い。
電気自動車だけでなく、モーターとエンジンを併用するハイブリッド車(HV)や、酸素と水素の化学反応で電気を取り出す燃料電池車(FCEV)に共通するのが、この特性だ。
ガソリンエンジン車に乗っている人なら、プリウスやアクアなどのHVと信号待ちで横に並び、信号が青に変わったのと同時にスタートダッシュで置いて行かれてしまった経験があるかもしれないが、実はハイブリッド車にはそういうカラクリがある。
ただ、モデルSのスタートダッシュは、ガソリンエンジン車やハイブリッド車、はたまた試作段階の燃料電池車など、これまでに記者が乗ったさまざまなクルマの中でも、かなり速い部類に入る。もちろん交通法規を守り、安全を確保したうえでの話だが、都内の広い道路で思い切ってアクセルを床まで踏み込んでみたところ、相当鋭い加速を見せた。カタログ値では停止状態から時速100kmまで4.4秒の好タイムを持っている。なるほど、と合点がいった。
記者はターボ(過給器)付きのエンジンを搭載する、かなり高性能な国産スポーツカーや高級車などに乗った経験があり、その中にはかつてのメーカー自主規制の280馬力級のクルマも複数ある。だが、それらと比較してもまったく遜色ない。むしろモデルSのほうがスタートダッシュは速いのではないか、と思うぐらいだった。
■ブレーキの効きもすさまじい
直接的な性能ではないが、アクセルを離すとエンジンブレーキのような減速と同時に、そのエネルギーを電気に替える回生ブレーキの効きもすさまじかった。これはON/OFFの切り替えが可能なのだが、回生ブレーキをONにしていたら、そこそこのスピードが出ていても、アクセルを離すだけで、ビックリするぐらい減速する。
慣れるまでは違和感を持つ可能性はあるが、逆に言うとアクセルコントロールをうまくやれば、ブレーキをあまり踏まない、つまりブレーキパッドをそれほどすり減らさない運転ができるかもしれない。
そして意外だったのが乗り味だ。自動車はすり合わせ技術の結集であり、さまざまなノウハウが結集されている。正直な話、国産車だと同じような車体形状やエンジン排気量、価格などの車種を横並びに比較したときに、上位と下位のメーカーでは走りの質感に差を感じる場合もある。
少しマニアックになるが、ボディ剛性という言葉で表現される車体のガッチリ感や、アクセル、ブレーキ、ハンドル操作に対するレスポンスなど、細かなところにカタログでは計れない品質や性能の差がある。
自動車は、トヨタ自動車や米ゼネラルモーターズ(GM)を筆頭に、世界で年間に兆円単位の売り上げを誇る巨大な企業が手掛けているビジネスだ。それをベンチャー企業にちゃんとつくれるのかと、走りの質感に何らかの違和感があるのでは、という先入観が実はあった。
■走りの質感は十分
ところが、冒頭にも書いたように、記者のレベルではそれを明確に感じることはできなかった。普段は右ハンドルの国産車に乗っているため、モデルSの試乗車の左ハンドルに少し緊張したぐらいで、普通の車と同じような乗り心地を感じ、操舵も十分にできたというのが正直な感想である。山道や高速道路のきついカーブなどを走ったワケではないので、正確なところはわからない面もあるが、走りの質感は十分満足するレベルだ。
モデルSの購入価格は、まだまだ庶民の手には届かない水準だが、一度手に入れてしまえば、維持費は理論上かなり安くすむようだ。モデルSは1回の充電で約500kmの連続運転が可能とされ、その場合の電気代は1000円程度という。
これをガソリン車やハイブリッド車などと比較してみよう。たとえばレギュラーガソリン1リットルの価格が150円とする。1000円だと6.6リットル買える。つまり、ガソリン1リットル当たり15kmの燃費性能を持つガソリン車の場合、1000円で約100km走れる。これが同30kmのハイブリッド車でも1000円で走行できる距離は約200kmという計算になるので、モデルSのエネルギーコストは理論上相当安い。
テスラの充電は、一般的な200ボルト、100ボルトのコンセントで可能なほか、日本で量産電気自動車を販売している日産自動車や三菱自動車が主導して、全国に約1500カ所設置していると急速充電器などにも対応する。
欧米では45分で容量の約8割を充電する、専用の超高速充電器(テスラ・スーパーチャージャー)の普及が始まっている。
■東京から京都まで無充電で走れる
それにしても、そもそも電気自動車で連続走行距離が500kmというのが、日本のユーザーにとっては驚きだ。東京から京都までは無充電で走れる計算になる。たとえば、量産EVの先駆者である日産の「リーフ」の連続走行距離は200km程度とされ、その短さが普及の進まない理由の一つと指摘されている。
リーフのメカニズムを詳しく把握できていないので、テスラのことについてだけ書けば、モデルSのパワートレーンは7000本以上の汎用電池とバッテリーパックが構成する充電システムで搭載され、その中の電池が多少機能停止したとしても全体でカバーするという仕組みになっているという。ここに航続距離が長いという秘密がありそうだ。
日本人にとっても、実はモデルSは意外ななじみがある。電池はパナソニック製、その電池に使われる原料は住友金属鉱山が生産しており、部材の4割が日本製だというのだ。テスラのEVが売れれば、日本の部材メーカーも間接的に潤うかもしれない。
テスラはモデルSと同じ第2世代の車種として、「モデルX」と呼ぶスポーツ多目的車(SUV)仕様の販売も準備し、2014年の終わりごろに生産開始を予定している。これらモデルS、モデルXに続く第3世代は、車両本体価格3万ドル(約300万円)程度を目指しているという。
テスラは、今や世界中で使われる決済サービス「ペイパル」の共同創業者、イーロン・マスク氏が立ち上げた。小さい頃からモノづくりに関心を持ち、小さなロケットを飛ばしていたマスク氏は、応用物理や素材科学の博士課程などを経て、ペイパルを興し、その売却により巨額の資金を得て、電気自動車と宇宙開発を進めてきた。
テスラの電気自動車は設計にマスク氏自身が大きくかかわっているという。今回の試乗を経て、マスクが「21世紀のヘンリー・フォード」と呼ばれていることに、ちょっと納得した。
(写真:梅谷秀司、Paul Sakuma)

タイトルとURLをコピーしました