お客様は神様…じゃない!「カスハラ」横行、過剰なおもてなし合戦も一因

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 今回のテーマは「カスハラ」。

 顧客が理不尽な要求を突き付ける「カスタマーハラスメント(カスハラ)」が横行し、社会問題になっている。古き良き伝統であるはずの「おもてなし」の精神。そのあり方は今、曲がり角を迎えている。

■「おもてなし」日本独自の考え方

 「『お・も・て・な・し』。それは、見返りを求めないホスピタリティーの精神を意味します」

 2013年9月に開かれた国際オリンピック委員会(IOC)総会。フリーアナウンサーの滝川クリステルさんが、日本の「おもてなし文化」をアピールし、東京開催を訴えたシーンは印象深い。「おもてなし」は、この年の流行語となり、脚光を浴びた。

 その歴史は古い。接遇の研修などを手がける「国際おもてなし協会」(東京)によると、「もてなし」という言葉は、平安時代の「源氏物語」に登場する。宮中で仕える人々が、神経を行き届かせて執務をこなすさまを表したといい、直井みずほ代表理事は「『おもてなし』は日本独自の概念。互いを大切に思い、良い時を過ごすという意味が込められている」と話す。

■46%「迷惑行為増えた」健康被害も

 古くから受け継がれてきた「おもてなし」の精神。それが今や、深く傷つけられる時代となっている。

 「接客態度が悪いと言われ、胸ぐらをつかまれて15メートル引きずられた」「2時間以上クレームを受けた」

 流通業界などの労働組合が加盟する「UAゼンセン」が20年に行った調査(回答数約2万7000人)では、過酷な実態が浮かび上がった。約46%は「過去2年で迷惑行為が増えた」とし、状況の悪化をうかがわせる。

 健康被害も深刻だ。厚生労働省によると、13~22年度に認定された精神疾患による労災のうち、顧客や取引先からのクレームや無理な注文が原因になった人は計89人いて、うち29人は自ら命を絶った。

 背景には社会情勢の変化がある。

 消費者心理に詳しい関西大の池内裕美教授(社会心理学)によると、00年代に食品や産地の偽装事件が多発し、企業に対する消費者の不信が高まった。社会的な格差や高齢化などを背景に、不安や孤独感が強まり、他人への寛容さも薄まった。日常生活の中で唯一、他人に強く出られるのは「客」の立場となり、不満のはけ口が店員に向けられやすくなったとみる。

■過度に悪評恐れ

 カスハラを研究する東洋大の桐生正幸教授(犯罪心理学)は、「企業による過剰なおもてなし合戦も一因」と分析する。

 経済の低迷で企業間の競争が激化。客離れやSNSへの悪評の書き込みを過度に恐れ「客を神様のように扱い、店側とのパワーバランスが崩れた」と話す。窓口に権限のない非正規労働者が配置され、クレームに謝罪するしかない状況が事態を悪化させているという。

 桐生教授は「カスハラは、同じ相手に何度も嫌がらせをするという点でストーカー行為と共通する。悪質な場合は犯罪と捉えるべきだ」と断言。土下座の要求や脅迫的な言動などは刑事責任を問われる可能性がある。

 国は対策に乗り出している。厚生労働省は22年2月、企業向けの対策マニュアルを作成し、複数人での対応などを促した。今月には、労災の認定基準に、カスハラを新たな類型として追加し、救済の強化を図った。

 企業側にも変化がみられる。任天堂は22年10月、修理品の問い合わせでカスハラがあった場合、修理などを断り、警察などに連絡する可能性があるとした。

 おもてなし文化を守れるかは私たち一人一人の心にかかっている。

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