お客様は神様? そんな考えが銀行をダメにする

「お客様は神様です」

この名言を残したのは三波春夫だそうだ。我々銀行員にとっては全く迷惑な話だ。これを逆手にとって過剰なサービスを 要求する顧客がいる。困ったことに銀行員の中には自ら進んで過剰なサービスを提供しようとする者すらいる。そんな銀行員に限って、自分本位なのだから手に 負えない。断言しよう。あなたに媚びを売る銀行員を信用してはいけない。お客様をスパッと切るのもプロの仕事なのだ。

■「もめることは覚悟して下さい。切りますよ」

部下の女性行員と、顧客の間でトラブルが発生した。購入頂いた投資信託の運用悪化が原因であった。

「適切なアフターフォローを受けることが出来ない」
「他の客以上に愛情を持って接しろ」

客観的に見て彼女に落ち度はなく、顧客の一方的な言いがかりだった。女性に対するセクハラにあたる発言も散見されたことから、女性行員にこれ以上対応させることは出来ないと判断した。そして、私が彼女に変わってその顧客を担当することになった。

正 確には何人かの行員を経て最終的に私が引き受けることになってしまったのである。誰が対応してもまともな話などできない。「担当者が気に入らない」「態度 が失礼だ」そんな話が何時間も繰り返される。果てしなく繰り広げられる答えのないクレームに誰もが疲れ果て、その対応は私の仕事となったのだ。

「もめることは覚悟して下さい。切りますよ」

こ の仕事を命じられたときに私は断言した。我々の仕事が100%お客様に満足頂けることなどあり得ない。言葉の行き違いで失礼なもの言いをすることだってあ る。それについては謝罪するほかないのであるが、それ以上を求められても毅然とした対応を取るべきだ。特別なサービスの提供や損失補填の要求など絶対に受 け入れることなどあってはならないのだ。

社会のルールの中でお客様と銀行は取引を行っている。そのルールを逸脱するようなら、こちらから取引を断ることだって当然あるべきではないか。

案の定、私はその顧客と衝突することになった。「最終的にはお客様が判断して下さい」「出来る範囲での情報提供は行いますが、損失の補填など特別扱いは一切出来かねます」確かにこんな言葉を言われれば、良い気はしないことはこちらだって察しが付く。

しかし、私はこの客を「切るために」対応を引き受けたのだ。

■現場を知らない上司とクレーマーの狭間で

そんなある日、上司からその顧客の件で思いもよらぬ言葉をかけられた。「もっとうまく対応したらどうなんだ。損が出ているファンドを売却して別のファンドを買ってもらうとか、プロなんだからもっと上手く客とやっていかなくちゃダメだろ」というお叱りの言葉だった。ハシゴを外された……そう思った。開いた口が塞がらないとはこのことだ。

彼は金融商品販売の経験や知識を有していない。様々な部署を渡り歩き、たまたま組織の都合で私の上にいるだけである。ある意味、銀行という官僚組織の戦いを勝ち抜いてきた人間である。そんな人間と、現場の最前線で金融商品を販売している人間の考えが異なるのは当然だ。

自 分が担当している間に面倒なことは起こしてくれるな。臭いものには蓋をしろ。あえて火中の栗を拾うなどもってのほか。クレーマーであろうが、いやな客であ ろうが、しばらく辛抱していれば、転勤で担当を離れることになるのだから、それまでは適当にやっていれば良いじゃないか。上手に客をあしらうのがプロの仕 事だろ。

ようするに、彼はそう言っているのだ。

■問題をうやむやにし、先送りできる人間が出世する

銀行で投資信託や債券など金融商品を専門に販売するという仕事をしていると、他の銀行員との間の見えない溝を感じることがある。

今回のクレーマー対応についてもそうだ。銀行員は不祥事を起こしてはならない。よく言われることだが、銀行の人事考課は減点主義であり、どんなに魅力のある人間であっても、どんなに能力が高い人間であっても、減点につながるポイントがあれば評価は低くなる。

減点ポイントのない人間とは、問題をうやむやにし、先送りできる人間だ。銀行で評価の高い人間はこういう点においては人並み外れた高い能力を持っている。だが、金融商品販売という点で本当にこのような姿勢が正しいのだろうか。

■「お客様を切るのもプロの仕事です」

銀行は顧客からの苦情やクレームに対して極端に弱い。問題が大きくなれば人事の査定に影響する。そんな気持ちが背景にあるからだ。できるだけ問題が大きくならないように押さえ込もうとする。

しかし、そんな姿勢が本当に顧客の利益になるとは思えない。とりわけ金融商品の販売においてはそれが顕著だ。どんなにお客様におべんちゃらを言ったところで、投信の基準価額は上がらない。

問 題の本質には触れず、その場を繕うだけの銀行員。あなたの周囲にいないだろうか。そんな銀行員に限って、あなたのことなどこれっぽっちも考えていない。彼 らが銀行を食い潰していくのだ。投資というシビアな世界だからこそあえて言いたい。「お客様を切るのもプロの仕事です」と。(或る銀行員)

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