2010年の「M-1グランプリ」は、最後のM-1にふさわしい大激戦となった。9年連続決勝進出の笑い飯が何とか逃げ切って念願の優勝を果たしたものの、彼らは最後までスリムクラブの猛追に脅かされていた。決勝初登場のスリムクラブは優勝こそ逃したものの、インパクト抜群の芸風で日本中に衝撃を与えた。彼らのもとには、その日のうちに約160件のテレビ出演・メディア取材のオファーが寄せられたという。
スリムクラブが決勝の舞台で披露した漫才は、M-1の長い歴史の中でも珍しい「超スローテンポ漫才」だった。彼らは、意図的にセリフとセリフの間にたっぷり間合いを取り、ゆっくりと話を進めていった。その斬新なスタイルが評価されて、彼らは準優勝を成し遂げたのである。
それまでのM-1では、テンポの遅い漫才は不利だとされてきた。実際、過去に優勝・準優勝を果たした芸人の大半が、スピード感のある掛け合いを得意とするコンビである。一般に、漫才では速いテンポでネタを進めていく方が、観客を乗せやすく、爆笑を起こしやすいと言われている。日常会話に近いゆったりしたテンポの漫才を演じるおぎやはぎ、POISON GIRL BAND、変ホ長調といった芸人は、決勝の場で今ひとつ結果を出せていない。
だが、スリムクラブはあえて「超スローテンポ漫才」を選んだ。そこには、ハイスピード漫才が評価されるM-1だからこそ、ゆっくりした漫才で笑いを取ることができれば圧倒的に目立つことができる、という計算もあったのかもしれない。ただ、それ以上に大きいのは、自分たちの持ち味を生かすためにスローテンポを追求することにした、ということだろう。
ボケ担当の真栄田賢は、2009年に開催された大喜利イベント「ダイナマイト関西ヤングマスター」で優勝を果たすほどの大喜利の達人であり、一撃必殺のボケフレーズの切れ味には絶大なる自信を持っている。また、彼には、しゃがれた声と不気味な風貌という武器も備わっていた。それらの武器を生かすためには、あえてたっぷりと間合いを取って、少しずつ言葉を継ぎ足すようにしてしゃべるボケ方が最も効果的だったのだ。
また、ツッコミの側から見ても、スリムクラブがあの形の漫才を演じることには意味があった。ツッコミ担当の内間政成は、つかみどころのない風貌と、沖縄なまりのひと癖あるしゃべり方が特徴的な芸人だ。相方の真栄田に出会うまで、内間は自分のなまりにコンプレックスがあり、それをなるべく隠そうとしていたのだという。だが、真栄田は「方言を隠す必要はない。自分にとって自然なしゃべり方をすればいい」と、内間を説得した。その結果、内間はネタの中でも沖縄なまりの混じった妙なイントネーションで真栄田にツッコミを入れるようになり、そのことで笑いも増幅していったのである。
漫才の中で、内間の役割はただのツッコミではない。真栄田が演じる強烈な個性を持つ人物に直面して、あきれて怯える人間をそのまま演じているだけだ。たっぷりと間合いを使って、彼はあきれかえり、言葉に詰まり、愛想笑いすら浮かべる。それは、日常で実際に変な人に遭遇したときの人間の反応として、この上なく自然で、リアリティに満ちたものだった。
彼らは、単に奇をてらって超スローテンポ漫才を演じたわけではない。自分たちの持つルックス、キャラクター、笑いの感覚など、あらゆる要素を考慮に入れた上で、結果的にそこにたどり着いたのである。
他の漫才師が、ハイスピード漫才で自ら槍や弓矢を携えて笑いを取りに行くのに対して、スリムクラブは超スローテンポ漫才で罠を張り、観客がそこにはまるのをじっと待ち構える。「攻め」ではなく「待ち」の笑いを徹底して磨き上げたことで、彼らはM-1史上に残る英雄となったのだ。
(文=お笑い評論家・ラリー遠田)