猫も杓子もEVシフトというブームも終わり、ようやく地に足がついたEVの着実な進歩が認められる時代になった感がある。なんでもかんでも「破壊的イノベーション」という流行り言葉になぞらえて、やれ急激なEVシフトだの、内燃機関の終わりだのと言っていたことがどうも現実的ではないということが、世の中の標準認識になりつつある。
別にEVシフトはこれで終わるわけではなく、おそらくは2035年に向けて、シェアで最大30%程度まではゆっくり地道に進んでいく。EVを快適に使うには自宅に普通充電器があることが必須。もしくは勤務先かどこか、常用するパーキングに長時間占有できる普通充電器があることが条件になる。
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これは今のバッテリーと急速充電器では、80%までしか充電できないからだ。100%まで充電するには普通充電器で時間をかけてゆっくり入れるしかないし、となれば、その充電器は他に誰とも共有しない占有可能な充電器でなければならない。常に共有の急速充電器しか使えないと高価で希少な原材料を多量に使ったバッテリーの20%を死蔵することになってしまう。
ユーザーにとっては航続距離の20%減少という看過できないデメリットなので、おそらくは賃貸住まい、あるいは月極駐車場を利用する人たちのほとんどはEVユーザーにはなれない。総務省統計局の調査では、2018年の戸建て比率は全国平均で53.6%。その戸建てだって敷地内に駐車場があるとは限らない。まあざっくり半分。残る半分の人は、標準的賃貸住宅の電源設備が大幅に更新されるまではEVユーザーになれる可能性がほとんどないことになる。
●BEVユーザーになれない残り70%の選択肢
かなり好意的に見て、母数約54%の中で半分強に当たる30%を、普及の最大値と考えている。「それは日本の場合だけ」という人も出てきそうだが、欧州の方が賃貸は多いし、地震がない分物件が古い。築100年は全く珍しくないので、後から特別に改善していない限り、電源は相応に脆弱(ぜいじゃく)だろう。
ドイツの場合、日本で言う戸建ては40%ほど。二戸ひとつながりが20%。それ以上の集合住宅が20%、米国は1日当たりの走行距離が長いなど、それぞれ事情は違えど、現状のBEVは、ユーザーがストレスなく使える性能に至っていないのはほぼ同様である。
BEVの普及率が最大で30%と仮定を置くと、残る70%の人はどうなるのか。移動の自由が戸建てに住める人のみに与えられるという構造はどう考えてもよろしくない。「戸建ても持てないヤツは移動の自由など諦めろ」と正面切っていえる人もまずいまい。
となれば、BEV以外の移動の選択肢を残る70%の人々にどう提供するかを考えないわけにはいかない。まずは、世界の自動車需要を満たすのはBEVだけでは無理。他に対案があればともかく、現状ではそこを補完するのは内燃機関しかないという厳しい現実を知ることからスタートすべきである。
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とはいえ70%の人がBEVは無理だから、「これまで通りの何も変わらないガソリンとディーゼルで」というわけにもいかない。そこまで極端な結論に達するには「2050年までにカーボンニュートラル達成」という世界で決めた目標そのものを取り下げるところから始めなくてはならないからだ。
今後のなりゆきでそうなる可能性はゼロではないが、今現在の世界の潮流から考えれば、目標はまだ生きている。当然70%の人に向けたBEV以外のカーボンニュートラルプランが必要になってくる。そしてそこには多少の緩さも必要だと思う。例外なしの厳しいルールは、誰も守らなくなる。
●カーボンニュートラル燃料(CNF)でカバー
結局のところ、そこはある程度カーボンニュートラル燃料(CNF)でカバーする以外にない。「緩さ」をどこに求めるかといえば、「軽自動車だけはCNF50%+化石燃料50%の混合燃料もあり」と決めてしまえば、シェアの40%を占める軽が除外され、BEVが30%ならば、残る完全CNF車が30%という計算になり、分散型エネルギー構想のラインが見えてくる。
金持ちはBEV、小金持ちはCNFのHEV、並みの人は混合燃料の軽自動車。CNFはどうしてもコスト高ということもある。ユーザーの可処分所得と車両価格&燃料コストの関係に一定の合理性があると思う。CNFはバッテリーと違い量産が進めば価格が下がる製品なので、十分に価格が下がれば軽も100%CNFにしていける可能性がある。
当面、軽を除外していいという論拠を求められるだろうから、提示しておく。グラフはこの連載でも何度か使った日本自動車工業会(JAMA)がIEAのデータをベースに作成したものだ。2001年から2019年の間に米国やドイツがCO2排出量を増やしている間に、日本だけが2位イギリスにダブルスコアを超えるマイナス23%という目覚ましいCO2削減を成し遂げている。
何度も書いているが、この原因はHEVの増加と軽自動車へのダウンサイジングの進行である。大きな成果を上げている方法なのだ。その上で、それぞれの経済状況やインフラ環境に応じた脱炭素貢献をそれぞれが可能な範囲でやっていくことには大きな意味があると思う。
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さて、CNFといってもいろいろあるが、例えば国内で販売するものに関しては、JISの規格でガソリン相当またはディーゼル相当の燃料でなければ販売できない。JISの規格上同じ製品なので、基本的には混ぜても問題ない。配管の一部に配慮が必要だが、新車製造時のコスト差をエンジニアにこっそり聞いたところ概ね1万円程度と言っていたので、保有車のレトロフィットも含め不可能な話ではない。
CNFにはいろいろな種類があるが、最も現実的なのはバイオエタノールである。すでにブラジルでは普通にスタンドで売られている。値段もガソリンとさほど変わらない。というかリッター当たり単価でいえばむしろガソリンより安いことが多い。ブラジルでクルマを売っている世界中の自動車メーカーはすでに全ての新車について、ガソリンでもバイオエタノールでも対応可能なフレックスフューエル化している。ガソリン100%でもバイオエタノール100%でも走れるだけでなく、給油の都合で注ぎ足しで混ぜても使用可能だ。
そしてブラジル政府は、バイオエタノールを国内需要の6倍まで増産可能といっている。バイオエタノールとはつまりアルコールなので、酒の原材料になるものなら何からでも作れる。暑いブラジルではサトウキビから作るが、日本の北海道なら甜菜(砂糖大根)から作ればいい。食用ではないから美観を気にする必要がない。虫食いもOKなら曲がりも傷もOK。機械化農業で雑に作れる可能性があり農業振興にもつながる。
もちろんマルチパスウェイはここでも効いてくる。病害などのリスクを考えれば材料となる作物は多様化すべきだ。トウモロコシや小麦、米、といったポピュラーな穀物以外にも、キビやアワなどの雑穀、もっといえば、建築廃材や食品廃棄物、家畜の糞尿、下水の汚泥など、腐る(発酵する)ものならなんでも材料になる。それぞれが適地で作ればいい。さらにいえば再生可能エネルギー由来の水素から作るe-FUELという選択肢もあるだろう。これはまた適地の話があるのだが何度か書いているし長くなるので割愛する。
●内燃機関の未来
さて、そうしてCNF時代の内燃機関という話になれば、開発すべきエンジンはおそらく2種類ある。まずは発電用エンジンである。日産のe-POWERや、マツダのロータリーEVは、発電用エンジンと発電機を動力源として、駆動は100%モーターである。こうしたシリーズハイブリッド用の発電専用エンジンには今後大きな進歩が期待できる。
定格でしか運転しないため、全域でのエンジン性能が不要。当然高回転の許容も必要ない。2000回転からせいぜい3000回転が関の山。吸排気効率はピンポイントで定格運転域に最適化が可能になる。
吸排気は気体の脈動の影響を強く受ける。系全体には本来固有の周波数があり、吸気ならば吸気管系の長さと容積で効率の良い回転域が決まる。トロンボーンが管の長さと容積を変えて音の高さを変えるのと同じなのだ。
レース用のエンジンのパワーアップを追求すると特性がピーキーになるのはそういう理由で、それをなんとかして全回転域で良くしようとするから技術的に大変な上に、いろいろな妥協が発生する。運転回転数が決まってくれれば、圧倒的に楽に効率を向上できる。
許容回転数が圧倒的に低くなるため、当然クランク、コンロッド、ピストンなどのムービングパーツの強度も落とせるし、シリンダーブロックやヘッドも同様。バルブスプリングも柔らかくできるので、損失が減る。要するに「絶対に駆動しない」と割り切り、発電専用エンジンとして設計すれば、従来のエンジンの常識を覆す、軽量コンパクトで低燃費、かつ低コストなエンジンができる可能性がある。
モーター直結で変速機を持たないシリーズハイブリッドが効率良く稼働するのは時速80キロまでといわれているので、主にエントリークラスのクルマ用ということになるだろう。
では高級車はどうなるかといえば、100%CNFでエミッションの問題が解決すれば高出力のスポーツユニットや、大トルクの高級車用ユニットが復活できる可能性がある。マツダはジャパンモビリティショーに「MAZDA ICONIC SP」を出品し2ローターHEVスポーツの可能性のみならず、純内燃機関の2ローターまで示唆した。
ヤマハはトヨタのユニットをベースに5リッターV8の水素内燃エンジンを開発中である。写真を見ての通り、Vバンクの間に高さを気にすることなく聳(そび)え立つエグゾーストマニフォールドを見る限り、ミッドシップ専用のレイアウトになる。なので用途としてはレース用かミッドシップスポーツに限られる。普通のFRモデルに積んだらボンネットからマニフォールドが突き出してしまうし、そこから排気管をどう引き回すかが問題になる。ただしその分性能はすごい。発表値を見れば最高出力335kW(455.5ps)/6800rpm、最大トルク540Nm(55.1kgf-m)/3600rpm。
まだ深く静かに潜航している状態のユニットが多いので、一部例外とみなされがちだが、前半で説明した通り、少なくともBEVと同じくらいには普及させなくてはいけないエンジンだと考えると、内燃機関の未来はまだまだ先があることが分かるだろう。
(池田直渡)