これから日本はどんどん貧乏になっていく…「12カ月連続貿易赤字」が露呈する日本経済の本当の弱さ

■「安定した経済成長と物価安定」が一変した

ウクライナ危機が発生してから、早くも約6カ月が経過した。ウクライナ危機は、世界経済を取り巻く環境を激変させた。特に、これまでの世界経済の“グローバル化”の反対ともいえる、世界経済の“ブロック化”あるいは“脱グローバル化”が勢いづいた。

1990年代はじめ、ロシアと米国が対立する冷戦が終結した。それ以降、世界経済は国境の壁が低くなり、人・もの・金が自由に行き来するグローバル化が進展した。国境を跨(また)いで経済活動を行うことができるようになったため、貿易がさかんになり経済は上昇過程を歩むことができた。それによって、“大いなる安定”と呼ばれる経済成長率の高まりと、物価の安定を同時に実現することが可能になった。

しかし、ウクライナ危機によって天然ガスや小麦などの供給体制は世界全体で一段と不安定だ。世界的にインフレが進みやすくなっている。わが国のような資源輸入国、低所得国はより強い逆風に直面している。それは世界経済のパラダイムシフトと考えるべきだ。

一つの変化として、今後、世界的な物価上昇圧力の高まりによって金利は上昇傾向をたどる可能性がある。当面、世界の景気後退懸念は高止まりするはずだ。短期間に米欧などのインフレ率が2%にまで下がるとは考えづらい。FRBはインフレ退治のために追加利上げを行い、短期を中心に金利は上昇するだろう。その後、世界の需要が回復すれば物価は再度上昇し、世界の金利上昇は一段と鮮明化する恐れがある。

■“脱グローバル化”が急加速している

ウクライナ危機の影響を考えると、重要なインパクトの一つは、米欧などがロシアと決別し世界経済がブロック化し始めたことだ。それによって、脱グローバル化が加速している。1990年代の初頭、冷戦は終結し世界経済のグローバル化が進んだ。中国は改革開放を推進して工業化の初期段階を歩んだ。農村から沿海部の工業地帯に豊富な労働力が供給され、中国は“世界の工場”としての地位を確立した。韓国や台湾では半導体やデジタル家電の受託製造業が急成長した。ロシアは天然ガスなどの供給力を高めた。

ウクライナは小麦などの穀物や、自動車部品の一つであるワイヤーハーネスの生産国として供給網に組み込まれた。米国などの企業は事業運営コストを引き下げるために海外直接投資を増やした。自由貿易協定(FTA)などに関する協議も進展し、関税が引き下げられた。世界各国の国境の敷居は下がり、経済運営の効率性が高まった。

1990年代に米国で始まったIT革命、その後のデジタル化の加速は“ジャスト・イン・タイム”のサプライチェーン運営を支え、需要の変化に機敏に対応できる供給体制が構築された。その結果として、景気が緩やかに回復しても物価が上昇しづらい世界経済の環境が整備されたのである。

■エネルギーの争奪戦も激化

しかし、リーマンショック後はグローバル化に逆行する動きが出始めた。その一つとしてウクライナ危機のインパクトは非常に大きい。西側諸国はロシア制裁を強化した。EUはエネルギー資源のロシア依存脱却を急ぎ、ロシアは報復としてパイプラインである“ノルドストリーム1”を通した天然ガス供給量を減らしている。小麦など穀物の供給体制も不安定化した。米中対立やコロナ禍によって傷ついた世界の供給網は一段と脆弱(ぜいじゃく)化している。

足許では中国経済の先行き懸念の高まりなどによって原油価格が下落し、世界の液化天然ガス(LNG)の需給が緩む兆しも出ている。それでも、世界各国の企業が需要に見合った供給を迅速に実現することは難しく、日米欧で消費者物価はウクライナ危機発生前の水準を上回っている。

■貿易赤字が続き、家計はさらに苦しくなる

ウクライナ危機をきっかけに脱グローバル化が加速した結果、エネルギー資源や食料を輸入に頼る国は、より強い逆風に直面している。わが国はその代表例だ。財務省が17日発表した7月の貿易統計(速報値)は、1兆4367億円の赤字だった。赤字は12カ月連続となり、赤字額は7月としては過去最大だ。

2021年10月、わが国が米豪加から輸入する小麦の政府売り渡し価格は前期比19.0%上昇した。中国の小麦購入量の増加、異常気象による作柄の悪化などがその要因だ。本年4月、ウクライナ危機による穀物供給の減少によって売り渡し価格はさらに17.3%上昇した。5月中旬以降、小麦先物の価格は下落している。

ただし、円安によってわが国が輸入する小麦の価格は押し上げられている。10月の小麦売り渡し価格の追加引き上げは不可避の状況にある。賃金が伸びていない状況下、わが国家計の生活の苦しさは追加的に増すだろう。8月15日、岸田政権はその展開を回避するために小麦売り渡し価格を据え置く方針を明らかにした。

■低所得国ではデフォルト、政権交代も

脱グローバル化によって物価が上昇しやすくなった結果、資源をもたない国の通貨は弱含みの展開になりやすい。そのため、わが国の輸入物価には追加的な上昇圧力がかかりやすい。企業はコストの価格転嫁を急がざるを得ない。消費者の負担は増え、社会の不満が高まる。そうした展開を防ぐために、資源輸入国は財政面からのエネルギー資源や食料の価格維持策を強化せざるを得なくなっている。

さらに状況が厳しいのが低所得国だ。スリランカでは食料や肥料の不足に拍車がかかり、物価が高騰した。社会心理は急速に悪化して経済が混乱し、スリランカはデフォルトに陥った。民衆の怒りは急騰してラジャパクサ大統領は国外に逃亡した。パキスタンでも政権交代が起きた。

そのほかにも、ガーナ、エチオピア、ザンビア、チャド、エジプトなどで食料価格が高騰するなどし、経済は危機的な状況に向かっているようだ。低所得国がデフォルトリスクをどのように引き下げることができるかは見通しづらい。米ドルに対する低所得国通貨の下落は鮮明化している。財政破綻に陥るアジアやアフリカなどの新興国が増加する可能性は高まっている。

男の子を抱いて茶畑を横切るエチオピアの若い母親

写真=iStock.com/hadynyah

※写真はイメージです – 写真=iStock.com/hadynyah

■米国は本格的な景気後退に陥る恐れ

今後、世界的に物価は上昇しやすくなり、金利には上昇圧力がかかりやすくなるだろう。それによって資源輸入国や低所得国の経済は、より大きな下押し圧力に直面する展開が懸念される。足許、中国で不動産バブル崩壊の衝撃が深刻化するなど、世界経済の後退懸念は高まっている。その一方で、ウクライナ危機によってロシアから欧州などへのエネルギー資源の供給量が減少している。各国の企業はコストをかけて資材を調達し、需要を満たさなければならない。

その状況下、米国では労働市場がタイトだ。賃金は上昇し、鈍化してはいるが個人消費は底堅い。それが価格転嫁を支え、物価上昇を予想する消費者は多い。連邦準備制度理事会(FRB)はインフレ率が2%近辺で安定して推移するまで追加利上げを実施し、需要を抑えなければならない。

金利上昇によって米国の労働市場の改善は鈍化し、失業率は上昇するだろう。米国は本格的な景気後退に陥る可能性が高い。それでもFRBは物価安定のために追加の利上げを実施しなければならない。欧州中央銀行(ECB)が置かれた状況は、より厳しい。ユーロ圏の景気は急速に冷え込んでいる。

■日銀は異次元金融緩和を見直さざるを得ない

それにもかかわらず、ECBはインフレ退治のために金融を引き締め、供給力に見合うまで需要を抑えざるを得ない。FRBやECBが金融緩和に転じるにはかなりの時間が必要だ。目先、世界経済の後退懸念が上昇する一方で、短期を中心に金利は上昇するだろう。国際通貨基金(IMF)に支援を申請する低所得国は増えるだろう。

やや長めの目線で考えると、いずれ世界の景気は徐々に回復し、需要は上向くだろう。需要の回復は物価上昇を支える。賃金の上昇期待などを背景に、価格転嫁を急ぐ企業も増える。そうした展開が現実のものとなれば、再度、米欧の中銀はインフレ退治のために金融政策を引き締めなければならない。それによって金利上昇が鮮明となる展開が予想される。

その状況下でわが国の金融政策が緩和的に運営されている場合、円安が進み輸入物価は上昇するだろう。今後、円安が経済にマイナスの影響を与える部分は増えると考えられる。その軽減のために、徐々に日本銀行は異次元金融緩和の正常化を目指すだろう。

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真壁 昭夫(まかべ・あきお)
多摩大学特別招聘教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学院教授などを経て、2022年から現職。

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(多摩大学特別招聘教授 真壁 昭夫)

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