これから本格化する「給与クライシス」 残業代も、賞与も、昇給も、昇進も減る

コロナショックの中でも案外給与の額面は減っていないし、賞与も許容できる範囲の下げ幅だった、という業界の人たちが多いようです。しかし給与クライシスはこれから本格化してゆきます。ただ、意外なことにそれは決してマイナスの話ばかりではありません。

■これまでとこれからの給与クライシス

8割前後の人たちが「給与額は変わっていない。ただ残業代は減った」と答えた生命保険会社のアンケートが話題になりました。

夏の賞与についても、減額された会社が多いものの、一部には大幅に増額した会社もあり、コロナショックが一律の不景気を招いているというわけではありません。

緊急事態宣言解除からしばらくが過ぎ、ワクチンの情報も流れてくる中、コロナの第3波が来ている現状についても、なんとかなるだろうと思っている人が増えていそうです。

飲食業や宿泊業など、特定の業界での苦労が報道されることが逆に、私たちはまだましなんだ、という思いを広めているのかもしれません。しばらく節制しながら過ごしていればコロナショックも去っていくだろう、と思ってしまうのも無理はありません。そもそも日本人にとっての主要な災害は台風であり、じっと我慢して過ごしていれば去っていくものだったのですから。

しかしコロナによる給与クライシスは少なくとも、2021年の夏頃までは続きます。それがどのように続くのか、これまでとこれからとにわけて整理してみます。

まず、緊急事態宣言のあたりから一気に減ったのは残業代でした。リモートワークによる時間管理の難しさや、業務量の減少などが理由だと思われていますが、本質的な理由は少し異なっていて、そのことについては後述します。

次に夏の賞与が減りました。今ちょうど冬の賞与の時期ですが、夏の賞与と同様の傾向が続くでしょう。そしてこの理由も、収益状況が悪化している、ということだけが理由ではありません。本質的な理由は少し違います。

そしてこれからの予測ですが、春の昇給、昇格が控えめになるでしょう。一律で昇給していく給与改定については、最近は秋の最低賃金引き上げと同じくらいのパーセンテージになることが多く、2%前後でした。しかし今年は最低賃金の引き上げ額が数円程度なので、21年春の昇給も極めて限定的になるでしょう。

あわせて、昇格についても枠の縮小や延期が増えることになります。

その後、夏の賞与が復活するかどうかは、ワクチンがどこまで準備されるかによって決まるでしょう。

で、このように整理してもなお「じゃあ2021年の冬からはかなりもとに戻るだろう」と思うかもしれません。

しかしそれはまさに台風災害の発想です。

今回のコロナショックによる変化は、雨戸を閉めて家に引きこもっていて去るようなものではないのです。

■社会の常識が変わろうとしている

11月に出版したばかりの「給与クライシス」では、コロナショックの影響により、残業代が減り、賞与が減り、昇給が減り、昇進が減ることが確定した事実であると示しました。

その理由は不景気だから、と思う人が多いかもしれません。

しかしそうではない、ということを本の中で記しています。

日本で働いている私たちの残業代が減り、賞与が減る背景には、残業代、賞与がそれぞれ人件費のバッファとして使われてきた、日本社会独自の事情があるのです。

また、昇格が減り、昇進が減る背景には、年功で成立してきた企業の歴史的背景と、それで培われてきた男性中心社会があるのです。

これらの特徴は日本社会独特のものであり、決して世界標準ではありません。

だからグローバル化が進む中で、多くの先進的な人たちが、世界標準の社会に変革しようとしてきました。

けれどもそれらは遅々として進みませんでした。

多くの企業の経営者は、やはり人件費のバッファとして残業代や賞与を使いたいと思っていました。また、年功を認められたい年配男性たちが社会の中枢にたくさんいました。だから世界標準の仕組みを導入していかないと、日本は世界の中でどんどん遅れてしまう、と言っても響かなかったのです。

そこにやってきたのがコロナショックです。

コロナショックがもたらす変化は、例えば次のようなものです。

残業することがあたりまえではなくなります。夏冬賞与よりも年俸が保証されるようになってゆきます。雇用は終身雇用よりも、都度の契約的な側面が強くなります。年功ではなく今求められる能力や成果が給与に反映されるようになろうとしています。

それらの変化こそが私たちの前にある真の「給与クライシス」です。つまり、社会の既得権が縮小し、新たな権利が生まれようとしているのです。

過去の既得権で生きてきた人たちにとってはクライシスですが、これから活躍を目指す人たちにとっては、新しいチャンスでもあります。

だから未来に生きる私たちは、既得権にしがみつくのではなく、新しい権利の獲得を目指して活躍しなくてはいけません。

平康慶浩

セレクションアンドバリエーション代表取締役、人事コンサルタント。グロービス経営大学院准教授。人事コンサルタント協会理事。1969年大阪生まれ。早稲田大学大学院ファイナンス研究科MBA取得。アクセンチュア、日本総合研究所をへて、2012年から現職。大企業から中小企業まで180社以上の人事評価制度改革に携わる。

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