しまむら、カスハラ「出禁」対応で日本が変わるワケ

しまむらグループは「カスタマーハラスメント対応ポリシー」を発表し、近年社会問題となっているハードクレームやカスハラなどの「ハラスメント行為から従業員を守る」という姿勢を示しました。

カスタマーハラスメントとは、悪質なクレーム客による従業員への嫌がらせや不当要求を指します。今回はしまむらグループが発表したカスハラ対応方針の重要性について、大手中古本・中古家電販売のチェーンでの百戦錬磨のカスハラ対応経験をもち『カスハラ、悪意クレームなど ハードクレームから従業員・組織を守る本』の著者である津田卓也氏が解説します。

しまむらの対応は日本社会のカスハラ問題の転換点に

2022年に厚生労働省が「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」を発表して以来、任天堂JR東日本グループなど多くの組織がカスハラへの対策方針を対外的に示し始めました。その中でも今回のしまむらグループのカスハラ対応方針の公表は、日本社会のカスハラ問題における大きな転換点になるでしょう。

発表されたカスハラ対応ポリシーでは、「当社グループが悪質な行為があったと判断した場合は、取引の停止や店舗等への出入りをお断りする場合がございます。さらに、警察・弁護士など、然るべき機関と連携し、厳正に対処します」と、出入り禁止の可能性を明確に示しています。

しまむらグループは全国で2000店舗以上を展開する国民的な衣料販売店です。企業の中でも小売業は消費者と直に接する機会が多いうえに競争も激しく、「お客様は神様です」というスタンスの顧客対応が重視されてきました。

2013年には従業員が来店客から土下座を強要されその様子をインターネット上にアップされるという事件が報道されましたが、今回のようにカスハラに対して明確な対応姿勢を示すことはできませんでした。

しかし、コロナ禍を経た約10年間の間にカスハラを取り巻く状況は一変しました。カスハラが社会問題と認識され、従来の顧客対応では解決できない問題から従業員を守らなければならないという意識が広がりました。

また、大手牛丼チェーンでは「ワンオペ」勤務中の従業員が死亡したニュースが出た後に、売り上げは好調であるのに閉店を余儀なくされる店舗が続出しました。このように、企業が営利活動を続けていくためには顧客満足の前に「従業員満足」が不可欠であることが認識されたのです。

しまむらグループが強固なカスハラ対応姿勢を打ち出せたのにはこのような背景があります。今回の発表をうけ、顧客満足を追求してきた小売業にもカスハラ対策が普及するようになると予想されます。

小売業界におけるカスハラ対策が遅れてしまう理由

2022年に厚生労働省から「カスタマーハラスメント対策マニュアル」が発表されると、交通・インフラ業界は次々と自社のカスハラ対策方針を公表してきました。

これらの業界は、サービスに不満を感じていたとしても利用客がそのサービスを利用しなくなることはほぼありません。たとえば鉄道会社の職員の対応に不満をもっていたとしても通勤などで電車を利用せざるをえないように、交通・インフラ業界はカスハラ客に対して「毅然とした態度で対応します」というスタンスを示すことが比較的容易なのです。

一方、小売業ではそうもいきません。小売業界は競争が激しく、商品やサービスに不備があると利用者はすぐに他店へ流れてしまいます。商品での差別化が難しくなるにつれて、丁寧なサービスで差別化を図ってきたため、カスハラ対策を下手に発表して、利用者から「あの会社は客のことを大切にしない会社なのか」と思われることは、最も避けるべきことだという考えが根強く残っているのです。

私がクレーム対応研修を行っている大手ショッピングモールでもカスハラ対策は後手に回っています。その要因として小売会社ごとに接客サービスの方針が大きくことなることが挙げられます。複数の小売会社がテナントとして入っているショッピングモールは統一したカスハラ対策が立てづらい環境だということです。

上記のような状況の中で、高島屋グループが2024年7月に「カスタマーハラスメントに対する基本方針」を制定しました。これは大手百貨店では初の施策です。百貨店とショッピングモールでは客層に違いはありますが、これにより同じ小売業であるしまむらグループも対策に踏み切りやすくなったという側面はあるでしょう。

さてここからは、しまむらグループが公表したカスハラ対策方針から、接客業・小売業界がとるべき対策はどのようなものなのかを見ていきましょう。

カスハラ対策マニュアルの文言は具体的に

しまむらグループの「カスタマーハラスメント対応ポリシー」によると、お客様からのハラスメント行為によって「従業員の就業環境が害される」場合には、「取引の停止や店舗等への出入りをお断り」のほか、「警察・弁護士など、しかるべき機関と連携し、厳正に対処」することを公表しています。

このように企業としての対応姿勢を対外的に打ち出すことで、悪質なクレーム客を牽制することができます。それだけでなく、発表をみた従業員も「会社が守ってくれる」と安心して働くことができ、良いことずくめです。

しかし「対応ポリシー」の内容をよく見てみると、カスハラの定義や具体的な対応策については厚生労働省のカスハラ対策マニュアルをほぼ踏襲しているだけで、これを読んだ従業員が現場でトラブルを解決することは難しいと考えます。

実践で使えるカスハラ対策マニュアルを作成するとき意識していただきたいのは、従業員が対応に迷うような曖昧な表現はなるべく具体的な言葉に置き換えるということです。

たとえばカスハラの定義を定める際には、「威圧的な言動」などではなく「バカ」「殺すぞ」といった具体的なワードを口にすればカスハラと認定する。「長時間にわたる執拗な要求」ではなく「30分間以上、同じ要求を繰り返される」場合にはカスハラと認める、とすれば、現場で従業員が自ら状況を判断することができます。

「クレーム対応はそのときの状況によって変わるものだから、一概に決められないのでは?」という疑問も出てくるでしょう。

しかし、 現場のスタッフが判断する際に迷いが出るようでは、もはやマニュアルではなく、ただの参考資料です。使えない参考資料を読み続けるのは、時間の無駄でしかありません。

カスハラ対応は組織の的確なバックアップが不可欠

現場ごとにトラブルの状況が異なるのは当然ですが、ある現場で起きたクレームやカスハラの事例を記録して保管しておくと、その記録をもとに「あの状況ではこの対応法が効果的だった」というように分析していくことで、各現場に適した対策を具体的にマニュアルとして定めることができます。

マニュアルは、誰が読んでも迷うことがないよう、ルール、手順は細かく、表現は具体的にすることが鉄則です。対応手順はクレームの見極め方から個別の対処法まで具体的に記載します。

例えばお客様から身の危険を感じるような言動をとられた際の対処法として、「今、お客様がされた行為は○○罪にあたりますよ!」と、警告する旨をフレーズと共にマニュアルに記載しておきます。これをもとに、現場スタッフが自信をもって対応することができれば、おのずと解決が容易になったという例も少なくありません。

以上のように、カスハラ対策は現場スタッフの問題だけではなく、組織の的確なバックアップが不可欠です。カスハラやハードクレームに対応している従業員のリソースを他のお客様に使うことができれば、さらなる顧客満足の向上を実現することが可能になります。

(津田 卓也 : クレーム研修担当講師/Cube Roots代表)

東洋経済オンライン
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