★加藤鉱の会社すくらんぶる トヨタ編★
アメリカに住む知人によると、昨年のトヨタ騒動はアメリカ人にこんなイメージを定着させたそうだ。「アクセルが戻らないレクサス、ブレーキが効かないプリウス、ハンドルがふらつくカローラ」。日本メディアによれば、その後のトヨタの必死の対応により、アメリカでは一定の信頼を回復したというが、実際のところはわからない。
【自動車産業は衰退産業という位置づけ】
トヨタ自動車は昔から非常に興味深い会社だった。
まず、あまり知られていない話では、本気でプロ野球球団を持とうと考えた稀有な自動車会社であることだ。
1955 年、売れ行き好調の乗用車クラウン(当時は1500ccだった)の名前を球団名にかぶせれば絶好の宣伝になると、3代目の石田退三社長がそうとう乗り気であったと当時を知る関係者から聞かされた。大の巨人ファンだった石田社長が決めていた球団名は「トヨタクラウンズ」。結局、プロ野球球団を持てばシェアを必ず落とすと、社内の猛反対を受けて断念したという。
「技術のニッサン」「販売のトヨタ」と揶揄され続けたが、正しい評価は「労組の強いニッサン」「労組の弱いトヨタ」だろう。労組に潰された格好になったニッサンの凋落に対し、労組と良好な関係を築いたトヨタは、徹底したコストダウンと独自の生産方式を武器に世界の頂点へと駆け上がっていく。
トヨタの品質については、部品の電子化が進み、トヨタ自体が企画段階と最終組み立て時にしか介入できなくなるまでは、マスプロの自動車としてはかなり優秀であった。自動車関係のエンジニアたちも、「贔屓目なしに、トヨタの姿勢はとても厳格で的を得ている。ニッサンとはレベルが違う」と異口同音に語っていたことを思い出す。ただし、自社工場の効率を優先するあまり、周囲の路上に納品業者の車があふれて渋滞を生じさせるという企業エゴは、どんなにトヨタのステイタスが上がっても変わることはなかった。
先週GMが再上場したことで相場が勢いづき話題になっているが、これは瞬間風速であり、あくまでもご祝儀相場にすぎない。まともな市場関係者は非常にクールな視線を送っている。なぜならば、アメリカの主要産業は金融、ハイテク、小売業、医薬品の4分野であって、自動車産業はもはや衰退産業であるという認識が定着しているからだ。
その理由は多くの人が指摘するように、電気自動車(EV)の製造がきわめて簡単になってしまったからに他ならない。モジュラー化された部品を組み立てれば完成するパソコンのようにEVができてしまうと言ってもそう大袈裟には聞こえない。
【圧倒的な低価格化に太刀打ちできない既存メーカー】
親しいエンジニアはこう予測している。
「以前は一流といわれる日米のメーカーでしか製造できなかったパソコンと同じことが起きています。つまり、昔と違っていまではパソコンは、CPUをインテルから供給され、ハードディスクやLCDを日本や韓国のメーカーから供給されれば、どこでも製造(組み立て)できるようになりました。シェアの勢力図も昔とはガラリと変わってしまい、現在競争力のあるメーカーは、以前はハナもひっかけられなかった台湾勢と中国勢です。自動車の世界もまったく同じことが繰り返されると思います」
現実もそうなっている。日本の地方の小メーカーが次々とユニークなEVを開発、商品化しているし、中国広東省の深圳市では国産EVタクシーが営業運転している。
当然ながら否定的な意見を述べる人たちも多い。それは主にガソリンエンジン自動車に関係する人たちで、不利益を被る彼らにすれば当然であろう。
したがって、トヨタがハイブリッドに固執するのはよく理解できる。ガソリンエンジンを使うシステムが複雑で高度な技術力を要するかぎり、トヨタは優位に立て、自動車メーカーとしての寿命を延ばせるからである。だが、ガソリン車からEVへの過渡期を担うハイブリッドの役割は年を経るごとに薄まっていくだろう。しばらくはハイブリッドとEVとのせめぎ合いが続くのだろうが、あらかじめ勝者が決まっている戦いだ。
「誰でもつくれるようになるEVは凄まじい競争に陥り、自動車業界は非常に利幅の薄い業界となります。圧倒的な低価格化に、欧米日の既存の自動車メーカーはとうてい太刀打ちできなくなる。というか、競争する気がしなくなるはずですよ」
これは最近知り合ったインド人経営者の意見であるが、わたしもインフラ整備という助走期間がどれだけかかるかという不確定要素があるとはいえ、ほぼ同意見である。そうなれば、廉価な人件費の途上国が台頭し、瞬く間にシェアを奪ってしまうだろう。パソコンメーカーと同じ宿命が待っているとしか言いようがない。それこそEVのタタ自動車が出てくればお手上げだ。EV時代になれば、特殊車輌を除き、自動車産業は先進国から途上国のものになっていく。それが自然の流れではないか。
トヨタも米テスラ・モーターズと提携し、出遅れ感の否めないEVで巻き返しを図ろうとしているようだが、あれは経営者として頼りない「モリゾウ」の趣味の延長にしか思えない。その後、サンヨーの電池技術を持つパナソニックまでがテスラと提携した。わたしは、結局は、敵に塩をおくるようなことになると思っている。
ノンフィクション作家 加藤鉱