なぜ日本ではデジタル化が進まないのか。国際技術ジャーナリスト津田建二さんは「根本には半導体産業における世界的な潮流に乗り遅れたことが挙げられる」という――。(第2回) 【図表】日本の半導体産業が凋落したのは一目瞭然 ※本稿は、津田建二『エヌビディア 半導体の覇者が作り出す2040年の世界』(PHP研究所)の一部を再編集したものです。
■なぜ日本の半導体産業は世界で存在感を失ったのか エヌビディアの躍進について理解するには、それとはまったく逆の方向に進んでしまった日本の半導体企業と比較してみるとよくわかる。 エヌビディアが大きく飛躍した一方で、日本の半導体産業の市場シェアは下降線を辿るばかりだ。 資料1は、米国半導体工業会(SIA:Semiconductor Industry Association)の資料によるものだが、横軸は年代、縦軸は市場シェアを表している。国と地域別の半導体産業の市場シェアを最大100%として相対的に示している。 日本を本社とする半導体メーカー、つまり日本の半導体産業のシェアは1988年をピークにして一貫して下降曲線を描いてきた。一方、韓国、台湾、中国はシェアを高めており、米国は圧倒的に大きなシェアを維持している。それに対して現在、日本は9%まで落ちている。 資料2のグラフは、世界の半導体市場を表すWSTSの数字をプロットしたものだ。このグラフを見る限り、半導体市場自体は着実に成長していることがわかる。 しかし、世界の半導体市場は成長し続けているにもかかわらず、日本の半導体市場だけはまったく成長せず止まっていることもわかる。 なぜこのようなことが起きたのか。
■最も責任があるのは総合電機メーカーの経営者たち マスコミでは「日米半導体協定で米国政府の圧力に負けた」とする声が強いが、実際には、企業側の問題のほうが大きいといえる。 筆者が、半導体業界の中心にいた人たちに2004年から10年間かけて取材して整理したものが資料3である。「今だから話せる」と言って、当時の経営者たちの判断の誤りについて指摘した人が多かった。 資料3にあるように、もっとも責任が大きかったのは、総合電機メーカーの経営者たちだったと言ってよいだろう。その理由について一言でいえば、半導体やそれを推進するITへの理解に乏しく、適切な経営判断ができなかったことが大きい。 もともと日本には半導体専業メーカーはほとんどなかった。ローム社以下、中堅の企業ばかりで、世界と戦えるほどの力はなかったといえる。日本の半導体産業を支えて、世界と戦ってきたのは、大手総合電機メーカーの半導体部門だった。ところが、その半導体部門は、総合電機メーカーにとっては一部門にすぎなかったのだ。 これが世界から見た日本の特殊性だった。他の国々では、唯一の例外のサムスンを除き、半導体専業メーカーがほとんどだったのである。
■電機→ITの流れに気がつかなかった 総合電機メーカーの経営者が適切に判断できなかった背景の一つとして、半導体をけん引する市場が、電機からITにシフトしていったことにまったく気がついていなかったことが挙げられる。 半導体IC(集積回路)を購入する企業は、昔は総合電機メーカーがもっとも多かったが、IT機器を生産している企業に代わっていった。 半導体購入企業のランキングを見ると、かつては東芝やパナソニックやソニーなど、テレビ、VTR、ラジカセなどのアナログ機器メーカーが上位にいた。 昨今の半導体購入上位10社はスマホやパソコンなどのITハードウェア機器メーカーと、EMS(Electronics Manufacturing Service:電子機器の製造請負サービス)企業である(資料4)。これは、半導体購入企業が電機からITに代わったことを意味している。 アナログ家電機器の多くはデジタル機器に替わり、台湾や韓国、さらには中国で量産されるようになった。その流れのなかで、日本の総合電機メーカーはデジタル化に大きく後れ、対処できなくなっていった。 このあたりの分析はかつて、東京大学ものづくり経営研究センターの藤本隆宏名誉教授(現在、早稲田大学大学院教授)のグループが詳細に行なっている。
■だからコンピュータでも半導体でも負け続き 日本の総合電機メーカーのコンピュータ部門は、米IBMを追いかけ、先端というべきメインフレームコンピュータで競争をしていた。通商産業省(現・経済産業省)も同様で「日本が勝つためには先端技術を磨くこと」という信念を持っていた。 コンピュータ分野は、先端技術の粋といえるメインフレームやスーパーコンピュータのような技術でリードすることこそ、国の経済を引っ張ると考えていた。経済産業省は、今でもそのように考えているふしがある。 日本では、世界をリードするための「第5世代コンピュータ」プロジェクトが進められたが、世界のコンピュータ業界は、先端コンピュータより使いやすいコンピュータを求めるダウンサイジングの動きに向かっていた。 しかし、経済産業省も各総合電機メーカーもこの動きに乗れなかった。その結果、コンピュータ分野での世界競争に敗退し、半導体も敗退したのである。 それにもかかわらず、総合電機メーカーの経営者たちは、「半導体の業績が悪いから会社の業績が悪い」と喧伝していた。マスコミはこの言葉を信じて、半導体は斜陽産業であり、いかに抜け出すかが総合電機メーカーの飛躍につながると報道した。
■「半導体=斜陽産業」 経営者たちの言葉を信じたがゆえに「半導体=斜陽産業」という図式がマスコミのなかにでき上がってしまった。実際には、半導体は斜陽産業などではなく、単に経営者たちがIT化への動きに鈍感だっただけなのだ。 大学生や大学院生の親たちもマスコミの情報を真に受けて、「半導体企業には就職しないほうがいい」と考えたようだ。こうした風潮を半導体の研究をしていた教授たちは苦々しく思っていた。 半導体研究室を卒業した優秀な若者たちは、専門分野を学んだにもかかわらず、“斜陽産業”の半導体関連の企業に就職することを避けて、金融やコンサルティングなどのサービス産業に従事することが増えていった。 IT機器の生産で後れをとった日本は、IT機器をベースにしたデジタルサービスの波にも乗り遅れた。 新型コロナ流行の時、感染者数の報告としてファックスを使って情報をやり取りしているという報道に、世の中の人たちは愕然としたことだろう。 普通のビジネスパーソンやオフィスワーカーなら、当たり前のように電子メールで顧客や顧客になりそうな潜在顧客とやり取りをしている時代である。一部の役所や地方自治体などは特に遅れているようだった。
■コロナ禍で露呈した日本のIT音痴 筆者の実体験を一つ紹介しよう。筆者は2022年頃、微熱を感じて簡易検査キットを試したところ陽性と出た。同年にはコロナも収束し始め、取材はオンラインではなくリアルでの面会が増え始めていて、メディアブリーフィングや記者会見などへの参加で感染したのかもしれない。 簡易検査キットで陽性と出たので保健所に電話で連絡して届け出をしたが、病院を紹介してくれないため、病院は自力で探すことになった。保健所に名前を登録した後、病院に出向きPCR検査を行なって陽性を確認した。 ところが、病院で保健所から送られてきた連絡を見たら筆者の名前が間違って伝わっていたのだ。筆者が入力したデータをそのまま保健所のデータとして使えば問題ないのに、わざわざ入力をし直し、しかもミスをしていたということだ。 このようなことはどうやら日常茶飯事で起きているようだった。この頃、保健所がひっ迫して悲鳴を上げている報道を見かけたが、そのうちのいくらかはこうしたアナログな作業によるものが影響していたのかもしれない。
■「DX」の意味を知らない人が多すぎる こうした業務は、例えばRPA(Robotic Process Automation)技術を使えば、データ転記を自動変換できるうえ、ミスは消え労働時間も短縮できる。 ソフトバンクは、RPAを使って年間の登録打ち込み時間をゼロに減らし、年間残業時間を1万5000時間削減したという例を発表している。 ITを利用するということは、パソコンやスマホを使いこなすことではない。ITは、業務をできる限り自動化して無駄な作業を減らすために使うものなのだ。 前項のような話は保健所に限ったことではない。他の行政機関でもアナログ的な慣習は多く、日本のITの遅れはまだまだ続きそうだ。 デジタル化やデジタルトランスフォーメーション(DX)とは、「パソコンを揃えること」といった間違った認識を持つ人たちもいまだに多い。 AIやIoT(Internet of Things)を利用することによって、これまで気がつかなかった改善点が見つかるなど、とても有益なツールなのだが、そのことがほとんど認識されていないようだ。 また、SNSを利用した犯罪も増えてきたため、「インターネットやITは怖い」と言って、スマホやパソコンを持たない人たちも、年代や地域によっては一定数いるようだ。 これはAIについても同様で、「AIは危険」といった一面的な捉え方をしている人もいる。もちろん、AIにはそういったリスクの側面はあるが、同時にそれに対処する技術も生まれていることは周知されていない。
■「国のITの遅れ」イコール「半導体の遅れ」 ITやAIについての理解不足によって、日本のITは世界のなかで遅れてしまっている。国としてのITの遅れは、実は半導体の遅れとまったく同じである。 産業技術総合研究所がOECD、内閣府、米国商務省のデータをもとに、日米のデジタル投資額とGDPとの関係に注目して資料を作成している(資料5)。それによると、デジタルへの投資額は1994年から2018年に至るまで米国では着実に増加しているのに対して、日本ではまったく増えていない。 米国のデジタル投資は増加しているが日本はまったくフラットで、この傾向はGDPも同様である。この資料からいえることは、日本はIT産業を振興させるための手を早急に打たなければならないということだ。 2023年日本のGDPは、591.5兆円。インバウンド需要の獲得も大事だが、観光資源はGDPの1%以下なのに対して、製造業は2割だ。日本のGDPを増やし、国を豊かにするためには半導体とITへの投資を増やすことが重要といえる。 最近、経済産業省はラピダス設立以外にも、TSMCとのコラボのための誘致などで半導体産業を支援しており、以前と比べると、少しはよくなる可能性を秘めている。
———- 津田 建二(つだ・けんじ) 国際技術ジャーナリスト、News & Chips 編集長 東京工業大学理学部応用物理学科卒業後、日本電気に入社。半導体デバイスの開発等に従事する。その後、日経マグロウヒル(現 日経BP)に入社、「日経エレクトロニクス」「日経マイクロデバイス」、英文誌「Nikkei Electronics Asia」等の編集記者、副編集長、シニアエディターを経て、アジア部長、国際部長などを歴任。海外のビジネス誌の編集記者、日本版創刊や編集長を経て現在に至る。著書に『知らなきゃヤバイ! 半導体、この成長産業を手放すな』『欧州ファブレス半導体産業の真実』(以上、日刊工業新聞社)がある。 ———-
国際技術ジャーナリスト、News & Chips 編集長 津田 建二