10%の値引きと10%のポイント還元、どちらが得なのか。東京大学経済学部の阿部誠教授は「実際に得するのは値引きだ。しかし、人間には値引きよりポイント還元に惹かれてしまう習性がある」という――。
※本稿は、阿部誠『東大教授が教えるヤバいマーケティング』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
■「衝動買い」を誘っても、後悔されたら逆効果
顧客が製品・サービスを購買・消費したあとの行動は、インターネットの発達とともに、以前にも増して影響力を強めています。満足した顧客は、リピーターになる可能性が高まるだけでなく、SNSや友人へのポジティブな口コミによって、ほかの消費者からビジネスを得る機会につながります。
逆に不満を持った顧客は商品を返品したり、ネガティブな口コミを流したり、公的手段による苦情や訴訟を起こしたりします。そのため、近年、多くの企業は業績指標の一つに顧客満足度という考え方を取り入れています。
ところで、購買に関して顧客の中で態度、信念、行動に矛盾が生じると(これを心理学では認知的不協和と呼びます)、顧客満足度は下がってしまいます。たとえば衝動買いしたものの、よくよく考えると、本当に必要だったのかと疑問を抱いているようでは、満足している状況とはいえません。そこで、企業は顧客の購買を正当化・理由付けることによって、認知的不協和の発生を防いだり、もし生じた場合には解消させたりする手助けを提供することができます。
■「値引きクーポン」は購買を正当化する
たとえば訳あり商品には、「あなたは安物のバーゲン品に飛び付いたのではありません。理由があって安くなったいい商品を買ったのです。あなたの選択は正しかったのですよ」という意味合いがあります。高価なモノ・サービスに対する購入に罪悪感を持つ顧客に対しては、「自分へのご褒美」というように、「たまには贅沢をしてもいいのですよ」という広告が効果的です。
人気No.1やランキング1位を謳う広告は、購買を検討している新規顧客のみならず、すでに購買した顧客に対して「多くの消費者が下したように、あなたの選択は正しかったのですよ」というメッセージを送っています。
また、値引きクーポンは額面が少額でも、「クーポンで安く買えたから」と自身の購買を正当化させるきっかけをつくります。同様に、家電量販店やスーパーマーケットの最低価格保証は、顧客に購入価格に対する認知的不協和を抱かせない作用があります。
■そもそも安くない可能性がある最低価格保証
最低価格保証は、家電量販店やスーパーマーケット、ネットの旅行サイトなどで、「他店よりも高ければ値下げします」という文言とともに見かけたことがあると思います。顧客側から見れば、とりあえずこの店にくればわざわざ自分で価格比較のためにたくさんの店を巡る必要はないというメリットがありますし、店舗側にとっても、競合店の価格調査を自らの労力をかけて完璧に行わずとも、消費者が肩代わりしてくれるというメリットがあります。
しかし、実はそれ以外に、複数の受け手に対して、それぞれ違ったメッセージを同時に発していたことをご存じでしょうか?
まず、これから買おうと思っている人に対しては、「当店はどこよりも安いので、ここで買えば間違いありませんよ」という意味で、新規顧客や潜在顧客を誘引する役目を果たしています。同時に、すでにこの店で買った顧客に対しては、「もっと安く売っている店があったと、あとで後悔することはありません。あなたは正しい選択をしたのですよ」というメッセージにより、顧客満足度を高める効果があります。たとえ顧客が「他の店の価格を十分に調べないで買ってしまったかな?」などと自身の購買に対して不安を抱いていたとしても、それを解消させる役割を担っているのです。
ここまでは消費者に向けたメッセージととらえることができるのですが、実は最低価格保証は競合店に対して「値下げ競争は無駄だからやめましょう」という暗黙の価格カルテルを発信しています。したがって最低価格保証がある場合の方が、市場価格が高いレベルに落ち着く傾向があります。
さらに、ポイントや無料延長保証の有無、キャンセルポリシーの違いなど、価格の構造自体が複雑化しており、同一条件下での価格比較ができずに最低価格保証に該当しないケースも多々あります。
■「現金値引き」と「ポイント付与」はどちらが得か
たとえば同じ商品を店舗販売とネット販売で比べると、圧倒的にネット販売の方が安い金額を提示していることがあります。その値段を量販店に伝えると、現金値引きではなく、ポイント付与での対応を提案するケースもあるでしょう。では、消費者にとって現金値引きとポイント付与、どちらが得なのでしょうか?
ポイントを単純に金銭と見なして、同じ値引率(還元率)で比較すると、実は現金値引きの方がお得になります。たとえば、1万円の購買に対して10%の値引きだと、9000円となります。
一方、10%ポイント付与があった場合、考え方としては1万1000円分を1万円で購入したということになりますが、実は実質値引き率は約9.1%(=11000分の1000)であり、10%より少なくなるのです。この差は還元率が高くなるにしたがって広がり、100%の還元率は50%の値引きと等しくなります。
あるスーパーマーケットのID付きPOSデータを用いた2007年の分析では、1%の値引きが3.3%の販売増加を生んだのに対して、1%のポイント付与は12%の販売増加をもたらしたことが報告されています。つまり同じ還元率(値引率)であれば、ポイント付与は現金値引きの3.6倍、販促効果があったのです。
■小さな利得を分離すると満足度は高くなる
計算上では値引きの方が得なのに、なぜポイント付与の方が顧客にとって魅力的だったのでしょう? 理由の一つは、プロスペクト理論という考え方によって説明できます。簡単にいうと、大きな損失と小さな利得は、統合するより分離する方が消費者の満足度は高くなるのです。
阿部誠『東大教授が教えるヤバいマーケティング』(KADOKAWA)
ポイントは次回以降の購買に使えるため、今回の購入とは別の(分離された)利得と見なされる傾向が強くなります。それに対して、現金値引きでは支払金額から値引き分が減った(統合された)損失と見なされます。たしかにポイント還元を考慮して「実質◯◯円」と、購入時点では購買とポイントを統合して考える人もいます。
しかし多くの人は、ポイントを貯め続けて、1000円や2000円といった、ある程度まとまった額になったときに使うことが既存研究で確認されていることからも、ポイントは別会計に計上されるという分離的な解釈が支持されるでしょう。
さまざまなセールス・プロモーションを統合型か分離型に分類すると、統合型には値引きやクーポンが、分離型にはポイント、リベート、おまけ、増量が含まれます。ポイント収集に対して強い魅力を感じて、アディクション(依存症)の状態に陥る人もいるので、かしこい消費者としては注意が必要です。
これは生体の本能的な習性である、(1)ゴールに近づくほど、その努力を加速させる「目標勾配仮説」や、(2)ポイントを使って購買する喜びを経験することによって、その頻度が増えていく「オペラント条件付け」と関連しています。たとえばマイレージを貯めるためだけに飛行機に乗る、特典レベルに到達したいがために無駄な買い物をするなど、ポイント収集自体が目的化してしまっては、本末転倒です。
———-阿部 誠(あべ・まこと)
東京大学大学院経済学研究科・経済学部教授
1991年マサチューセッツ工科大学博士号(Ph.D.)取得後、2004年から現職。ノーベル経済学賞受賞者との共著も含めて、マーケティング学術雑誌に論文を多数掲載。2003年にJournal
of Marketing
Educationからアジア太平洋地域の大学のマーケティング研究者第1位に選ばれる。おもな著書に『(新版)マーケティング・サイエンス入門:市場対応の科学的マネジメント』(有斐閣)などがある。