■コロナ禍でビール4社の明暗分かれる
ビールの“王者”アサヒが一人負けしています。30年余り、アサヒのキラーコンテンツであり続ける「スーパードライ」の販売量は2016年を最後に1億ケース割れしたままで、ここに来てコロナの大打撃を最も受ける形となってしまった。コロナ以前から、アサヒは「ビール・発泡酒・第3のビール」の中で、利益率が最も高い「ビール」の主力ブランドに経営資源を集中する『一本足打法』を取り続けていました。
一方、キリンビールは第3のビール「本麒麟」で味にはこだわり、節約志向の消費者を押さえつつ、クラフトビールで新規開拓も狙う戦略を取っていました。縮小傾向のビール市場にコロナの打撃が加わり、新旧王者の明暗が分かれています。
ビール系飲料の中でもビールの落ち込みが大きく、4月(前年同月比52%減)、5月(同40%減)、6月(同19%減)と2ケタ減が続いています。一方、第3のビールは4月(同7%増)、5月(14%増)、6月(11%増)と需要拡大がうかがえます。
また、ビール大手4社が上半期の販売量を発表しています。1~6月を通して、ビール系飲料の販売量は前年同期比1割減である一方、家庭の巣ごもり消費や節約志向の広がりで、上半期は第3のビールが初めてビールを上回る状況になりました。項目別ではビールが26%減、発泡酒が1%減、第3のビールが6%増。ビールについては4社とも販売が落ちており、キリンビールが4%減、サントリービールが11%減、サッポロビールは7%減。販売額で示すアサヒビールは17%減となっています。
■ビールの「一本足打法」で空振り
「スーパードライ」のCMでは、福山雅治さんを起用し『のどごし』と『キレ』を演出。「クリアアサヒ」のCMでは櫻井翔さん、高畑充希さんを起用し焼きそばとの演出でビールの魅力を引き出しています。コロナ以前から、アサヒは「ビール・発泡酒・第3のビール」の中で、「ビール」に経営資源を集中する『一本足打法』を取り続けていました。
19年の有価証券報告書のデータでは、酒類が約41%、欧州やオセアニアに展開している国際事業も約32%を占めている構造になっています。欧州はコロナの影響が日本よりも甚大で、英国、ドイツにおいてロックダウンが行われたことも、業績への打撃となっています。
アサヒの酒類事業の内訳を見てみると、ビールが55%である一方、発泡酒が6%、第3のビールなどの新ジャンルが15%と、ビールに比べると占める割合が小さいことが分かります。第3のビール、発泡酒、クラフトビールなどに消費者の嗜好が移行しているなかで、ビール一本足打法は非常に危険だと言えます。
さらに、アサヒは、飲食店向けの販売比率が約5割と高く、新型コロナウイルス感染拡大で外食を控える人が多く、業務用に強いアサヒビールの販売数量が減少し「スーパードライ」が苦戦した結果となりました。飲食店向けの販売比率が高いことは、コロナ以前であれば、むしろ売り上げの基盤を固める施策に間違いはなかったでしょう。しかし、今では「家で個人に選ばれる商品」でなければ厳しいといった現状を突き付けられた格好になったのです。また、17%を占める飲料事業の収益のメインである自動販売機も、人々が外出を控えたことにより、売り上げを落としています。
■「バランス経営」で負けない戦いを続ける
真っ赤のラベルの「本麒麟」のCMでは江口洋介さん、杏さん、タモリさんが登場し、「ビールのうまさ」を伝えています。セグメント別の売り上げは、ビールの売上高35%、国内飲料15%、医療15%と酒類事業以外にも、医療分野への取り組みを行っている点が注目です。食と医療の間に、第3の事業領域を作り出そうとしており、新しい売り上げの軸に育っていく可能性があります。第3のビールだけでなく、ビールとは全く違う事業に軸を持ち出していることからも、「本気の脱ビール」の経営姿勢がここからも伝わってくるでしょう。
キリンビールの販売量の内訳を見ても、ビール(26%)、発泡酒(18%)、新ジャンル(36%)、その他(20%)とバランスが良く、第3のビールなどの新ジャンルが36%と最も比重が大きくなっている点が特徴です。経営のバランスを見せつけた結果と言えるでしょう。
キリンビールが7月10日に発表した1~6月のビール系飲料の販売量は、前年同期比で4%減でした。第3のビール「本麒麟」が16カ月連続で前年を上回っており、国内のビール系飲料市場は約1割減少したなかで、同社は4%減に踏みとどまっています。本麒麟など重点7ブランドにバランス良く投資を行ってきたことが、コロナ禍の環境の変化に対応し、家庭の巣ごもり消費に応えられたと見られます。
■家飲み重視で自粛ダメージを抑えた
「黒ラベル」のCMである、妻夫木聡さんによる「大人エレベーター」は10周年になります。酒類が売り上げに占める割合が67%と他社に比べても比重が大きいにもかかわらず、打撃が軽微なサッポロHD。7月10日に公表データによると、「黒ラベル」単体の缶商品が好調に推移しており、6月単月は大幅に前年実績を上回っています。1~6月でも前年実績を上回り、ビールカテゴリーの実績を牽引しています。また、「ヱビス」単体は缶商品の実績が全体を牽引し、前年実績を上回っています。
これらは、サッポロHDが2017年の時点で、節約志向で家飲みにターゲットを置いて、小売りへの営業を強化していたことが、今回のコロナでも影響を少なく抑えているのでしょう。また、サッポロは上半期の累計で、第3のビールが35%増える結果となっており、2月に発売した「GOLD STAR」の販売が好調で、ビール以外でも売り上げを支えています。
■酒類に頼らない売り上げ構造が功を奏す
歴代のCMで女優の檀れいさんや木村拓哉さんが優雅に登場する「金麦」でしたが、最新版のCMでは石原さとみさんに刷新し、フレッシュさとともにブランド全体の進化を強くアピールする狙いがうかがえます。「ザ・プレミアム・モルツ」の新CMでは、矢沢永吉さんがご自宅スタジオからリモート出演し、「I Wanna Be Loved By You」を弾き語りするといった、余裕とぜいたくなCMで楽しませてくれるサントリー。実は、酒類(40%)よりも飲料・飲食(51%)事業が主軸の売り上げとなっています。食品・飲料は、缶コーヒーのBOSS、伊右衛門、伊右衛門「特茶」などのヒット商品を持っていることからも、酒類に頼っていない売り上げ構造になっています。
また、クラフトビール「東京クラフト ゴールデンエール」がSNSでも話題となっています。「爽やかな甘みと、細かい炭酸、まるでジュースのようだ」「シトラスぽい香りや、白ワインのような香りがする」と缶ビールの写真とともに、自宅からのSNS投稿が話題となっています。クラフトビールの人気が見てとれます。
■今、人がビールに求めるのは「付加価値」
今年の10月の酒税法改正では、1缶あたり約10円値上げされ、137円前後になります。これは、第3のビールにも影響が出てくる可能性があります。これに代わって「ビール離れ」の受け皿になるのが缶チューハイです。今後、ビール業界を見通すうえで、缶チューハイの売れ行きにも注目すべきでしょう。
また、従来型のビジネスモデルは曲がり角を迎えています。小規模の醸造所が少量生産し、ホップの量を調整し、かんきつ類を足し、味と香りにこだわっている「クラフトビール」の人気がじわりと拡大しています。価格は300円前後と割高ですが、SNSなどでファン層を獲得しています。消費者は値段だけではない、「付加価値」を求めて消費行動するのでしょう。
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馬渕 磨理子(まぶち・まりこ)
テクニカルアナリスト
京都大学公共政策大学院を卒業後、法人の資産運用を自らトレーダーとして行う。その後、フィスコで、上場企業の社長インタビュー、財務分析を行う。
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(テクニカルアナリスト 馬渕 磨理子)