■「ノンポリのオタク」という自己紹介
――宇野常寛さんは、2012年の元日に放送されたテレビ番組『ニッポンのジレンマ』(NHK Eテレ)で、「ノンポリのオタク」というキャッチフレーズで紹介されていましたよね。しかし、この本のテーマは「政治と文学」で、当時とは問題意識が大きく違うように思います。なにがあったんでしょうか。
たしかに当時の僕は、テレビ番組などで「僕はノンポリのオタクなので――」というフレーズを使っていました。それは、政治家や学者の言葉を混ぜっかえしたり、「そもそも論」に持っていって中和したりするような戦い方をしていたからなんですよね。「僕、素人なんでわからないんですけど、それってそもそもこういうことですか?」って問題設定自体を問い直したかったんですよ。相手の土俵に乗らないためのテクニックですね。
――当時の宇野さんは討論番組にもよく出ていましたね。
2011年から2013年ごろまで、僕は『ニッポンのジレンマ』や『日曜討論』といったNHKの討論番組によく出ていました。でも、「ノンポリのオタク」というフレーズには僕なりの「アイロニー」もありました。本当は自分を「ノンポリ」と思っているわけではないんです。むしろ僕のような態度こそ政治的だとすら思っていた。要するに人間の消費活動やメディアとの接し方といった場面から社会を考えるほうが、20世紀的なイデオロギーで右とか左とかいうより、ほんとうの意味で「政治的」だと思っているわけですね。
僕は本当はいきなり「憲法が……」みたいなところから語るのは好きじゃないんですよ。でも、討論番組に出てくる政治家や学者たちの一部は、まあこの本の言葉で言うなら「政治と文学」は切断されていて、自分たちは政治の言葉で語っていると思っている。その強烈な思い込み、戦後日本的な思い込みが、彼らの言葉をすごく空疎にしている。当時はその空疎を明らかにするという戦略を取っていたんですよね。
■こんなニュースを取り上げること自体がおかしい
――この本を書いていた時期は、もはやそういう考えではなかったわけですね。
この本を書いていた時期って、僕が『スッキリ』(日本テレビ)に出ていた時期と完全にイコールなんですよ。構想自体は10年くらい前からあって、月刊誌『新潮』での同名の連載がモチーフになっているんですけれど。ただ、実際に書き始めたのは『スッキリ』が始まってからのことです。
――具体的にはいつ頃ですか?
2015年の夏ですね。『スッキリ』が始まって数カ月たったときに、自分なりの手応えは感じていました。あそこで僕が言っていたことって、基本的にはたったひとつ、「こんなものを見ていたらお前たちはバカになる」ということです。週に一度、悪目立ちをした人や失敗した人を「叩いてOK」なものとして提示して、視聴者を「世間のまともな側」と思わせて安心させる。そんなのばっかりなんですよ。
それに対して、そもそもこんなニュースを取り上げること自体がおかしい、それをこんな切り口で紹介すること自体がおかしい、とずっと言ってきた。最初はギクシャクしたけれど、加藤浩次さんや僕を引っ張ってきたプロデューサーたちも、そんな僕の役割を「必要悪」として認めてくれて、居場所を獲得しつつあった時期ですね。
■マイナスをゼロにする仕事でしかない
ただ、同時に、毎週強烈なむなしさにも襲われていました。あの場所で「ダメ出し」をするのは世の中に対して必要なことだと思うので一生懸命やっていましたが、それは結局、マイナスをゼロにする仕事でしかない。生産的でもなければ、想像力を刺激されるような仕事でもないんですよね。だから「自分の人生は本当にこれでいいんだろうか」と思ったんです。このままだと働き盛りの30代後半が、言ってみれば社会のドブさらいで終わってしまう。それはそれで大事なこと、必要なことだと思っているから引き受けたのだけれど、それだけで人生が終わるのはイヤだから、この本を書いた。そういう動機もあります。
――つまり、『ニッポンのジレンマ』にしても『スッキリ』にしても、テレビの視聴者は、宇野さんがアイロニカルに振る舞う様子だけを見ていたわけですよね。しかし、この『母性のディストピア』という本は、そういった言説の背景を示すものになっている。
少し言い方を変えると、『ニッポンのジレンマ』のころに僕がやっていたことは、政治の言葉を使う政治家や学者より、サブカルチャーの側から文学の言葉を使う僕のほうがよほど政治的である、という逆説的な状況を見せることだったんですよ。そうすることで、「社会と個人」や「政治と文学」の関係を問い直してほしかった。
この本にも書きましたが、僕は政治の言葉は文学とつながらなければ機能しないと考えています。振る舞いはアイロニカルにみえたと思いますが、一生懸命やっていたのは政治と文学の接続なんですよ。でも一言でいうと、まあ端的に、NHKのプロデューサーとケンカして降ろされたわけですよね。そういった僕の振る舞いをテレビの側が気に入らなかったわけです。
■「こんなものはクズだ、ありえない」
――『スッキリ』ではどうでしたか?
『スッキリ』は生放送だし、とにかく尺がないので、もっと直接的に「こんなものはクズだ、ありえない」といったことをぶつけて、どんどん波を起こしていったわけですね。だから『スッキリ』では政治の言葉しか語っていないはずです。正確には政治ではなくて、ただの「政治ごっこ」なんですけれど。それが「ごっこ」にすぎないということを全力で指摘して、終わり。
だからあの場では政治と文学の分断をある程度受け入れざるを得なかった。そのフィールドに乗るしかないという息苦しさはずっと感じていました。そのはけ口のようなものが、この本に集中しているんですよね。それが僕のメディア人としてのひとつの回答です。
■「6年ぶりの代表作」として書いた
――宇野さんは『母性のディストピア』を、『ゼロ年代の想像力』、『リトル・ピープルの時代』に続く代表作と位置づけているのですね。
完全にそうです。久しぶりの自分の代表作にしようと思って書いた本です。
――ということは、『リトル・ピープルの時代』が2011年なので、6年ぶりになりますね。その間は、むしろ編集者としての仕事が多かった。
多かったですね。『PLANETS』のVol.8と9があって、『魔法の世紀』(落合陽一著、PLANETS刊)があって。
――このタイミングで『リトル・ピープルの時代』に続く代表作としての単著を書こうと思ったというのは、どういう理由なんでしょうか。
僕にとって、編集者としての仕事と批評家としての仕事は両輪なんですね。端的に言うと、編集者として勉強したことを使って自分の批評を書いている。だから、この本には6年分のアップデートを詰め込んでいます。
――ここ数年、宇野さんは自身が責任編集を務める雑誌『PLANETS』の活動などを通して、実業家、コンサルタント、IT系の起業家やエンジニアなど、いろいろな同世代のネットワークを作っていましたよね。つまり、今の宇野常寛という人は、批評以外にも社会に影響を及ぼす回路を持っている。
そうですね。
■2013年から付き合う人を変えた理由
――そういうネットワークを作ろうと思ったのはなぜでしょうか。
2013年くらいから、意図的に付き合う人を変えたんです。文学とか批評とか思想とかサブカルチャーとか、そういった出版関係の業界と、意識的に距離をおいたんですよね。別に彼らが嫌になったわけではなくて、単純にあの頃の自分はこれまで話したことがなかった人と話すのが楽しくて、ものすごく勉強になるな、という実感があった。そこで自分の知的好奇心を純粋に満たしてくれる人に自分から会いに行って、一緒に仕事をしたい人を見つけていく、ということを始めたんですよね。
――そういう動きが一つの形になったのが『静かなる革命へのブループリント:この国の未来をつくる7つの対話』ですよね。ここで共著として挙がっているチームラボの猪子寿之さんやメディアアーティストの落合陽一さんのような人は、文学や批評の領域の人たちではない。むしろ、より実効的に、テクノロジーや情報社会に関わることによって現実社会を変える力を持った人たちですね。
この10~20年くらい、世界に対して最も深く鋭い洞察をもった人間というのは、情報社会の変化、つまりインターネットメディアについて考えている人間だったと思うんですよね。しかし、そのフェイズがだんだん終わろうとしている。情報テクノロジーが大きく世の中を変えようとしているのは誰も疑いようがないわけですけれど、それがモニターの外側にはみ出しはじめていると思うんです。
■もうサブカルチャーの時代ではない
――モニターの外側とは?
この社会の現実そのものですよね。メディアではなくて衣食住や市民生活が変わりつつある。つまり、情報テクノロジーによってメディアが変わるというのは、あくまでプロローグにしか過ぎない。本当に大きな変化はこれからやってくる。僕はそう考えています。なので、2次元ではなくて、3次元に関わっている人たちと話すほうが、僕にとっては刺激的だったんですよね。それは、僕の批評家としての判断が大きく働いている部分です。そこが『母性のディストピア』とつながっています。
『母性のディストピア』は「かつてサブカルチャーの時代があった」という視点で書かれています。1960年代に「政治の季節」と呼ばれる時代があって、その後、先進国ではサブカルチャーの時代が訪れる。70年代から90年代後半までの四半世紀は、若者のはけ口、ユースカルチャーの中心が、政治からサブカルチャーに移っていった。革命で世界を変えるのではなくて、文化的なアプローチで自分の内面を変えて世界の見方を変えるんだ、という考え方です。
その時期は、若者向けのサブカルチャーについて深い洞察を持っている人間が、誰よりも世の中の本質をつかんでいる、という暗黙の了解があったと思うんですよね。で、ハッキリ言ってしまうと、僕はその空気の名残で出てきた人間だと思うんですよ。でも、僕より若い書き手で、そういったサブカルチャーをベースに世の中を語る人間がいなくなっている。それは当たり前のことで、もうサブカルチャーの時代ではないんですよね。
■オタク文化から新しい価値を生めないか
――サブカルチャーの時代が終わって、今はどんな時代だと捉えていますか。
端的に言えば「カリフォルニアン・イデオロギー」の時代だと思います。ローカルな国家に政治的なアプローチをするのではなく、テクノロジーをグローバルなマーケットに投入することによってより大規模に世の中を変える、という考え方が大きな力を持っている。グーグルやフェイスブックがその典型例です。その新しい時代に何ができるか。
僕がこの数年間ずっと考えていたことは、戦後サブカルチャーの、しかもオタク文化という極めてユニークで奇形的な文化から僕が受け取ったものを応用して、新しい価値を生むことはできないか、ということでした。『母性のディストピア』は、そうした視点から書かれた本なんですよ。それはこれまでの著作とは決定的に違うところだと思います。(つづく)
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評論家、批評誌〈PLANETS〉編集長。1978年生まれ。著書に『ゼロ年代の想像力』(早川書房)、『リトル・ピープルの時代』(幻冬舎)、『日本文化の論点』(筑摩書房)などがある。京都精華大学ポピュラーカルチャー学部非常勤講師、立教大学兼任講師。
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(評論家、『PLANETS』編集長 宇野 常寛 聞き手・構成=柴 那典)