なぜ外国人は日本でキットカットを買う? CMが効かない時代の新ブランド論

「抹茶味のキットカットが一番売れている小売店をご存知でしょうか?」

「ショートショート フィルムフェスティバル & アジア2018『Branded Shorts』部門。6月13日、都内で開催された映画のアワードのトークセッションに登壇したネスレ日本CEO高岡浩三が客席に問いかけた。

なぜ映画のアワードで「キットカット」の販路が話題になるのか? 実は、ネスレ日本のブランディングに、ショートムービーが深く関わっているのだ。

「メイド・イン・ジャパン」のキットカットに

冒頭の問いに答えよう。抹茶味の「キットカット」が一番売れている小売店は、ドン・キホーテ。店舗数で見れば、同社の流通業界の中での立ち位置は中堅と言っていいだろう。店舗数も年商も、大手流通チェーンがはるかに上回る。だが、「キットカット」の抹茶味の販売額は、ドン・キホーテが最大。この流れはここ数年、続いている。

ドン・キホーテで「キットカット」の売上を支えるのは、訪日外国人だ。店舗に多言語を話せるスタッフを配置するなど、インバウンド需要の取り込みに注力してきたことも背景にあるだろう。だが「(インバウンド需要が拡大する中で偶然、キットカットの抹茶味が)勝手に売れてラッキーというわけではない」と高岡は言う。ネスレ日本は、用意周到にアジアでのブランディングを積み重ねてきたのだ。

一つは日本独自の商品戦略だ。

ネスレ日本は、世界最大の食品飲料メーカー、ネスレ(スイス)の現地法人だ。ネスレは世界189カ国に拠点を持ち、2000ものブランドを展開する。中でも「キットカット」は世界100カ国以上で販売される主力商品だ。

ただ、同社の商品戦略は各国の裁量が大きいのが特徴で、「キットカット」のフレーバーは国によって様々。日本で販売される「キットカット」のフレーバーは累計で350種類を超えるほどバリエーションが豊富だ。近年はこうした日本独自の商品が訪日外国人から支持されてきた。高岡はこれを「メイド・イン・ジャパンのキットカット」と表現する。

「メイド・イン・ジャパンのキットカット」は、訪日外国人からの人気を確かなものとしている。だが、オリジナルのフレーバーを取り入れたことだけが勝因ではない。それどころか高岡は「正直に言えば、チョコレートやコーヒーの品質は、(爆買いへの影響力としては)ほとんど関係ない」と考えている。

では、なぜ訪日外国人は、日本で「キットカット」を買って帰るのか──。

企業のメッセージが届かない時代に、ブランディングするには

『リリイ・シュシュのすべて』『打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?』などで有名な岩井俊二監督の『花とアリス』という作品をご存知だろうか。

2004年に長編実写映画が公開され、11年後の2015年に再び長編アニメーション映画が上映。実写版で主演を務めた蒼井優と鈴木杏が、アニメ版でも同じキャラクターの声優を担当したことでも話題を呼んだ。

実は、この作品はネスレ日本の企画から生まれた。「キットカット」日本販売30周年を記念して、2003年に1本15分程度、全3章の実写作品をWebで公開。

ネスレ日本が短編映画に携わっているのは、これだけではない。Webサイト「ネスレシアター」では自社オリジナルや世界で好評を博したショートフィルム作品を多数公開。ラインナップには、『踊る大捜査線』シリーズで知られる本広克行監督や、女優で長編映画の監督経験もある黒木瞳のオリジナル作品も並ぶ。

© atomixmedia,inc 提供

当日登壇した5名。左から別所哲也(SSFF & ASIA代表)、TAKAHIRO(EXILE)、黑木瞳(女優)、高岡浩三(ネスレ日本株式会社代表取締役社⻑兼CEO)、LiLiCo(映画コメンテーター/SSFF&ASIAフェスティバルアンバサダー)」

なぜネスレがショートフィルムに力を入れるのか? 高岡はショートフィルムを、従来型のCMが通用しづらくなった現代に適した広告手段だと捉えている。

アマゾンなどのECサイトを利用する際、あなたはどんなキーワードで商品を検索するだろう? 多くの人は商品名ではなく、「コーヒー」「チョコレート」「洗剤」というようなカテゴリ名で検索しているはずだ。高岡は言う。

「これはブランドに対する意識が下がったことの表れではないでしょうか。世界を見回しても、先進国では企業主導のブランドメッセージ広告が消費者に届きにくくなっていると感じます」

ネスレ日本がショートフィルムで伝えようとしているのは、ネスレの商品が人々の生活に与える便益や世界観だ。15秒のCMでその雰囲気を伝えるのは難しいが、深く世界観を作り込めるショートフィルムでなら表現できると高岡は考えている。

だからこそネスレ日本は、ショートフィルムの制作時に作品や演出に細かな注文をつけない。一消費者でもある監督が自ら納得できる表現をすることで、押し付けがましくない、顧客に届くブランド演出が可能だからだ。

黒木瞳が監督した「わかれうた」は、黒木自身の実体験がもとになっている。青春時代の甘酸っぱい思いびととの再会、そして別れがコーヒーの香りによって想起される作品だ。黒木は言う。

「視聴者から寄せられた感想の中に『フィルムを観た後、コーヒーを飲みたくなりました』というコメントがあった」

これが、ネスレ日本の期待する展開だ。

国境がない時代だからこそ、ブランド化が必要

ネスレシアターでは、ハンガリーやカナダなど世界各地の優れたショートフィルムが公開されている。実際に観てみればわかるが、普段ほとんど接点のない国の作品であっても内容をすんなり理解できるし、思わず心を動かされるものが少なくない。物語が呼び起こす感動の力は、万国共通だ。逆に言えば、だからこそ日本発の作品がグローバルな影響力をもつことができる。

ネスレ日本が起用した岩井俊二は、日本以上に韓国での知名度が高い。長澤雅彦が監督した『halfway』は、パク・セワンなど韓国人を主要キャストに配した。「メイド・イン・ジャパンのキットカット」がアジア圏でブランドを確立できたのは、こうした作品の力が大きいと高岡は考えている。

アジア圏からの訪日外国人が、日本で「爆買い」するという動き自体は、いずれ収束するかもしれない。一方でアマゾンやアリババのようなECサイトの拡大は加速するだろう。高岡は言う。

「だからこそ、全世界に向けた企業のブランド化が必須なんです」

中国国内のECでネスレ日本の商品を買えるのなら、ドン・キホーテを訪れ帰国した後でも継続的に購入できる。しかし、そのためには抹茶味の「キットカット」がアリババに並び、中国人に選ばれるだけのブランド力を獲得しなければならない。ネットによって物理的な距離や時間が関係なくなり、商品ターゲットが世界規模に拡大しているからこそ、世界中に知れ渡る強いブランドが重要になっているのだ。

しかし、従来型の企業発のメッセージを伝える宣伝手法には限界がある。そこでネスレ日本が目を向けたのが、これまで芸術としての側面が強かったショートフィルムだ。

いまでは映画作家たちの登竜門としての役割が強いショートフィルムだが、そもそも映画の歴史は短編映画から始まっている。また、長編映画が主流になり始めた頃、長編作品とセットで放映されていたのが短編映画だ。そういう意味では、いま映画館で上映前に流れるCMの源流はショートフィルムだったのである。

ネスレ日本の活動は、広告を通じてショートフィルムを再び大衆娯楽に接続する試みでもある。CMが通用しなくなった時代の希望になるのは、そんな芸術と広告が結びついたショートフィルムなのかもしれない。

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