なぜ大戸屋は、アジアで大人気なのか 秘訣は、進出先企業との上手な結婚と離婚!?

前々回のコラム「カレーのココイチが、タイで人気沸騰のワケ」は、おかげさまで読者の皆様から大きな反響があった。「なるほど、日本の外食チェーンが海外で成功をするには、こうすればいいのか」「カレーがデートに使われるなんて!アジア=低価格とは限らないんだ!」などといった具合だ。
そこで、せっかくなので、再びアジアで奮闘をしている外食チェーンを紹介させていただく。とりあげるのは、街の定食屋さんとしておなじみの「大戸屋」だ。1958(昭和33)年に創業した「駅前食堂」の同社が、なぜ海外で大人気なのか?
ズバリ、キーワードは「戦略的結婚と離婚」だ。今回は、企業が海外に進出する際、現地のパートナー企業との戦略的提携や関係の解消は、どのように行われるのか。また、たとえうまくいったとしても、どうすれば円満な関係を続けられるかなどについて、読者のみなさまと考えていきたい。
■「大戸屋の大成功の秘密」を語る前に
海外旅行をするとわかるが、大戸屋は、アジアを中心にグローバル展開を進める定食チェーンの勝ち組の1社だ。特にアジア各地では「高級和食チェーン」として大人気だ。現地の人々は「焼きほっけ定食」や、「黒酢あんかけ定食」などを、白米や味噌汁と一緒に「うまい、うまい」と食べているのである。
たとえば、タイで大戸屋の定食を注文したら、メニューにもよるが300バーツ前後だ。ということは、日本円なら800円程度、場合によっては1000円にもなる。日本とまったく遜色ない価格なのに、それでも大人気なのだ。
現在は、台湾、香港、タイのほか、シンガポール、インドネシア等にも進出中だ。では、なぜ大戸屋はアジアで大人気なのか?ほとんど知られていないが、その裏には、同社の緻密な「結婚」と「離婚」戦略があるのだ。
その戦略を詳しく解説する前に、まずは筆者のコンサルタントとしての経験談を「予備知識」として、入れていただきたい。実は、日本企業が現地企業と提携する場合、多いのは「ビビッと婚」だ。
ちょっと古い言葉を使ってしまったが、要は、大手企業でも、市場調査や提携候補先のリスト作り、シナジー効果、などを考えて絞り込みをして…とステップを踏んで提携相手をみつけることができるケースは、一部に限られる。「金融機関が紹介してくれた」とか、「トップ同士が知り合いになって、ゴルフをしてお酒を飲んで、意気投合した」などで、決まることの方が圧倒的に多いのだ。
もちろん、何も、人から紹介を受けるのが悪いと言っているわけではない。だが、相手をあまりよく知らないで「結婚」するのは、ギャンブルになりがちなのだ。
■「ビビっと婚」で、ありがちな結末
「ビビっと婚」の結末はどうなるだろうか。例えば、ある日系の小売企業は、アジアで同じ業界のローカルなスーパーと手を組んだ。当然、同業のほうが安心だろうと、決断したのだ。だが、結果は大失敗。同じような価格帯で顧客を奪い合うことになってしまい、すみ分けをするどころか、関係は決裂してしまった。このように、同業と組む場合は、現地市場が無限ではない以上、相当綿密に設計しないと客の奪い合いになり、ケンカ別れになるケースも少なくない。
では、現地の名だたる大企業、財閥クラスと組めば、絶対安心なのだろうか?これも間違いだ。特にアジアでの現地財閥企業というのは、華僑系であることが多く、のし上がってきただけあって、容赦ない。現地財閥と組んだばかりに、技術やノウハウだけ盗まれて一方的に関係を解消されたという例も数多いのだ(企業としては、恥ずかしい話でもあるので、そうした理由は表には出ないことも多い)。
そして、こんなはずではなかった…と高い「慰謝料」(違約金や撤退費用など、もろもろ)を払って、「離婚する」(提携関係を解消する)羽目になるのである。
■大戸屋の意外な「結婚」「離婚」戦略とは?
大戸屋の料理のように、素早く読者の皆様が知りたい情報を提供しなくてはならないのに、ここまで引っ張ってしまった。では、なぜ大戸屋はアジアで成功しているのだろうか?先述のように、「結婚」と「離婚」戦略を上手に行っているのが、同社なのである。
どういうことなのか?詳しく説明しよう。大戸屋は、現地に進出する際、まず、基本的には現地パートナー企業との合弁企業を作って、進出する。
例えば、タイ進出のケースをご紹介しよう。当初、合弁先の企業として手を組んだのは、同国のベタグロ社をはじめとした、現地の食材供給メーカーだった。この際、ベタグロ側が和食の要となる食材を供給し、大戸屋側は店舗を運営と、明確に役割を分担したのだ。お互い「Win-Winの関係」である。
ここまでは良くあるケースだ。面白いはその後だ。大都市バンコクで出店する際は、高級和食店としての主な出店場所である、デパート等の場所確保がより重要になる。
そこで大戸屋は、次に現地でデパートなどを運営する、大手不動産ディベロッパーグループのセントラル社と手を組んだ。出店力を持っているディベロッパーの力が必要だからだ。セントラル側にも、テナントとして競争力のある大戸屋を誘致できる意味は大きい。もっともセントラルとの関係は、ベタグロには言えない後ろ暗い「浮気」ではなく、ベタグロ側にもしっかりと説明して、筋は通したうえでのことだ。
このように、場当たり的ではなく、明確に役割分担をして、関係者がWin-Winとなる設計が、「戦略的結婚」のキモである。しかし、話はここで終わりではない。この後が、大戸屋の真骨頂だ。なんとセントラル社との「円満離婚」に成功したのである。
■未練残さず直営店を売却!その後も「良い関係」に
どういうことか?大戸屋は、事業を軌道に乗せると、なんと株式を全て先述の不動産ディベロッパーであるセントラル社に売却したのである。店舗経営はディベロッパーのセントラルに任せて、完全フランチャイズに切り替えたのだ。事業がうまくいき始めたところで自ら直営事業を手放すというのは、なかなか簡単にできる決断ではない。
しかし、よく考えてみると、非常に合理的だ。大戸屋には大きな売却益が入る。そのうえ、セントラルからは、フランチャイズの手数料(経営指導料など)として、今後も大戸屋側に継続的におカネが入ってくる。いわば、「円満離婚」のあとも、良い友達関係が続いている、と言ってもいい。ともかく、大戸屋としては、売却で得た資金を、今度は他のアジア諸国へ進出するための原資にするのだ。
実際、大戸屋はタイだけでなく、他の国でも同様な形で展開している。台湾では、事業がうまくいくと台湾ファミリーマート(台湾FM)に株式を売却。やはり、他のアジア展開の資金源にした。進出した国々の店舗を立ち上げたチームの人材も、徐々に別の国にシフトする。こうしたモデルで、大戸屋は急速にグローバル展開を進めているのだ。
とはいえ、離婚をするのは結婚よりも難しいかもしれない。 それでも大戸屋が、円満に離婚できているのは、事後フォローと、そのタイミングの良さがあるからだ。
フォローについては、フランチャイズ契約を結び、なんと売却後も1年間、大戸屋として、日本人店長を現場にはり付ける。また、売却を切り出すタイミングも重要だ。大戸屋は、事業が順調に立ち上がり、店舗数が増え、しっかりと収益が出るようになった段階で、あえてパートナーとの関係をいったん前向きに「解消」する。
事業や関係が悪化した後の離婚というのは、ギスギスした非常に難しい条件闘争になりがち。儲かっているときなら、双方とも前向きに歩み出すことができるのだ。
一連のプロセスをあえて、結婚にたとえるなら、良い相手と結婚して、互いに現地で信頼を勝ち取り、そのうえで円満に離婚(売却)。「養育費」など(売却益とフランチャイズフィー)を回収し、新しい相手(国)を探す。飲食チェーンというよりは、投資に近い事業を自社で行っているのだ。ちなみに、タイの場合でも投資額の3倍以上で売却したというから、プロの投資ファンドも顔負けである。
大戸屋HDの海外を統括する濱田寛明専務は、「目先のことを考えるだけなら、直営を続けた方が絶対に儲かる。しかし限られた資金と人材リソースで効率的にグローバル展開を進めるには、まず直営で育てて、FCに売却する考えが必要だ」と語る。
■超細かなマニュアルを作成、信頼を得る
もちろん、現場はさまざまな苦労をしている。大戸屋の場合、大胆にも、進出当初は各店に、日本人のエース級店長を1店舗に1人はり付け、味やサービスを日本と同様にできるよう担保する。
しかし「エース店長をもってしても、現場は大変だ」と語るのは、立ち上げ期を担った大戸屋の前タイ法人社長、島村利美氏だ。現地のスタッフにどれだけ丁寧に伝えても、そこは、文化の違いもありすぐには理解してくれない店員もいる。
現場では刺身定食を顧客に出すとき、ワサビと山椒を間違えて、「山椒を醤油と混ぜて食べて下さい」(意外においしい!?)と客に言ってしまったり、「トンカツの揚げ時間は4分」と、口を酸っぱくして伝えたはずが、早めに揚げてしまい、中途半端なまま(この場合、再度揚げるため油がべっとりついたトンカツになる・・)といったケースがままあった、という。
そこで、同社は全メニューについて、肉や野菜の1カットごとの細かい切り方から揚げ物の秒数まで、子供でもできるようにと、他社ではありえないほど細かいマニュアルを用意した。
また、料理の肝である調味料についても、味付けをする際は、単に混ぜるだけで済むように、なんと1食単位で用意した。さらに、「現場のスタッフが食べないことには始まらない」と、従業員には1週間に1食ではあるが、大戸屋のメニューを無料で食べられるようにしたところ、徐々に成長していったという(やはり高価格なので、通常ならスタッフがお客の立場で食べるのはそう簡単ではない。だから、この措置は皆大喜びである)。
そこまでの投資をして、現場でここまでやるのは、大戸屋が、「同社の最大の競争力とは、店内で調理をすることで、日本とまったく同じ品質の味を出せること」と考えているからだ。
こうして直営からFCへの売却という流れで展開を進めてきた大戸屋だが、同社は、もちろん投資ファンドではなく、あくまで飲食チェーンだ。
「私たちは工場でつくられた料理ではなく、店内の調理で日本の味をお客様に提供することが、何より大切だと考える。だから、店内調理と大戸屋の味を守るという約束ができない企業には、たとえ他の3倍の値段を出すと言われてもFC先として売却することは決してない」(濱田専務)。
今回は筆者の経験も踏まえて、企業がグローバルで成功するための、戦略的な結婚・離婚の決断について見てきた。目先の利益だけにとらわれず、かつ自前主義にこだわらず、信念を持って急速にグローバル展開を進める大戸屋。ぜひとも、参考にしていただければ幸いだ。

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