もうずいぶん前だけど、米国で毎日のように食べたジャンキーな外食がある。安くてお腹一杯になって、しかも(そこそこ)うまいときてる。クルマで乗り付けて、マイクに向かって注文するドライブスルーでも、「Whopper」(バーガーキングのハンバーガー)のように発音しずらくもない。
「ハードタコ……アンド ビーフブリトー!」 はい、それはタコベル。全米に展開するメキシカン・ファストフードだ。タコスとブリトー、締めて2ドル以下でお腹一杯になる。たまにはナチョスかエンチラーダを食べる。ジャンキーだったけれど、チーズもトマトもキャベツも入っているし。
ぼくがジャンキーになったワケ……それは「ビーフ以外の“モノ”が入っていた」から? いえいえ、そうではないと信じたい。
●鮮やかな返し技
先週金曜日(1月28日)、米国の新聞を賑わせたのがこの広告である。
「ビーフが36%しか入っていないのにビーフと言うのは虚偽広告だ」と消費者団体がタコベルを訴えた。それに対してタコベルは、「訴えてくれてありがとう」という広告をウォール・ストリート・ジャーナル、USAトゥデイ、ニューヨークタイムズに打った。タコベルの言い分は、88%がビーフ、12%はシークレットレシピ、文句あるかっ……とまでは言っていないが。
広告では「米農務省の検査済み」「100%ビーフの味は退屈極まりない」として「88% Beef and 12% Secret Recipe」がタコベルの秘密と言う。念のため12%とは何かといえば、水3%、メキシコスパイス、フレーバー、塩、チリ、オニオンパウダー、トマトパウダー、砂糖、ガーリックパウダー、ココアパウダーで4%、麦、イースト、キャラメルシュガー、クエン酸、その他で5%。
広告の署名はタコベルの社長。新聞広告だけでなくSNSなどでも主張を全面展開した。クレームをキャンペーンにするなんて、鮮やかな“返し技”である。
●メキシコと日本の違いを感じた
この広告キャンペーンには、メキシカンのしぶとさ、生き残ろうという意志を感じた。
タコベルは米国の会社だが、扱うものが底抜けに明るいメキシコのフード。多少のことではへこたれない。ぼくが出会ったメキシカンたちは密入国者が多かったが、身柄を拘束されてもあっけらかんとして、また国境を乗り越えてやってくる。明るく、逆境に強いのが彼らだ。それに自己主張をして衝突を恐れない米国社会気質が乗っかった感じの広告キャンペーンだった。ひるがえって日本は違う。
先日のグルーポンのおせち料理事件では、問題のおせちを提供したバードカフェの社長は辞任し、ひたすら謝り続けた。このままでは鬱になるのでは、と思われるほどだった。実際のところ、広告と実物の差がありすぎて虚偽に近いものだったので仕方がないとはいえ、日本社会は手厳しい。同社に限らず、不祥事のお詫びは「陳謝また陳謝」の広告が普通だ。
またポジティブなときもマジメだ。吉野屋から牛丼が消えたときの広告は「俺達は吉野屋を待っているぜ」「皆さん、待っていてください」みたいな感じだった。
日本で、もし訴訟された会社が、タコベルのような返し技を打つと、それこそ世間から大糾弾されるだろう。でもだ。日本の会社も、ここまでやらなくても何らかの“返し技”ができるくらい自由だといいのに。
そのためには、広報やPR部署に多様性があればいいのかもしれない。わざわざメキシカンを採用しなくてもいい。陽気なヤツと実直なヤツが混在していれば、ひたすら陳謝で暗くなることもなく、誠実な返し技の発想も出てくるかもしれない。【郷好文】
※この記事は、誠ブログ「『Thank you for suing us.(訴えてくれてありがとう)』の楽天さ、周到さ。」より転載しています。