なぜ日本の公園は、あれもこれも禁止なのか

地方で「ある一定のエリア」を活性化するときには、個人など民間が保有する自宅や事業資産(ビルや田畑など)と共に、行政が所有管理している土地や施設などを「どう効果的に活用するか」が課題になってきています。

しかしながら、日本の公共資産は、戦後一貫して「排除の上に成り立った公共性」によって成立してきました。どういうことでしょうか?つまり、ある一部の人のたちの反対があれば、その反対を聞き入れ、禁止に禁止を重ねていった先に、最終的に誰もあまり文句を言わないという意味での公共性を確保する」、といった運用になってしまいました。

せっかく有名建築家に依頼して設計された公共施設でも、入り口から「赤いカラーコーン」(工事現場などで見かける円錐形の器具)が並び、壁にも「◯◯禁 止」というビラが山ほど貼られています。その中でも公園などは多くの遊び方が事実上禁止され、何もできない公園も増加しました。

本来は多くの人が利用できるために作られたはずが、「何もかも禁止」という悲しい状況にあります。そのような禁欲的な空間は、地域を活性化させるどころか、むしろ荒廃して周辺エリアの価値を奪う空間にさえなっていきます。

今後、地域の活性化を考える上では、「減点評価方式」で公共財産を捉えるのではなく、「加点評価方式」で公共財産のあり方を考える必要が出てきています。

すでに、この「加点評価方式」で公園を運用している場所はいくつもあります。代表的な場所を3つ紹介しましょう。

皆さんは夏のシーズン、日本で一番気持ちよいビアガーデンはどこだと思いますか?私は毎年札幌の大通公園で開催されているビアガーデンこそが日本一だと思っています。

そこでは、街区(丁目)ごとにサッポロ、アサヒ、キリン、さらには外国産ビールなど各社が競う巨大なビアガーデンができ、多くの利用客で賑わっています。夕方以降は、顧客はこのビアガーデンからまちの飲食店へと流れます。また、各事業者が支払う利用料は、福祉財源として活用されています。

富山市の富山環水公園は、もとから立派な公園ではあったのですが、言ってみれば、市民に大人気、というほどではありませんでした。しかしスターバックスコーヒーが開業し、2008年グループが主催するストアデザイン賞で最優秀賞を獲得すると、一躍「世界一美しいスターバックス」として有名になりました。

今では地元住民が誇らしげに訪れる場所になっています。さらにその後フレンチ料理店が公園内に出店、最近もおしゃれなアパレル店などが周辺に出店するなど、エリア全体のイメージがどんどん向上しています。

岩手県紫波町のオガールにあるオガール広場は、あえて法律や条例規制の多い公園の扱いではなく、「広場」という用途になっています。緑地だけでなく、お休みスペース、バーベキュー設備といった火気類の設備も整備され、週末などは大いに賑わっています。

この10年ほど、日本でいう自治体の公園緑地課にあたる、ニューヨーク市パークマネジメントが熱心に進めているのが「公園コンセッション」(コンセッションは免許や営業権などの意味)です。公園コンセッションとは、公園の一部での営業権を入札し、その収入によって公園の品質レベルを引き上げていくという取り組みです。

マンハッタンの比較的小規模な公園であるマディソン・スクエア・パークに は、オーガニックやコミュニティをコンセプトにした「シェイク・シャック」というハンバーガー店が出店しています。この店も同公園のコンセッションで落札 した企業によって経営されているのですが、あまりの人気で周辺エリアにも支店をその後出店していき、そして今年1月にはついにNY証券取引所に上場を果た しています。

これら企業への公園コンセッションにより、ニューヨーク市パークマネジメントでは歳入が増加し、四季に合わせた植栽の管理や子供用遊具の整備を含めて、公園管理を税財源以外で充実させることが可能になっています。

「ダサい売店」ではなく、このような高品質なテナントが入ることでエリア全体の価値もあがる。さらに歳入増加で公共サービスも充実されるという好循環が生まれています。

NY市の取り組みを褒めてきましたが、実は、この話は特段アメリカに学べというわけではありません。公共資産を充実させる上で、事業性と両立させながら組み立ててきた知恵は昔から日本にもあります。例えば、誰もが知っている、東京の千代田区にある「日比谷公園」です。

近代的な西洋型公園を目指して作られた日比谷公園(1903年開園、約16.1万平方メートル)には、西洋花壇、レストラン、音楽堂が開園時から整備されました。そして、そのど真ん中にはやはり開園時から「松本楼」という老舗フレンチレストランがあるのはご存知でしょうか。小坂梅吉という個人が入札で落札し、現在も小坂さんの子孫によって経営されています。

明治時代の東京市の公園は独立採算性が高く、松本楼のようなテナント入札と共に、池でのボートの貸し賃や音楽ホールの入場料など多角的な収入で建設・運営に掛かるコストを捻出したのです。

これは、単に財政的制約だけでなく、ヨーロッパの公園のように多くの市民にとってその場所が価値を持つような素敵なレストランやカフェや野外音楽堂という付帯機能を併せ持つことで、周辺エリアの価値をも引き上げるような公共財を目指したとも言えます。おカネがないからこそ、生まれた知恵と価値とも言えます。

今、国や地方自治体が保有する公的不動産の価値は、約570兆円(国交省発表)と言われています。

これまでは公共関連資産は「税金で作り、税金で維持する」ということを前提としているため、これらの資産を積極的に活用しようという話は、一部でしか議論されてきませんでした。

しかし人口縮小社会となり、財政難で公共財産の管理予算は先細ってきています。市民の特定利用はできるだけ排除してきた公共空間の運営方法に終止符を打ち、新たな公共資産の活用方法に目を向ける必要が出てきています。公園一つとっても、まだまだできることは山ほどあります。

その一方で、民間活用というとすぐに指定管理の手法がとられがちです。これは、民間企業などに包括的な業務委託を可能にする制度ですが、ともすれば丸投げすることになったりします。それでは結局行政の支出が多少減るだけで、意味がありません。

本来は、公的資産の一部を民間企業が利用する場合には、入札によって適切な家賃・管理費を行政側に支払うのが望ましいあり方です。行政側は、その上で多くの人に向けた公共サービスの充実にその歳入を活用する。正常な行政と民間の関係はこの形だと言えます。

もちろん、公共資産の全てを事業活用するなどということまでは必要ありません。しかし、570兆円の資産のうち、もし1割の約60兆円でも有効活用されれば、公共サービスはさらに充実させる可能性があるのです。

従来の公共資産の運営方法を今一度見直すことで、人口縮小社会でも公共資産の管理やサービスの維持を諦めず、発展させることさえ可能なことが多くあるのではないでしょうか。

(参考資料)進士五十八「日比谷公園〜100年の挟持に学ぶ」

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