なぜ日本メーカーはルンバをつくれない?

 米アイロボットが開発・販売するお掃除ロボット「ルンバ」が人気だ。7月7日付日経ビジネスオンライン記事『日の丸掃除機、敗戦の日 国内新市場を席巻する海外メーカー』によると、ロボット掃除機の2012年単年販売数は38万台、うちアイロボットの製品は73.6%のシェアだ。技術的には日本の家電メーカーも同等の製品がつくれるはずだが、なぜルンバに対抗できるような日本製商品が生まれないのか。同記事では、次のようなある家電メーカー本部長の言葉を紹介している。
「すべてのお客様に満足のいくものを、と考えると先回りができず、いまだ商品化に至れていない」
「仏壇のローソクが倒れて火事になったら、誰が責任を持つのだ」といった議論が繰り返され、せっかく技術力を持っているのに、なかなか商品化が進まないのは残念なことだ。「リスク回避体質が問題だ」と思う人もいるかもしれないが、筆者は別の問題があると考える。  日本の家電メーカーは、総じて「信頼性が高く、多機能な商品を、安く大量に」つくろうとする。この源流にあるのは、松下電気器具製作所(現パナソニック)創業者の松下幸之助が述べた「水道哲学」の考え方だ。
「産業人の使命は貧乏の克服である。(略)産業人の使命も、水道の水の如く、物資を無尽蔵にたらしめ、無代に等しい価格で提供する事にある。それによって、人生に幸福を齎し、この世に極楽楽土を建設する事が出来るのである。松下電器の真使命も亦その点に在る」
「経営の神様」といわれる松下幸之助は、貧困を克服し極楽浄土をつくるという使命を胸に、家電商品を安く大量に供給しようと考え、水道哲学を提唱した。1932年5月5日、松下電気器具製作所第1回創業記念式の場でのこと。まさに卓見だった。それから82年がたち、日本は貧困を克服し、潤沢にモノがあふれる時代になった。水道哲学で述べた使命は、すでに達成されたといっていい。  問題は、家電メーカーに限らず多くの日本企業で、「信頼性が高く多機能な商品を、安く大量に」という考え方から脱却できていない点なのだ。
●ニーズの断捨離
 実はルンバを開発・販売するアイロボットは、この考え方にこだわっていない。その代わりに「ニーズの断捨離」を行っている。「掃除は手間」という常識に挑戦し、一度スイッチを押せば放っておいても掃除できる製品を提供している。ユーザーは「掃除に手間をかけたくない人」に絞っているので、「仏壇のローソクが倒れたらどうする」とは考えない。「ニーズの断捨離」で新しい常識をつくり、新しい顧客を創造している。つまり、「すべての人へ、安く多機能を」と考えずに、「5%の人へ、高くても光るモノを」と考えている。そして市場ではごく一部だった顧客のこだわりに応えて、急速に成長している。
 興味深い点は、商品の性能向上に伴って、いつの間にかそれが市場の5%にとどまらず、市場の過半数を押さえてしまうことだ(本文冒頭の図を参照)。
 同じような例は多い。英ダイソンの羽根のない扇風機は、「扇風機は羽根に注意」という常識に挑戦し、「羽根なし」の扇風機をつくり、安全重視の人が使っている。最近、蘭フィリップスは家庭用自動製麺機を開発・販売している。日本人のほとんどは週に1回以上麺を食べるが、麺を自宅でつくる人はほとんどいない。そこでフィリップスは「消費者が気づかない潜在ニーズは大きい」と考え、「麺は買うもの」という常識に挑戦し、「麺は自宅でつくる」という新しい常識を掲げ、市場創造に挑戦している。
 古くは日本の家電メーカーの事例もある。真空管ラジオ全盛の1950年代に、ソニーはトランジスタラジオを開発。それまでの「ラジオは自宅の居間で聞く」という常識に挑戦し、「野外で聞く」という新しい常識をつくり、若者リスナーを生み出した。
 このように「ニーズの断捨離」は、常識に挑戦し、顧客を創造する。「新しい顧客を創造する」ことは、すなわちイノベーションそのものだ。現代のイノベーションは、「ニーズの断捨離」が生み出すのだ。それは顧客の言いなりにならず、顧客の課題・ニーズ・ウォンツ(要求)を先取りする「顧客中心主義」が実現するのだ。
 本連載では、マーケティングやビジネススキルについて、さまざまな事例を深掘りしながら紹介していきたいと考えている。ぜひご意見・ご感想などをいただければ幸いである。
(文=永井孝尚/オフィス永井代表)
●永井孝尚(ながい・たかひさ)
オフィス永井代表。1984年に慶應義塾大学工学部卒業後、日本アイ・ビー・エム入社。IBM大和研究所の製品プランナーとして企画した製品がバブル崩壊で大苦戦するも、プロモーションの傍らで全国を駆け回りセールス活動を展開、さらに製品開発マネージャーも兼任し3年間で多くの大規模プロジェクトを獲得する。98年よりマーケティングマネージャーとしてCRMソリューションの戦略策定・実施を担当し、市場シェア1位と市場認知度1位獲得に貢献。同社ソフトウェア事業で事業戦略担当後、人材育成責任者として人材育成戦略策定と実施を通じて事業の成長を支える。2013年に30年間勤務した日本アイ・ビー・エムを退職。オフィス永井を設立し、ビジネスパーソンの成長支援を通して日本企業がより強くなることを目指し、マーケティング・戦略などの講演・研修を提供している。主な著書に、シリーズ50万部となった『100円のコーラを1000円で売る方法』シリーズ(全3巻、コミック版全3巻、図解版)、『残業 3時間を朝30分で片づける仕事術』(以上、KADOKAWA中経出版)、『「戦略力」が身につく方法』(PHPビジネス新書)などがある。最新著書は、『戦略は「1杯のコーヒー」から学べ』(KADOKAWA中経出版より14年9月11日発売予定)。
・問い合わせ先:永井孝尚オフィシャルサイト  

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