「やれやれ、またあの自粛生活へ逆戻りするのか」と悲観的になっている方も多いのではないか。
40人を突破していた東京都の新型コロナ感染者が6月15日、48人にまで増えてしまったのだ。ここまでの水準は緊急事態宣言下の5月5日(57人)以来ということもあって、マスコミも『「時期尚早だったのでは」 アラート解除後も広がる感染』(朝日新聞デジタル 2020年6月14日)なんて騒ぎ出している。
48人のうち23人が「夜の街」関係者ということや、ホストクラブでクラスターが発生していることなどから、「夜の街」で濃厚接触する人々への風当たりも強くなっている。現時点では、6月19日の「接待を伴う飲食店」への休業要請解除の政府方針に変更はないというが、西村康稔経済再生担当相は国会で、「要請や指示に従わない施設が多数発生する場合、罰則導入のための法整備を行わざるを得なくなる」なんて言い出している。
つまり、今の調子で感染者が増えてしまうと、接待を伴う飲食店への嫌がらせや「あの店は営業自粛の要請に従ってませんよ」という密告が横行する、梅雨のようにジメジメした相互監視社会が到来する恐れがあるのだ。
それはいくらなんでも悲観的すぎるだろ、とツッコミを入れる方も多いかもしれないが、日本の今のムードを踏まえると、あながち荒唐無稽(こうとうむけい)な話でもない。というのも、実は我々は新型コロナからの経済復興に対して世界で最もネガティブ思考の国民だからだ。
マッキンゼーが世界30カ国を対象に調査した「新型コロナウイルス後の各国経済復興楽観度」のチャートが分かりやすい。米国や中国が経済復興を楽観的に見ているところ、日本の楽観度は米国や中国の10%程度、30カ国中でもビリなのだ。
また、ボストン・コンサルティング・グループが4月に世界9カ国で実施した消費者意識調査でも、日本がダントツに事態を悪く考えている。感染状況や景気の落ち込みについて「最悪の状態は脱していない」と回答したのが、バタバタと人が死んでいた米国で57%、中国が26%となっているのに対して、日本だけが82%と際立ってネガティブシンキングだったのだ。
●日本人のネガティブ思考
このすさまじいギャップは、それぞれの国の消費動向をみても一目瞭然だ。例えば、中国では外出自粛でガマンを強いられた「リベンジ消費」で国内旅行が大盛況、観光地は黒山の人だかりとなっている。米国でも5月25日の戦没将兵追悼記念日には全米各地で多くの人がレジャーに興じ、SNSには混雑したバーやクラブ、プールで大ハシャギする写真や動画が溢れていた、と「ニューズウィーク」が報じている。
ご存じのように、日本は米国や欧州諸国と比べると、ケタ違いに死者や感染者を少なく抑えている。にもかかわらず、ケタ違いに経済活動再開に後ろ向きだ。中国のように浮かれたムードはまったくなく、緊急事態宣言解除後も、観光地や繁華街もいまだに閑古鳥が鳴いている。
なぜこうなってしまうのか。
日本人は慎重だから。個人の楽しみより社会全体の安全を優先する国民性だから。などなど、麻生副総理がおっしゃったような「よその国とは民度のレベルが違う」という言葉が思い浮かんでいる人も多いことだろう。
ロックダウンのような強制力のある外出自粛などをしなくとも、多くの国民がマスクをつけてステイホームをする。このマジメすぎる国民性がもたらす用心深さが、よその国と比べると「悲観的」に見えてしまっているだけではないか、というわけだ。
そうだったらいいなと個人的にも思うのだが、おそらくこの現象に「民度」は関係ない。新型コロナがやってくる以前から、我々日本人は自国経済について他国と比べものにならないほどネガティブに見ていたからだ。
●ネガティブ思考が悪化
昨年、総合人材サービスを手がけるランスタッド・エヌ・ヴィーが世界34の国と地域で、自営業を除く18~65歳で週24時間以上勤務する労働者を対象にした労働者意識調査を実施した。
その中で、20年の自国経済について質問したところ、日本の労働者で「好転する」と回答したのは26.2%。これは34の国と地域の中で最下位だった。ちなみに、ビリから2番目のスペインでも40.5%。日本人がどれだけ自分の国の経済をヤバいかと考えているかがうかがえよう。
また、日本財団が19年秋に、インド、インドネシア、韓国、ベトナム、中国、英国、米国、ドイツ、そして日本という9カ国の17〜19歳の若者各1000人に対して行った「18歳意識調査」でも同様の結果が出ている。自国の将来について「良くなる」と回答したのは日本では9.6%で9カ国中ビリ、逆に「悪くなる」と回答したのは約38%で9カ国中トップだった。
なぜこうなってしまうのかというのは諸説ある。日本は災害が多いので、常に最悪の事態に想定して、物事を悪く考えがちな国民性になっているという人もいれば、「失われた30年」のせいで日本人が自信を喪失したからだと分析する人もいる。
いずれにしても確かなことは、我々が世界でも有数の「ネガティブ思考」な国民であって、今回のコロナにおいてもその特徴がいかんなく発揮されていることだ。要するに、世界各国がコロナから復興するために経済活動再開へ前のめりになっている中で、日本だけが「いや、無理でしょ」「もうちょっと自粛しないと」とウジウジしているのは、特におかしな現象ではなく「平常運転」なのだ。
だからこそ、冒頭で述べたように、このネガティブ思考をこじらせないか心配なのだ。実際、今回のコロナ危機では、ただでさえ悲観的な我々から希望を根こそぎ奪うような要素がたて続けに起きてしまっている。以下の3つだ。
(1)政治不信
(2)マスコミの「あおり」
(3)水商売の自粛
●ワイドショーの罪
(1)の政治不信については、多くの説明はいらないだろう。なかなか国民に行き届かない10万円給付や、マスクが山ほどで店に並び始めてから送られてきたアベノマスクなど、安倍政権のコロナ対策は国内外からボコボコに叩かれている。そこに加えて、多くの人が収入に不安がある中で、コロナ委託事業のかなり雑なドンブリ勘定が明らかになったことで政治への不信感が高まっている、というのは安倍政権の支持率がガクンと落ち込んでいることからも明らかだろう。
ただでさえ、世界一自国経済に対してネガティブ思考の国民が、自国の政治にも希望が持てない。もはや神も仏もないと、絶望してしまうことは容易に想像できよう。
そこに加えて、さらに追い打ちをかけるのが、(2)のマスコミだ。
「今日はこんなに感染者が増えました」「このままいけば42万人の死者が出ます」「政府はPCR検査を受けさせないで感染者を小さく見せています」など連日のように繰り返し、繰り返し、これでもかというくらいにコロナの「不安」をあおり続けてきたことで国民、特にネットやSNSで情報を収集することができない高齢者を集団パニックに追いやってしまったのである。
このあたりは別に筆者がテキトーにイチャモンをつけているわけではなく、新型コロナの治療にあたる最前線の医師たちからマスコミへの怒りの声が上がっているのだ。分かりやすいのが5月、神奈川県医師会がWebサイトに出した「不安をあおるメディア」に対して出した異例の声明である。
「専門家でもないコメンテーターが、まるでエンターテインメントのように同じような主張を繰り返しているテレビ報道があります。視聴者の不安に寄り添うコメンテーターは、聞いていても視聴者の心情に心地よく響くものです。不安や苛立ちが多い時こそ、慎重に考えてください」
実際、SNSのデマが発端である「トイレットペーパーパニック」も実は後の調査で、店に殺到して商品を買い漁った人の多くが、テレビ報道によってこの情報を知ったことが分かっている。「テレビ報道」というと何やら聞こえはいいが、実際は公共の電波を使って、情報リテラシーの乏しい人々の不安をあおって混乱させているのが、ワイドショーの現実でもあるのだ。
●水商売は“重要な臓器”
これらの2つの要素に加えて、日本人をさらに悲観的にしているのが3つ目の「水商売の自粛」だ。
水商売と聞くと、クラスターの温床だなんだとやたらと目の敵にされて、他の飲食店から「濃厚接触サービスのある店のせいで巻き添いを食らっている」などと槍玉にあげられることも多いため、何やら日本経済的にはそこまで重要視されていない人たちのように誤解を受けている方も多いかもしれない。
が、それは大きな誤解で、実は「水商売」というのは日本経済を支えている重要なインフラなのだ。一般社団法人 日本フードサービス協会が推計した18年の外食産業市場規模によれば、外食産業の中でレストランなどの飲食店をのぞいた、料飲主体部門(喫茶店・居酒屋・ビヤホール、料亭・バーなど)は4兆9766億円となっている。
その内訳を見れば、「居酒屋・ビアホール」「喫茶店」はそれぞれ約1兆円規模であるのに対して、「バー・キャバレー ナイトクラブ」は2兆4594億円と、なんと料飲主体部門の半分を占めているのだ。
これだけの経済を動かしていることに加えて、社会への影響もハンパではない。例えば、よくコンビニは日本社会のインフラだと言われる。流通、小売、雇用を生み出して地域経済に貢献し、さらにそのネットワークが日本中に張り巡らされているからだ。
その理屈を踏まえれば、キャバクラやスナックのようないわゆる「接待を伴う飲食店」もインフラである。酒の流通を生み出しているだけではなく、地域の経済活動を生み出す拠点となっているからだ。
例えば、仕事の同僚や取引先の人間とそのような店で親交を深めることで生まれる仕事もある。また、そこで働く女性に恋をすれば、気を引くためにプレゼントを貢いだり、高価な酒を注文したりという新たな消費が生まれる。また、水商売協会が主張しているように、このようなお店がシングルマザーなど経済的困窮する女性たちの働き先になっている現実もあるのだ。
では、そんなインフラが日本中にどれだけあるのかというと、警察庁によれば19年末、スナック、パブ、クラブ、キャバレーという接待飲食等営業の許可数は6万3466件だ。一般社団法人、日本フランチャイズチェーン協会の20年1月度のデータではコンビニの店舗数は5万5581店である。
良い、悪いという話ではなく、日本を人間、経済活動を血管に例えると、水商売というのは血を全身にめぐらせるためには、かなり重要な臓器なのだ。それを今、日本では「命が大切だ」と止めている。
気持ちはよく分かるが、このインフラの大きさからすれば、あまりに営業自粛が長引けば、コロナで亡くなった925人をゆうに超えるおびただしい数の人間が「経済死」してしまうだろう。
●日本の独自システム
こうした恐ろしさを我々はなんとなく感じ取っている。だから、いつもよりもさらに輪をかけたネガティブ思考になっているのではないか。
よく海外から日本のサラリーマンは「飲み会」が好きだと言われる。歓送迎会、忘年会、会社帰りに一杯、と何かにつけて1年中酒を飲んでいる、と。そして外国人の目にさらに奇異に映るのが、銀座の高級クラブやキャバクラだ。隣に座って水割りをつくって会話をするだけで札束が飛んでいくシステムは海外ではかなりユニークだ。
このような独特の飲酒文化が生まれたのは、世界一ネガティブ思考の人々が一時でも楽観的になれるからかもしれない。つまり、「夜の街」は我々日本人にとって精神安定剤のようなものなのだ。
そう考えると、「夜の街」にターゲットに絞って叩く今の風潮はかなりマズい。コロナからの復興を前向きに進めるためにも、政府や自治体が率先して水商売をサポートする空気をつくりだすべきではないのか。