なぜ「ダイソー釣り具」に私たちは魅了されるのか

全く余計なお世話だと思うが、100均ビジネスの将来が心配だ。消費者の節約志向を味方につけ、1兆円市場にまで成長したデフレの申し子だが、今や円安・製造コスト・人件費のトリプル負担増が重くのしかかる。

ダイソーやキャンドゥは早々に100円縛りに見切りをつけ、多価格帯にシフトしつつ対抗しているが、それでも100円商品がすべて消えるわけではない。価格を固定する限りどこかでコストを削るほかはなく、商品のサイズが小さくなったり、内容量が減ったり、最悪すっぱり商品自体が姿を消す――なんてことも起きている。

低価格を守るために絶えず企業努力を続けているとはいえ、100円ショップの道のりは厳しいに違いない。特に、100円にこだわり続けるセリアがどこまで我慢できるのか。そんな風に密かに心を痛めていたのだが、売り場を回っていてハッとした。100均が稼ぎ続けるためのヒントとなる商品を見つけたのだ。最初にそれに気づかされたのは、「100均釣り具」の売り場だ。

「ダイソー釣り具」をなぜ買ってしまうのか

コロナ禍中に、「釣り」のプチブームが起きた。換気不要のアウトドアで手軽に楽しめるレジャーとして支持され、どこの釣り場も大賑わいだった。早朝から釣り場に入り、ストイックに釣るというより、ライトに竿を出すファミリーの姿が目立ったものだ。

そんなエントリー層に大いにアピールしたのが「ダイソー釣り具」だ。いきなり釣り具専門店に行っても、品数が多すぎて何を選べばいいかさっぱりわからないし、道具を一通り揃えるには金がかかる。そこに行くと、専門店で買うのと遜色がない道具と仕掛け(釣り針など)が安価に買えるのだ。

初めは安かろう悪かろうの類ではと疑心暗鬼の反応だったが、釣りユーチューバーもこぞって「ダイソー釣り具」を試用し、性能に太鼓判を押したこともあり、気づくと多くの店舗で釣りコーナーが定着した。釣り竿やリールといった最小限の道具から、今ではバッカン(防水性のある四角いバッグで、道具やエサ入れに使う)やエアーポンプ(釣った魚を生かしておくために使う通称ブクブク)まで売っている。これらはさすがに1000円近くするが、釣り具専門店に比べたら格段に安い。(ちなみに釣りが趣味の筆者もよく買う)。

しかし、釣り具が100均を救うヒントになる理由は、安くて種類が豊富だからではない。釣りで必ず必要になるものといえば、「仕掛け」だ。ダイソーにも、小魚を釣るサビキ仕掛けや、浮き釣り用の仕掛けなど、いろいろな種類が売っている。一袋に仕掛けが2~3セット入っていて、それが100円で買える。ここか肝心だ。

100均グッズと言われると、プラスチックケースやキッチン用品などが思い浮かぶ。これらは封を開けても、一日で処分するなんてことはしないだろう。しかし、魚釣りの仕掛けは違う。一度竿にセットして使用した仕掛けを使うのは、その日限りだ。別日に同じものを繰り返し使うことはほとんどない。特にサビキ仕掛けは切れたり、絡んだりしやすく、ちょくちょく付け替えるため数も必要になる。仕掛けとは使い切り品なのだ。

釣り人は安い仕掛けを多めに買っておき、釣り場でどんどん消費する。次の釣りのために、また買って使い切る。これぞ、100均の真骨頂、ザ・薄利多売の商売ではないか。惜しみなく使ってもらえるように売値は100円に抑え、回転率のほうを上げる。一回使ったらはい終わり、また買いに行く必要がある商品をどんどん増やしていくことが、100円ショップの売り上げを助けると見たが、どうだろう。

なお、ダイソーでは釣りエサまで売り始めた。袋に入ったイカやアサリの生エサタイプで、魚を寄せる集魚剤も配合してある。むろん、封を切ったら使い切るしかない。エサの量は少なめなので、2袋3袋とまとめて買っていく人もいるだろう。なにせ針とエサがなければ、そもそも釣りにならないのだから。

買っても買っても終わりがない「紙モノ」沼

使い切りとは別の視点で、もう一つ注目したい商品カテゴリーがある。「紙モノ」だ。100円ショップの文具コーナーを覗くと、色とりどりのシールやマスキングテープ(通称マステ)、ふせんや折り紙がぎっしり並んでいる。


アンティークな英字新聞などのペーパー類も(写真:筆者撮影)

折り紙といっても、ただの単色ではない。透ける素材だったり、クラフト紙タイプだったり、英字柄や小花柄だったりと百花繚乱だ。「いったい何に使うんだろう」と思うような、アンティークな英字新聞や楽譜、植物図鑑のページを印刷したペーパーなどもある。中でもセリアでの充実ぶりはなかなかだ。この紙モノは何に使うのだろう。

その手掛かりになるものがある。「ジャンクジャーナル」をご存じだろうか。ジャンク=役に立たないこまごましたものを、ページに張り付けた手帳といったイメージで、貼るのは古本の切り抜きやラッピングペーパー、チケットや便せん、ポストカード、シールやラベルなど、紙なら何でもいい。スクラップブックに似ているが、何かテーマがあるというより、とにかくかわいい紙モノやシールを組み合わせてコラージュし、ページを目いっぱいデコることが身上だ。さらに、その上に小さなポケットやリボンを貼り付けて、そこにメッセージカードや写真を入れたり挟んだり。

筆者も子どもの頃にかわいいメモ帳やシールを集めたりしたものだが、それらを全部詰め込んでつくる、まさに乙女&乙メンのファンタジー帳だ。
こちらも、コロナの少し前からブームになっていたらしい。とりわけクラシックなセピア調が人気で、セリアで見かけたペーパーは、ジャンクジャーナルのコラージュ素材として重宝されていると知った。

同じくかわいらしい紙モノを駆使して作る「おすそ分けファイル」も人気だ。で、最近100均にずいぶんファンシーなマスキングテープや折り紙が増えたなと感じていたが、背景にはこうした需要があったのか。

YouTubeの作り方動画を見ていると、製作にはたいがい100均の紙モノが多用され、素材紹介もされている。ジャーナルやファイルの1ページを作るのには、土台になる紙、それに貼りつける折り紙やデザインペーパー、紙を貼るための両面テープやマスキングテープ、ポケットを作るために別の折り紙、出来上がったポケットを飾るシールやリボンなど、実に多数の素材が必要になる。それを何ページも作るのだ。100均の売り場に行って、必要だと思われるものを選んでいくうちに、1000円などあっという間に突破するだろう。


ジャーナルの表表紙、裏表紙。全て100均素材で作成(写真:筆者撮影)

「推し活手帳」づくりに活用する客も多い。推しの写真をページのメインに配置して周囲にキラキラしたシールをちりばめて、自分だけの世界を作り上げることができる。これもまた、100均の材料を消費する。

こういうものは、一つ作るとまた次を作りたくなるもの。また違う紙モノを買ってきて、その世界観にあう素材を集めて――以下、繰り返しの消費沼が口を開けるのだ。紙モノは、見た目はファンシーだが、いくらでもお金を吸い込んでしまうモンスターの棲家に違いない。

100円でも勝負できるアイテムはある

釣りの仕掛けも、手帳のコラージュに使うペーパー類も、製造コストが莫大にかかるとは思えない。原価はそこそこ、100円でも売ることができ、かつ使い切りで繰り返し買ってもらえるアイテム。これほどありがたい商品はないだろう。

そして、両方とも生活必需品ではなく、ささやかな楽しみを求めて買うものだ。だから、購入する際もうきうきする。どんな大きな魚が釣れるか、どんな可愛いページが作れるか。それが一つ100円なら、つい多めに買ってしまっても良心は痛まない。

100均を取り巻くコスト環境は今後も厳しくなるだろう。そんな中でも、常に新しい鉱脈を探してくるのが、この業界だ。100円で売ったとしても、繰り返し買ってもらえるアイテムが増えていけば、十分戦力になる。世のブームを敏感にかぎ取り、そこに商品をどんどん投入していくのが、100円ショップの底力だ。次は何をしかけてくるのか、楽しみに待ちたい。

(松崎 のり子 : 消費経済ジャーナリスト)

タイトルとURLをコピーしました