ひきこもりをめぐる「8050問題」が深刻化

「電気は煌々とついているのに、新聞は何日分も溜まったまま。不審に思ったガス業者に中を確認するよう言われて、同じアパートの住民が部屋に入った。居間に母娘の姿はなく、奥の寝室の布団から片足が出ていた。触れるともう冷たくなっていて…。慌てて救急車を呼んだそうです」(近隣住民)

1月6日、北海道札幌市の築40年の2階建てアパートで、82才の母親と52才の娘が遺体で見つかった。司法解剖の結果、死因はいずれも飢えと寒さによる低栄養・低体温症。母親は昨年12月中旬に死亡し、その数週間後に娘も亡くなったとみられる。

捜査関係者によると、2人は1つの布団の中で、娘が母親を抱きかかえるようにして亡くなっていたという。母娘がこのアパートに入居してきたのは1990年頃。

「母親の旦那さんは早くに死別したと聞いています。入居当時から、娘さんを見かけることはほとんどなく、お母さんが『娘は体が弱くて、家でずっと寝ている』と話していたのを聞いたことがあります。娘さんは、高校卒業後就職したものの、人間関係に悩んで退職したのだとか。それから20年以上“ひきこもり”の生活だったみたいです」(親子の知人)

母親は毎晩決まった時間になると、食事の買い出しへ。8畳の居間と6畳の寝室のアパートで、母親は娘の食事の準備や着替えなど、つきっきりで世話をしていたという。遺体が発見される10日程前には、憔悴しきった娘の姿が目撃されている。

「アパートからすぐ近くの自動販売機の前で、しゃがみ込んでいました。何度も立ち止まってつらそうにしているので、私の旦那が駆け寄って『大丈夫? 病院に行こう』と声をかけました。でも、『ただの立ち眩みなので大丈夫です』と言ってヨロヨロと立ち去って行きました。あの時、家の中ではお母さんが亡くなっていたんですね…」(別の近隣住民)

母と娘の楽しみは、月に2度、近くの銭湯に通うことだった。銭湯の店主が話す。

「娘さんはお風呂好きで、来るといつも長風呂でした。ただ、人と接するのは苦手のようで、ここ数年で私が交わした娘さんとの会話は『石けんください』の一言だけ。その分、お母さんに頼り切っている様子でした。お母さんは、『娘の面倒は私が見てる』と言って、『娘には重くて持てないから』と、娘さんのお風呂セットを取りにくることもありました」

一方の母親は、話好きで社交的な人だったという。前出の知人が語る。

「小柄でかわいらしいかたでした。『元気?』と聞くと、いつも明るく『元気だよ』と返事が返ってくる。意志が強くて、わが道を行くようなところもある人で、『生活保護は受けないの?』と一度聞いた時、すぐに『受けていない』ときっぱりと答えました。人の世話にはならない、という気持ちが強かったのかもしれません」

◆ひきこもりの原因は受験の失敗、職場の人間関係など様々

捜査関係者によると、遺体発見時、冷蔵庫の中は空だったというが、ストーブには灯油もあり、現金も9万円残っていた。なぜ娘は母の死後、生きることを選択しなかったのか。

昨今、こうしたひきこもりの長期化で親子共々高齢化し、80代の親と50代の子供が暮らす世帯が社会から孤立し、生活に困窮する「8050問題」が深刻化している。

内閣府は、「趣味の用事の時だけ外出する」「近所のコンビニなどには出かける」「自室からほとんど出ない」といった状態が6か月以上続く人をひきこもりと定義している。

KHJ全国ひきこもり家族会連合会の調査によると、自治体窓口にひきこもりに関する相談を寄せた年代は40代がもっとも多かった。ひきこもりの原因は、受験の失敗、職場の人間関係がうまくいかない、親子間の価値観の違いなど、人によりさまざまだ。

その背景について、『大人のひきこもり 本当は「外に出る理由」を探している人たち』(講談社現代新書)の著者で、ジャーナリストの池上正樹さんが指摘する。

「1980年代後半のバブルの崩壊と、2008年のリーマン・ショックは大きく関係していると思います。終身雇用制度は崩壊し、“派遣切り”も横行。企業側に余裕がなくなって、職場にいると自分が壊されるという防衛反応から、ひきこもらざるを得なくなる人が増えました。

8050問題の背景にある“ひきこもり”長期高齢化を生んだのは、親世代に根づく“恥の文化”が大きい。“モーレツ社員”などと呼ばれて、高度経済成長期を支えた世代の人にとっては、ひきこもる子供の心が理解できず、周囲には知られたくないばかりに、世間から子供を隠してしまうのです。

とりわけ、ひきこもる女性の場合、“家事手伝い”という名目にすり替えられ、ひきこもっている人数にカウントされずに埋もれていく。今回のケースはその典型です」

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