“コピーライター”の糸井重里氏が2002年に設立した、ほぼ日(ほぼにち)が3月16日、東京証券取引所のジャスダック市場に上場した。直近2016年8月期の売上高37億円、営業利益5億円弱と規模は決して大きくないが、営業利益率は13%に達する。
そのビジネスモデルは、誰でも無料で読める人気ウェブサイト「ほぼ日刊イトイ新聞(略称ほぼ日、社名もこれに由来)」で集客し、独自企画・開発した「ほぼ日手帳」や土鍋、書籍、食品などをインターネットで直販するというもの。中でも、ほぼ日手帳は売り上げ全体の7割を占め、直販のみならず全国のロフト店舗でも販売されるなど大ヒットしている。
社長でもある糸井氏の知名度と堅実なビジネスモデルから、株式市場での注目度も高い。一方で同社は、ウェブサイトのトップページに糸井氏がエッセイ「今日のダーリン」を毎日書き続けるなど、糸井氏あっての会社であることもたしか。上場を機に、ほぼ日はどのような会社を目指すのか。「ポスト糸井」の考え方、上場で調達する5億円強の使途、さらに他の企業との提携の可能性などについて、糸井氏に独占インタビューした。
■ほぼ日はコピーライターの総仕上げ
――ほぼ日がIPO(新規公開株式)を決め、記事「糸井重里社長『ほぼ日』の実態、ほぼ明らかに」を書いたとき、「コピーライターの」という枕詞を糸井さんに付けました。今、肩書を付けるとしたら何がいちばんいいですか。 今もわからない。自分としては18年間、「ほぼ日刊イトイ新聞」(サイト開設は個人事務所時代の1998年)の代表としてやってきたつもり。
――つまり、経営者。糸井さんの著書『ほぼ日刊イトイ新聞の本』(講談社文庫)を読むと、コピーライターとは「アイデアを出して言葉にしていくこと」「それを活かす方法を考えること」とある。ひょっとして、これは、会社経営において最も発揮できているのでは。
まったくそう思う。芸術家なら、誰も見てくれない絵でも書き続けるだろうが、僕らは発信して受けてもらって、それをまた受け直してというのが楽しいのだから。
その意味では「ほぼ日」を始めてからやっていることは、土台も含めて作っているような仕事でいちばん面白い。
――会社経営自体が、コピーライターとしての仕上げなのでしょうか。
作品かもしれない。自分だけが作る作品じゃないのがまた、特別に面白い。
――立ち上げ当初もそういう気持ちだったと思いますが、上場してますます腕の振るいがいがある?
これからのほうが面白いと思っている。まあ、寿命が来ますけど。
――寿命といっても糸井さんはまだ68歳。ただ、会社を永続的に回していくには「ポスト糸井」、後継者は必要です。後継社長のイメージや条件は?
ゲームとして「この人が社長だったら」ということはけっこう遊びとしてやっているが、やっぱりなってみないとわからない。ああでもないこうでもないと考え抜くより、何か縁があって始まることじゃないかと楽しみにしている。もしかしたら、全然畑違いの人でも、「たぶんあなたがいたらみんな喜ぶよ」というのが答え。だから、機能としてはビジネスのもっと得意な人がいたほうがよいが、それは社長の仕事じゃない気がする。
■「後継者は娘」じゃない選択肢が100もある
――(社長を辞めるのは)イメージとしては4~5年後? 2~3年後?
幸か不幸か健康なので、「年を取っているのに辞めない人」になる可能性もある。自分ではどこかで、あまり長くなく、と言い聞かせている。
――大株主を見ると、お嬢様の池田あんださんが2位株主(上場直前で株式保有比率23.9%。筆頭株主の糸井氏は同35.8%)で、ほぼ日の社員でもある。それこそ、後継者にというお考えがふと浮かんだりするのでは?
それがないんだな。
――糸井さんのDNAをちゃんと受け継いでいると思うが。
ものすごく受け継いでいるけれど、違います。
――いろんなクリエーティブなところとか、ビジネスの感覚とか、そういうものはありませんか。まだ30代でいらっしゃるということで、何十年か経ったら・・・・・・。
とてもいい考えだと思うが、それじゃない選択肢がその前に100ぐらいある。
――今回の上場で、ほぼ日は5億円強の資金を調達します。その使途は?
いくつか新事業を用意しています。それらは小さいサイズで始められるけれど、ちょっと始まっただけですぐに人手が必要になる。たとえば新事業の1つに挙げている「生活の楽しみ展」(期間限定で各地に展開する“商店街”、見本市の要素も持つ)は、実際に大々的に人が集まる「場」をつくるので、場にかかわる人、さまざまなコンテンツを発掘して一緒にやっていこうという人を集める人、それから運営をできる人も必要になる。営業の人とか兵隊さんというより、本当に頼りにしたい人が何人かずつ会社に入ってくる。だいたいは他社を辞めてきてくれるわけだから、それだけうちの会社に魅力がないと誘えない。その体制づくりまで含めて「ヒト」に使う。
――いちばん求めている人材は、それこそクリエーターとかコピーライター的な才能を持った、何十年か前の糸井さんのような方ですか。
そういう人材はけっこう、今でも来やすい場所なんですね。もう少しビジネスのセンスを磨いている人、それから技術、ITに絡んだ部分に強い人材。募集するといちばん来るのはやはりライターとデザイナーで、その仕事はこれからもあると思うが、彼らがビジネスを一生懸命、一から勉強して学ぶよりは、もうちょっと専門の人が来てくれたほうがいい。工場一つ建てるのと人一人雇うのは同じとよくいわれるが、そういう決意でやっていく。
■優待は手帳よりも「笑っちゃうような」もの
――今回、ほぼ日の公開価格は2350円に決まったが、注目度のわりに公開価格は安いともいわれています。『週刊東洋経済』2015年4月18日号の巻頭特集「糸井重里の資本論」では糸井さんのコメントとして、「自分たちは小さく上場したい」というのがあった。その考えが公開価格にも反映したのですか。
「大きく成長します」ということで人が集まってくるのではなくて、ここに集まりたいという人たちが集まることで成長していく。(株価や時価総額が)何倍にもなるということを自慢するつもりはないし、メリットもない。(上場によって)今まで小さくやって来られたことがちゃんと続けられて、なおかつ、これからの分の下ごしらえがちゃんとできるのであれば、5年、10年経ったときにちゃんと成長していると思う。一生懸命育てているように思えないのに、こんなに育っちゃうんだというのが理想ですよね。
――上場後に配当を増やすとか株主優待をどうするのか考えていますか。優待は「ほぼ日手帳」がいちばんありそうですが。
増配はともかく、株主優待については鋭意、ものすごく考えている。ただ、(株主になる人は)手帳はたぶん持っていたりする。何がいいんだろうと考えると、「あいつら何するかわからない」というところがちょっとないとつまらない。「今年はこういうことをしたんだ」って笑っちゃうようなことがしてみたい。株主が怒らないようにと考えながら、「笑っちゃうような」というのが落としどころ。それこそが自分たちの仕事だと思っている。
――株主も最初は株価だけ見て入ってくる人がいるかもしれないが、ほぼ日のファンに変えてしまえるようないろんな仕掛けを、ということか。
優待はすごく楽しみにしている。優待だけじゃなくて、株主総会をどうするかというのも、僕のこれからの楽しみです。
■ギャラを払わなくても、出てもらえる
――大株主を見ると、3位にフィールズ(東証1部上場の遊技機企画・開発会社)の山本英俊会長の名前がある。山本さんはほぼ日の社外取締役でもあり、糸井さんもフィールズの社外取締役だ。同社は円谷プロを買収するなど知的財産ビジネスを打ち出し、ほぼ日と何となく通じるところもあるが、会社どうしの連携は?
それはない。ですが、コンテンツが大事だってところが重なってきている。コンテンツがなかったら何も始まらないということについての本気度は、フィールズも自分たちも同じ。ほぼ日の特徴は、コンテンツの仕入れがものすごく得意なこと。あの人はなかなか出てくれないという人でも、ほぼ日だったらいいとか。「場」が信頼されているのだと思う。
――ほぼ日がコンテンツを得意にしているという、いい例は?
一例として、アンテナショップといえるTOBICHI(本社にほど近い、東京・南青山の店舗・イベント会場)では、人間国宝で文化勲章受賞者でもある染織家の志村ふくみさんの展覧会を何度も開催している。会場はアパートを改装したような狭い小さいところだが、そこでやってみたいといってくれた。
「ほぼ日刊イトイ新聞」の登場人物や対談相手の方々も、外国人から日本人まで含めて、よく出てくれたねといわれるような人たち。よその人が同じことをやろうとしてもできないと思う。
――ひょっとして、その方々にギャラは払っていない?
ないんですね(笑)。
■他社との提携、上場後はありうる
――フィールズに限らず、今回の上場を機に他社とのいろんな提携が出てくる可能性は?
具体的にはないが、ありうると思いながら事業計画を立てていく。これまではこちらから口説くこともなかったが、他の会社を口説く時期が来ているのかもしれない。
――そういった提携の際、資本関係についても踏み込む可能性は? ほぼ日のほうが出資したり、その逆があったり。
具体的にならないと、なんとも。でも「生活の楽しみ展」などはアーティストや作家と呼ばれる人たちとも一緒にやるが、会社ともやると思う。まだ想像の範囲だが、「生活の楽しみ」という中に僕らがコンセプトを考えて、自動車会社が乗ってくれるといったこともなくはない。主婦の人が使う軽トラックがあったらどうだというアイデアも入ってくるかもしれない。そこまで大きな話ではないが、山やキャンプ用品のモンベルという会社があって、僕はバス釣りをしているときに、よい会社だと思っていた。そこの折りたたみ傘というのが「生活の楽しみ展」の中に入ってくる。それも「生活の楽しみ展」という場がなかったら、ありえなかった。
上場後は、そういうことは何かもっと大きい規模でもいろいろできるんじゃないかと思う。だから、(コピーライター時代のように)宣伝を引き受けて広告をやる、というのじゃない組み方だったら、結構いろいろな可能性があるんじゃないかな。
大滝 俊一