「あ、バイトしよ」。予定をドタキャンされた若い女性がスマートフォンを取り出してアルバイトを探し始める──。女優の橋本環奈が出演するCMが首都圏を中心にテレビやYouTubeで流れている。
この単発アルバイトのマッチングアプリ「タイミー」は、面接なしで1日単位で働けてすぐにお金を受け取れる、ワークシェアリングサービスだ。2018年8月にアプリをリリースし利用者数は43万人(12月6日時点)と、右肩上がりの成長が続く。
サービスを運営するタイミーの小川嶺(おがわ・りょう)社長は立教大学4年生で現在22歳。2017年8月に会社を設立、今年10月には20億円の資金調達を発表し、引受先にはジャフコやJR東日本スタートアップなど複数の名だたるベンチャーキャピタル(VC)や企業、エンジェル投資家が名を連ねる。未上場だが、今回の資金調達はすでに4回目で、累計で23億円超を調達している。
借金返済のために日雇い労働も
現在タイミーを利用できる店舗は7000店(12月6日時点)。串カツ田中ホールディングスや大戸屋など、大手外食チェーン14社を含む2000社が導入済みだ。対象エリアは関東、関西、福岡で、来春に名古屋支社の開設を予定する。順次、札幌や仙台など、主要都市へと広げていく計画だ。
「大学2年生のころ、日雇いのアルバイトを掛け持ちしていた。そのときに自分がほしいと思ったアプリを開発した」(小川社長)。20歳で小川社長はファッション分野で起業したが、事業存続に悩み、潰す決断をした。残ったのは借金30万円(うち20万円が親から)だった。
返済のために朝からファストフードやカフェチェーン、コンビニエンスストアで働き、運送会社の倉庫で日雇いアルバイトをしたこともある。日雇いで働く場合、面接を受けてメールで案件が流れてきて、前日になると確認の電話がかかってくる。お金が振り込まれるのは翌週や翌月末だ。「なんで今さらメールを使っているんだろう。アプリで完結すればいいのに」。
この不満がアイデアとなり、小川社長はアプリの試作品を製作。文系学部だったが、プログラミング教室に2カ月通った経験が生きた。潰した会社では友人のエンジニアに開発を任せたものの、プログラム言語がわからずに話がかみ合わないことがあり、ジレンマを抱えていたのだ。
自作したアプリを投資家に見せに行くと、反応は上々で、2018年4月には1200万円の調達が決定。本格的な開発に取りかかり、8月にはリリースにこぎ着け、追加で3400万円を調達した。両親に報告すると、「どんな貸金業から借りたんだ?」と驚愕し、ベンチャーキャピタルとは何かという説明に追われた。
親は納得してくれたものの、「会社が成長しなかったら就職するように」とクギを刺されてしまった。とはいえ、その4カ月後には3億円を追加調達しているので、確信犯である。就職活動という退路を断ち、事業拡大へのめり込んでいった。
タイミーがブレークする大きな転機となったのは、2019年6月に給与の即日支払いでセブン銀行と業務提携を発表したことだ。このタイミングで、外食大手14社の一斉導入が決まり、メディアでも大きく取り上げられた。10月には、JR東日本スタートアップと資本業務提携を締結するなど、次々と大企業とタッグを組んでいる。
まだ若いスタートアップ企業にもかかわらず、大企業と組める背景には、独自のビジネスモデルがある。
飲食店は初期導入費用ゼロでタイミーを導入できる。その代わり、利用した場合は手数料30%を支払う必要があるが、「求人広告を出しても人が集まらなかったり、すぐに離職されることを考えると、決して高くはない」(小川社長)。優秀な人材にタイミーを通して出会った場合、正式なアルバイト採用のオファーを出すこともできる。
8社のインターンで続けた武者修行
タイミーを利用する業界の6割は、深刻な人手不足に悩む外食業界が占めており、残りが小売りや物流、アパレル、イベント業界となっている。利用者は学生や主婦、フリーターが対象で、働くたびに勤務先から評価がつけられる仕組みを取り入れている。小川社長は「今後は能力の高い人に融資できるなど、タイミーのデータを用いた信用経済も作りたい」と意気込む。
右肩上がりの成長は、決して運だけで手に入れたものではない。リリース直後は「個人経営の飲食店やコンビニのフランチャイズオーナーへ飛び込み営業をかけていた」(小川社長)。前のめりな行動に移せたのは、リクルートやサイバーエージェントなど8社で、インターンシップの経験を積んできたことも大きい。
中でもリクルートで経験した6カ月間のインターンは強烈で、「1日8時間、営業電話をかけ続けるというプログラムが逃げ出したくなるほど、つらかった」。このときの経験がタイミーでも生かされ、自らユーザーの声を拾いながら、アプリの改善を重ねることにつながったという。
起業から1年半を全力疾走で駆け抜けてきた小川社長。最も変わったのは自分自身という。「目標が日本一から世界一に変わった。会社が成長するごとに不安要素が消えて自信につながり、誰よりも成長している自信がある」と笑う。
2020年にはシンガポール進出を見据えており、その次に韓国や香港への展開を考えている。いずれの国も少子高齢化が進んでおり、日本でのノウハウを生かすことができるというのが理由だ。「世界ナンバーワンという目標に向けて、まずはアジアナンバーワンになる。僕は3歳から将棋をやっていてロジックで考えるタイプ」。
そして3年後に目指す世界は「ウーバー、エアビー、タイミー」。ウーバーは自動車配車サービス、エアビー(エアビーアンドビー)は民泊サービスのシェアリングエコノミーの最大手。タイミーもワークシェアリングで肩を並べるようになるという野望が込められている。
2022年3月には時価総額3000億円で株式上場することを視野に入れる。実現すれば、2011年に25歳で上場したリブセンスの村上太一社長を上回る、24歳での最年少上場となる。現在は月商1億円を超えるペースで伸び続け、月10人ペースで採用を進めている。
18歳で起業家を目指した意外な理由
寝る暇も惜しんで働く小川社長を支えるのは壮大な夢にほかならない。曾祖父は牧場を経営する起業家で、当時は明治乳業、小川乳業、森永乳業と呼ばれる三大乳業に名を連ねていたという。「福沢諭吉とのツーショット写真もあり、国からも認められるような大企業だった」(小川社長)だがが、祖父の代で連帯保証人を組んだことが原因で、倒産の憂き目に遭う。
祖父は再起をかけていたが、小川社長が18歳のときに突然亡くなった。「最期に会えなくて後悔している。自分もいつ死ぬかわからないから、今できることを行動に移していこう」と起業家を志すようになる。中学、高校とサッカーを続けてきたが、大好きな祖父との別れをきっかけに、初めてパソコンを手に入れた。
大学入学後はインターンで武者修行しながら起業して挫折し、日雇いの経験から大きなチャンスを手に入れた。既存の企業から買収を持ちかけられそうになったこともあるが、億万長者になることよりも、その先の事業拡大を選んだ。
「今のタイミーのポジション、社員、株主、どれを取っても、手放すことなど考えられない。運もついているので、やれるところまでやりたい」と小川社長は目を輝かせる。2022年の上場までに、あと2回は資金調達を考えている。22歳が調達した23億円は、通過点にすぎない。