もうキューバにはいられない… なぜ?!30万人の国外大脱出

日本が準決勝を戦うWBC=ワールド・ベースボール・クラシック。
もう1つの準決勝で敗れたキューバは、日本が優勝した2006年の第1回大会で決勝戦を戦った相手です。

実はいま、そのキューバの若者たちが、アメリカを目指して次々と島を脱出しています。その数、去年1年間で30万人あまり。キューバの人口は約1130万人ですから、たった1年で約3%の人口が消えたことになります。

この「民族大移動」とも言える事態は、イスラエル民族がエジプトを脱出して約束の地を目指した、という旧約聖書の書物の1つ「出エジプト記」(Exodus)になぞらえ、「大脱出」(Great Exodus)と呼ばれています。いったい、いまキューバで何が起きているのか、現地に向かいました。

(アメリカ総局記者 佐藤真莉子・カメラマン 丹尾友紀)

お家芸の野球やバレエも存続の危機

1月、私たちがまず向かったのは、首都ハバナにある野球場でした。というのも、最近の人口流出で極めて大きな影響を受けているのが、キューバのお家芸ともいえる野球だからです。

目に入ってきたのは、3月8日に開幕したWBC=ワールド・ベースボール・クラシックに向けて合宿を行っていた、キューバ代表候補の選手たち。

中日のライデル・マルティネス投手のほか、昨シーズンまでソフトバンクに所属した強打者、デスパイネ選手など、日本のファンにもなじみ深い選手の姿がありました。

練習するキューバ代表候補の選手(2023年1月)

キューバの野球代表チームと言えば、オリンピックでは過去3回、金メダルを獲得。「赤い軍団」の異名で恐れられました。

1959年のキューバ革命後、国家元首となったフィデル・カストロ氏は、国家の全面的な支援によってアマチュア選手を育てる政策を推進。野球を国技に定めて義務教育に取り入れるなどして優秀な選手を次々と育て上げたのです。

キューバ革命を主導したフィデル・カストロ氏(1959年)

ただ、社会主義のキューバでは、代表チームといっても、選手たちは国家公務員。より多くの報酬を求めてアメリカの大リーグでプレーするために亡命する選手はあとを絶たず、「キューバ野球の弱体化」が問題になってきました。

近年では優秀な選手の相次ぐ流出により、国内リーグは人気、レベルともに落ち、観客数も減少の一途をたどっているといいます。

球場で取材をしていた地元のジャーナリストに話を聞くと、いまでは国家予算の不足から、球場の照明をつける余裕もなく、試合は基本、すべてデーゲームになっているとのこと。

「これじゃあ仕事をしている人は誰も野球を見に来られないよ」と嘆いていました。

こうした状況下、今回のWBCではキューバ側からの要請を受けアメリカに亡命し、大リーグや傘下のマイナーリーグでプレーする選手の出場が初めて認められました。

今回の代表選手30人中、6人がそうした選手です。日本やメキシコなど、アメリカ以外の外国で活躍する選手たちとあわせると、その数は全体の半数を上回っています。

これまでキューバは亡命選手の代表入りは認めてきませんでしたが、若手選手の相次ぐ「キューバ脱出」で、背に腹は代えられなかったのです。

WBCへの出場は4回目となるデスパイネ選手は、現状に危機感を抱いていました。

日本のプロ野球でも活躍した強打者 デスパイネ選手

デスパイネ選手
「キューバの選手のほとんどが国を出て行ってしまったことは隠しようがありません。大リーグに行った選手が助っ人として来てくれることは、いいことだとは思うけれど・・・」

同じ現象は、バレエでも起きていました。カストロ氏は文化芸術の分野にも力を入れ、国立バレエ団は世界有数のバレエ団となり、数多くの著名なダンサーを輩出してきました。

キューバ国立バレエ団

ところが近年は、野球と同じく、優秀なダンサーが海外に行ったまま戻ってこないことが多く、地元のバレエファンによりますと、国立バレエ団のトップダンサーは毎年交代するような状況なのだといいます。

「この国には将来がない」

こうした人口流出は、野球選手やバレエダンサーに限った話ではありません。

キューバを出て、法的な手続きを経ずにアメリカに入国した人たちは、去年1年間だけで30万人あまり。過去最多となりました。

2020年はおよそ1万5000人、2021年はおよそ5万人でしたが、2022年になって急激に増えています。

キューバを脱出しようと計画する1人の女性と出会いました。首都ハバナで17歳の息子と暮らす、レティシア・サンチェスさん(47)です。

キューバからの脱出を計画する レティシア・サンチェスさん

サンチェスさんによると、ハバナでも、最近は配給の食料にも制限がかかり、卵は1人につき、月5個まで。

パンを買うにも、数時間並ばなければならないなど、現金はあっても買えるものがないというほどの物不足に陥っているといいます。

さらに、物不足への反発から行われた2021年の抗議活動で、参加した人たちが次々と警察に拘束され、最大で禁錮30年の刑罰が言い渡されたことにも絶望。

食料不足などに不満を訴える抗議デモ(ハバナ・2021年)

息子の将来のためにアメリカに渡るしかないと考えるようになりました。

アメリカに渡るのに必要な経費は1人最低1万ドル(日本円で約134万円)。その額を工面するため、自宅も家財道具も、すべて売り払っていました。

サンチェスさん
「国の経済状況はとても悪く、食べ物も何もありません。月々の配給では足りず、洗剤すらもありません。息子のために、出て行きます。この国には未来がないんです」

背景にある3重苦

なぜ、キューバはこんな状況に追い込まれてしまったのでしょうか。

その理由は、大きく3つあると指摘されています。

理由①:アメリカによる厳しい経済制裁の復活

まずは、アメリカとの関係です。

オバマ政権時代の2015年にキューバとアメリカは正式に国交が回復。アメリカからも多くの観光客が訪れるようになりました。

キューバの人たちの多くが、この当時のことを「黄金時代」と呼んでいます。

アメリカとキューバを結ぶ定期便でハバナに到着した乗客(2016年)

ところがトランプ政権になってからは、一転、制裁で送金や行き来を大幅に制限、任期が終わる間際にはキューバを再び「テロ支援国家」に指定したのです。

その後、バイデン政権に変わりましたが、制裁はほとんど解除されていません。

理由②:新型コロナウイルスの感染拡大

続いての理由が新型コロナウイルスです。

キューバの主要な収入源の1つが観光業でしたが、新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、ヨーロッパなどからかろうじて訪れていた観光客が激減。外貨収入の道が途絶えてしまったのです。

キューバといえば、1940~50年代のクラシックカーが今もタクシーとして街中を走っていることでも有名ですが、観光客が来ず、生活が苦しくなり、クラシックカーを手放した運転手もいるといいます。

旧市街の中心部には、客待ちのタクシーが並んでいました。

理由③:ロシアによるウクライナ侵攻

3つ目の理由が、友好国ロシアによるウクライナ侵攻です。

キューバはロシアから経済的な支援を受けていましたが、それも滞ってしまいました。

追い打ちをかけたのはハリケーン

さらに、追い打ちをかけたのが、年々、威力を増しているとされるハリケーンです。

去年9月、キューバを襲った「ハリケーン・イアン」。全国的に停電するなど、大きな被害をもたらしました。

ここ数年、威力が増し、頻度も増していて、地元の人たちの間では「気候変動の影響だ」と懸念が広がっています。

キューバに上陸し大きな被害をもたらした大型のハリケーン「イアン」(2022年9月)

その被害はどれほどのものだったのか。

私たちはキューバ特産の葉巻に使われるタバコの農家が壊滅的な被害を受けたというベニャレス地方に向かいました。

被災地に近づくと、目に飛び込んで来たのは、ハリケーンからすでに4か月以上たっているのに、壊れたままの多くの建物です。

そこで出会ったのが、ロベルト・バスケス・バルデスさん(62)でした。

長年、ベニャレス地方でタバコ農家を営んできましたが、去年のハリケーンでタバコを乾燥させる施設が壊れ、今も修繕できていないことから、タバコ作りを再開できないといいます。

タバコ農家を営んでいた ロベルト・バスケス・バルデスさん

バルデスさん
「お金がかかるので、自力で修繕するのは不可能です。タバコのほうが収入が圧倒的にいいのですが、今は作れないので、しかたなく豆やとうもろこしなど、収益の低い野菜を作っています」

畑を耕していたのはバルデスさんと妻の2人だけだったので、ほかに手伝ってくれる人はいないのかと尋ねると、一緒に農業を手伝ってくれていた26歳のおいが、去年11月、キューバを去り、アメリカに向かったことを打ち明けました。

バルデスさん
「脱出を決めた本当の理由はわかりません。でも、この国に将来がないと感じているのでしょう」

キューバ政府・アメリカ政府はどう対応?

若者を中心に、次々と国民が国を捨てる状況をキューバ政府がどう捉えているのか。私たちはキューバ政府に取材を申し込みました。

取材に応じた経済企画省のミルドレイ・グラナディージョ次官は「一番の原因はアメリカの制裁だ。トランプ前大統領の頃からアメリカは何も変わっていない」と、特にアメリカが制裁を解除しないことを非難しました。

キューバ 経済企画省 ミルドレイ・グラナディージョ次官

一方のバイデン政権は、当初、キューバとの関係改善を掲げていましたが、社会主義政権に懐疑的な野党・共和党からの反発などを意識して、制裁の全面解除には及び腰です。

とは言っても、急増する移民への対策を迫られ、ことしに入り、不法に入国した人たちを即時に送還する措置について、これまで対象となっていた南米ベネズエラに加え、キューバや中米ニカラグア、ハイチにも拡大しました。

それまでキューバ人については1959年の革命以後、入国の方法は問わず、1年滞在すれば永住権が付与されるという特別措置がありましたが、その措置が無効になったのです。

不法入国を厳しく取り締まる政策を発表する アメリカ バイデン大統領(2023年1月)

一方、これらの4か国について、アメリカ国内に引受人がいることなどの条件を満たした人については1か月で最大3万人に限って移民として受け入れることも発表しました。

専門家は、人口の大規模流出は今後も続くとしたうえで、最大の要因はキューバ政府への不信感だと指摘します。

フロリダ国際大学キューバ研究所 ホルヘ・ドゥアニー所長

ドゥアニー所長
「キューバの現状とほかの選択肢の少なさを考えると、国を去る人はあとを絶たないでしょう。その多くは若くて技能が高く、教育を受けた20代から40代なので、今後、キューバは深刻な労働力不足に苦しむことになるでしょう。根本にあるのは政治への不信感、共産党政権の限界です。たとえ一時的に入国が制限されたとしても、この流れは止まらないと思います」

取材を終えて

私は2009年にも、バックパッカーとしてキューバを訪れたことがあります。

南米各地を旅して、キューバにたどり着いた時、建物や使っているものは古いけれど大切に管理され、キューバ人のプライドを感じた記憶があります。

ところが今回、14年ぶりに訪れてみると、古い建物がさらに古くなっているだけでなく、手入れが行き届かなくなっている場所が増えているように感じました。

名物のキューバサンドもハムとチーズが手に入らないとのことで、街なかでは買うことができませんでした。地方の宿では停電が頻繁に起きたほか、ガソリンを求めて給油所をいくつも巡らなければならず、深刻な物不足を実感しました。

しかし、それ以上に変化を感じたのは、キューバの人々でした。

14年前、私を迎えてくれた人々はおおらかでした。クラシックカーのタクシーの運転手の男性が、別れ際に笑顔で写真に応じてくれたことを覚えています。しかし、今回、人々の顔からは、当時のような笑顔は消えていました。

筆者(佐藤)とキューバのタクシーの運転手(2009年)

もし、このまま人口の流出が止まらなければ、キューバの文化、芸術、スポーツ、産業が廃れてしまうだけでなく、キューバの人々の誇り高さや陽気さまでもが、このまま消えてしまうのではないか。

そんなことを考えさせられながら、ハバナ空港をあとにしました。

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