今やトップは「横浜」。一体何があったのか
「全国で最も物価が高いのは東京」というイメージがわれわれには焼き付いています。
本当にそうなのかデータで調べてみると、驚いたことに、今、最も物価が高いのは東京ではなく「横浜」なのです。
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「図1」東京都区部と横浜市の消費者物価地域差指数の推移(図表:本川裕) 東京は相変わらず「家賃」は高いが……
全国を100とした場合の物価水準を「消費者物価地域差指数」と言いますが、まず、東京都区部と横浜市の指数の推移を見てみましょう(「図1」参照)。
品目総合の推移を見ると、まだバブル経済の余韻が残っていた1990年代には、全国の県庁所在都市のなかで、東京は断然1位で対全国指数は113を超えたこともありました。2位は横浜であり、全国より1割弱高い水準でした。
それが、2000年代に入ると東京も横浜も対全国指数が大きく低下を始めます。そして、横浜より東京の低下幅の方が大きかったため、1位と2位という全国順位は変わらないものの、2015年前後には、ほぼ両者の物価水準は同レベルにまで近づきました。そして、ついに2018年の調査結果では、両者は105.1で肩を並べました。
バブルの頃ほどではありませんが、家賃の水準は、やはり東京や横浜といった首都圏の中心部で特別に高くなっています。家賃も物価の一種ですが一般の物価とは区別した方がよい場合もあります。
そこで、家賃を除いた物価水準の推移を見ると、すでに2015年以降は横浜が東京を抜いてトップに立っています。そして、2018年には東京は103.0であり、横浜の104.2をかなり下回っています。
トータルに判断すると、今や、東京の物価高日本一の地位は横浜に譲り渡したといってよいでしょう。
以降では、こうした物価の地域構造の激変がどうして生じたのかを探るために、最初に、全国の都道府県別の物価水準を概観してから、東京の物価の対全国水準の低下がどんな費目の物価によってもたらされているかを調べてみましょう。
「図2」物価の地域差 2018年(図表:本川裕) 全国で抜きんでて物価高の東京・神奈川
まず、データの元になった調査について一言ふれておきましょう。
地域差や店舗形態差などの物価構造については、2007(平成19)年までは5年ごとの全国物価統計調査によって詳細に把握されていましたが、5年ごとの調査では変化の激しい時代にそぐわないため、2013年からは小売物価統計調査の「構造編」として毎年調査されることになりました。これには、「動向編」と位置付けられることになった従前からの小売物価統計調査のデータも再利用されています。
このように、2007年までのデータと2014年以降のデータとでは、調査方法が変更されたため、厳密には直接比較はできないことに注意が必要です。
先の「図1」では、東京都区部や横浜市といった県庁所在都市の物価水準を追いましたが、費目別の物価水準は都道府県単位でしかデータが得られません。ここからは東京の物価と言ったら、多摩地域を含む東京都の物価と考えてください。もっとも区部のウエートは大きいので両者の特徴にそれほど大きな違いはありません。
「図2」に、最新のデータについて、物価の地域差を都道府県別に示しました。
区部を含む東京に次いで物価が高いのは横浜、川崎を含む神奈川であり、この2都県の高さがやはり目立っています。都道府県別でも、家賃を除く総合では東京より神奈川の方が高くなっています。
東京、神奈川とはかなり差がありますが、全国3番目に物価が高いのは埼玉となっています。
また、大阪、愛知は、東京と同じように大都市圏の中心であるにもかかわらず、物価が、むしろ、全国平均より低くなっています。関西のなかでは京都の物価が最も高くなっています。それでも埼玉よりは低くなっています。
三大大都市圏のなかでも東京圏だけが物価の高さが目立っており、必ずしも人口規模に比例して物価が高くなるわけではないことが分かります。
その他の地域を見ると、九州は概して物価が低くなっていますが、そのなかで長崎の物価だけが低くないのは、物価が高いといわれる島しょ部を多く抱えているためと思われます。
「費目別」で見ると、意外な地域が1位のものも
「図3」には、費目によって物価の地域差がどう異なるかを理解するため、費目ごとに、物価が最高の地域と最低の地域の地域差指数をグラフにしました。東京の位置も費目ごとに図示しています。
「総合」では、全国を100とすると東京が104.4、宮崎が96.0であり、その差は8.4。宮崎に対する東京の倍率は1割弱高い1.09倍となっています。
10大費目の最高と最低との地域差は、「住居」が最も大きく、愛媛に対する東京の倍率は1.61倍となっています。「住居」という費目には、家賃、システムキッチン、水道工事代などが含まれますが、住宅価格そのものは含まれていません。
「住居」と並んで価格差が大きいのは「教育」と「被服及び履物」です。
逆に、差が最も小さいのは「保健医療」であり、最高県の富山は最低県大分の1.06倍に過ぎません。これは、医療保険制度によって診察料が全国一律であるからですが、若干の差は、市販薬等の価格差によっていると考えられます。「食料」も他の部門と比べると比較的地域差の小さな費目です。
具体的に最高と最低の県を見てみると、「総合」で最高の東京は、「住居」と「交通・通信」でやはり最高となっていますが、その他では必ずしも最高ではありません。「家賃を除いた総合」では、東京は最高ではなく、むしろ、神奈川が最高となっています。
その他の費目では、「食料」は石川・福井、「光熱・水道」では北海道、京都は「教育」で最高となっており、最高の県は費目によってかなり異なっています。
「総合」で最低の宮崎はどの費目でも最低ではなく、全体的に物価が安いことが分かります。費目別の最低の県としては、「光熱・水道」と「教育」で群馬が、「被服及び履物」と「諸雑費」で鹿児島が最低になっています。
「表1」東京都の物価水準の全国順位(図表:本川裕) 10大費目……かつて東京1位は7項目、今や2項目
最後に、「図3」で見たような費目別物価の地域構造がどう変化してきたかを調べてみましょう。「表1」には、費目別物価水準における東京の全国順位の変遷を示しました。
2018年時点でも家賃などの「住居」や電車・バス・タクシー運賃、ガソリン代を含む「交通・通信」では東京が相変わらずトップですが、トップの座を譲り渡した費目も多くなっています。
10大費目のうち、2002(平成14)年と200(同19)7年には、それぞれ5費目、7費目で東京がトップでしたが、2013年には4費目、2018年には2費目へとかなり少なくなってきています。
特に「被服及び履物」では2007年の1位から2013年の20位へと大きく順位を落としているのが目立っています。2013年から調査方法や調査品目・銘柄などが大きく見直された影響もあるでしょうが、基本的には、全国的な衣料品販売の構造変化が影響していると思われます。
ユニクロなどのファストファッションがブレークしたのは2008年でした。それ以降、中国生産の安価な衣料品が東京でも主流となったため、東京の「被服及び履物」価格の対全国差が大きく縮まったと考えられます。
ユニクロだけでなく、ニトリ、眼鏡市場のように基本的に共通価格で全国展開する小売業、あるいは全国統一価格のコンビニのチェーン店や牛丼、ファミレスなどの外食チェーン、そして100円ショップ。こうした地域価格差のない業態が躍進しています。
物価が高いのが当たり前になっていただけに、東京人にとっては、こうした業態の店が出てきたとき、その値段は特に安く感じられたでしょう。そして、こうした商品の売り上げシェアが東京でも大きくなってくると、当然、東京の相対的な高物価が是正されてくるのです。全国展開する家電量販店などの安売り店の躍進も同様の効果を生んでいると考えられます。
平準化が進む全国の物価、「都心回帰」は必然か
ニトリや100円ショップの商品は「家具・家事用品」に多くが含まれます。外食チェーンの商品は「食料」に属します。家電量販店が扱う商品のうち、白物家電は「家具・家事用品」に属し、パソコンやテレビ、オーディオは「教養娯楽」に含まれます。こうした費目でだんだんと東京がトップの座から引いていることが「表1」からうかがえます。
これにさらに追い打ちをかけているのがアマゾン、楽天などのネット通販やヤフオク、メルカリなどのネットを介した中古品流通の普及です。
物価の地域差指数は基本的に各地域の小売店舗における価格を調べて算出されています。そもそも地域性のないネット流通は対象外です。そうであるなら、実際の地域ごとの物価は、今回、見てきたデータ以上に平準化の傾向をたどっていると考えられます。
東京への一極集中が長く続いています。バブル経済の時期には千葉、埼玉など郊外地域での人口急増が目立っていましたが、1990年代半ば以降は、いわゆる都心回帰といって東京圏の中でも東京都区部への人口集中が目立つようになりました、
都心回帰が始まったのは、「図1」で見たように、東京の物価高が大きく縮小した時期に当たっています。それほど物価が高くないのなら、通勤や交通が便利で、利便施設の多い都心部に住もうという人々が増えたのも当然だったのではないでしょうか。
本川裕(統計データ分析家、統計探偵)