日立デジタル社は、米シリコンバレーに本社を置き、OTとIT、プロダクトを組み合わせた日立グループ横断でのグローバルデジタル戦略を策定、推進する役割を担っている。 【もっと写真を見る】
今回のひとこと 「シリコンバレーでは、これまでにやった経験がないと話すと、それはチャンスだというポジティブな返事がくる。だが、日本では、やったことがないというと、やった経験があるものを持ってきてほしいという話になることが多い」 日立製作所が開催した年次イベント「Hitachi Social Innovation Forum 2023 JAPAN」において、同社執行役常務であり、日立デジタル社 CEOの谷口潤氏が、「進化し続けるために企業はどうあるべきか~グローバルでのDX実践を通して~」と題したビジネスセッションに登壇。PIVOTの佐々木紀彦社長/CEOの質問に答える形で、日立製作所のデジタル戦略などについて説明した。 谷口氏がCEOを務める日立デジタル社は、米シリコンバレーに本社を置き、OTとIT、プロダクトを組み合わせた日立グループ横断でのグローバルデジタル戦略を策定、推進する役割を担っている。日立エナジーや日立ヴァンタラ、GlobalLogicとの連携のほか、Lumadaプラットフォームとエコシステムの活用により、グローバルでのデジタル成長を加速させている。 谷口CEOは、「企業や人、技術のネットワークという点では、シリコンバレーがリーディングポジションにある。そこに身を置き、人的ネットワークを張り、日立全体のデジタル戦略を立案することが大切だと考えた」と、シリコンバレーに本拠を置いた理由を語る。 「シリコンバレーにおける日立のイメージは、依然として家電や鉄道の会社といったものだが、GlobalLogicの買収以降、少しずつデジタル企業というイメージがついてきた。社会インフラ事業をやりながら、デジタルにもフォーカスし、さらに事業の現場を知っているプレイヤーというユニークな存在として認知されはじめている」と、存在感の変化に手応えをみせる。 顧客や現場の従業員の経験をデジタルでいかに豊かにするか イタリアおよびスペインでは、最高時速360km以上の高速鉄道事業を推進し、600両以上の鉄道車両を納入。鉄道車両に搭載したセンサーにより、線路状況を把握するなど、デジタルを活用した安全性、快適性、正確な運行の実現で成果をあげている。また、効率的な長距離送電を可能にするHVDCでは、世界トップシェアであることを示しながら、国を超えて再生可能エネルギーの電力網をつなぎ、デジタルを活用することで安定した電力供給を行っていることを示す。また、マクドナルドの店舗では、タッチするだけで注文できるセルフオーダー端末を、世界100以上の国と地域で展開している例も紹介した。 「マクドナルド店頭で、顧客行動や心理分析を行ったところ、カウンターで注文する際には、後ろに並んでいる人のプレッシャーを感じながら、短時間で頼まなくてはならないというストレスが多いことがわかった。そこで、子供でも簡単に操作ができ、安心して注文できる仕組みを導入した。ストレスがない状況で注文ができるようになったことで、1人あたりの単価が上昇するという成果が生まれている」という。 こうした事例を示しながら、谷口CEOは、「日立デジタル社による事例には、顧客や現場の従業員の経験をデジタルでいかに豊かにするかという共通項がある」と位置づける。 その姿勢を示すのが、日立デジタル社や日立ヴァンタラ、GlobalLogicなどによって構成する日立グループのデジタル事業において打ち出したグローバル統一メッセージである「Digital for all.」だ。デジタルを通じて生み出す価値を、すべての人たちに届け、サステナブルな社会を実現していくという意味を込めている。 谷口CEOは、「地球を守りながら、豊かな暮らしも実現するのが、企業人である私たちの使命である。そこに、デジタルの力が大きく貢献していくことになる。デジタルで、すべての人たちに貢献したい」と語る。 実は、今回のビジネスセッションのなかで、谷口CEOは、ユニークな取り組みを行ってみせた。 それは、生成AIによって作り上げた「デジタル谷口」に、「Digital for all.」の狙いを語ってもらうというものだ。 「しゃべる内容は自分で作ったが、音声の表現、画像、動画は、すべて生成AIが作った」という。ソフトウェアエンジニア出身という経歴を持つ谷口CEO自身は、生成AIを公私ともに利用。プログラミングコードの生成のほか、先日開催された米国での社内ファミリーイベントでは、みんなに振舞ったお好み焼きを紹介する看板を、写真や売り文句を含めて、生成AIに作ってもらったという。「結構、いい看板ができた」と笑う。 スクリーンに大きく映し出されたデジタル谷口さんは、まずは、「デジタル谷口です」と挨拶。会場から笑いが漏れるなか、「デジタルの力はとてもパワフルだが、使い方が大事になる。問題設定はデジタル谷口ではできない。しかし、リアルな世界、リアルな人、リアルの谷口さんが、明確な問題設定をすれば、デジタルがさらなる力を発揮する世界になる。日立は創業時から、社会に貢献することをDNAに刻み込んできた。これからも設定するすべての社会課題やお客様の課題に対して、デジタルの力、日立の経験のすべてをかけて、すべての人々の未来のために貢献していきたい。Digital for allにはそうした思いが込められている」と説明した。 デザインやデジタルエンジニアリング、デジタルインフラ、クラウド、システムインテグレーションなど、日立グループが持つ様々なデジタルのケイパビリティと、社会インフラを支えてきた経験、ノウハウを融合し、サステナブルな社会を実現し、すべての人々の未来のために貢献していくことが「Digital for all」の意味だという。 「攻めのイノベーション」と、「守りのイノベーション」 谷口CEOは、企業のイノベーションを、「攻めのイノベーション」と、「守りのイノベーション」の2つの観点から説明した。 「攻めのイノベーションは、デジタルを活用して新たな価値を作っていくことであり、Whatを作ることになる」と定義する。 事例ひとつとして、100年以上の歴史を持つ米大手電力会社との協創事例について紹介した。 電力業界では、規制緩和による新規参入やサステナビリティに対する顧客の要求、再生可能エネルギーに対する需要の拡大など、取り巻く環境が変化している。ここでは、GlobalLogicが戦略アドバイザーとして参画。ビジョン策定や資金調達などの事業モデルの再構築、経営層によって構成するエグゼクティブアクチョンチームの設置、意思決定のための課題設定、人材育成や新たなサービスの創出などに関して協創を進めたという。 具体的には、センサーとドローンを活用したIoTダッシュボードにより、発電所の運用を効率化したほか、AIやパブリックデータを活用して、発電量の制御を行うソリューションを開発。LiDARや画像データを活用して、送電線の点検をモダナイズしたり、エネルギーの由来を可視化して、その情報を顧客に提供することで、使いたい電力を選択できるようにしたりといったことを行ったという。 谷口CEOは、「デジタルを活用してイノベーティブな企業に変革する支援を行ってきた事例である」とし、「コンサルティングやデジタルエンジニアリング、アジャイル開発、マネージドサービスを別々の会社でやると、スピードがあがらないという課題がある。それを1社で提供できるという点に、日立デジタル社への期待が集まっている。プロジェクトマネジントの難易度は高いが、継ぎ目がなく変革を進めることができるメリットを提供できる。そして、攻めのイノベーションにおいては、お客様との信頼関係を築く必要がある。デザインシンキングや生成AIといったテクノロジー面の優位性はもちろんだが、お客様の業務やプロセスを理解するドメインナレッジの組み合わせが大切である。ここに日立デジタル社の強みがある」と胸を張った。 これまでの業務やプロセスを、デジタルによって革新していく もうひとつの「守りのイノベーション」については、「これまでに人が多く関わってきた業務やプロセスを、デジタルによって革新していくことであり、これはHowの部分になる」と位置づける。 ここでは、クラウド活用に向けたモダナイゼーションの取り組みをあげるが、谷口CEOは、「多くの企業が、IT基盤としてクラウドを活用しているものの、デジタルを活用する領域が広がり、リソースの分散といった課題が生まれている。また、クラウド技術の変革に追随する難しさにも直面している。信頼性、安定性、セキュリティに関する課題が多発したり、クラウドでのランニングコストの増加が課題になったりしている」と指摘。その上で、「日立では、アドバイザリーを起点に、GlobalLogicのシステムデザイン、日立ヴァンタラの実装および運用までをアジャイルに推進するための循環型カスタマーサクセスモデルを用意し、これによって、守りのイノベーションを実現していくことになる」と語る。 この循環型カスタマーサクセスモデルが、HARC(Hitachi Application Reliability Centers)となる。HARCは、2022年6月にインドに専門チームを設置。2022年9月に米国に開設しており、すでに欧米を中心に、銀行、ヘルスケア、製造など、20社以上のグローバル企業への導入実績を持つ。2023年6月からは、日本でも提供を開始したところだ。 「HARCでは、クラウド活用の経営構想や事業ビジョンを策定し、クラウド運用時の状況の可視化およびコストの最適化、運用プロセスの見直し、運用の自動化や効率化を行う。守りのイノベーションにおいても、日立の経験を生かすとともに、AIの活用を促進することになる」とする。 HARCは、アドバイザリー、デザイン、運用管理、クラウドコスト管理の4つのサービスで構成したマネージドサービスで、ITのモダナイズを支援。日立ヴァンタラなどとの連携や、Lumada Innovation Hub Tokyoの活用により、SREに基づいた日立独自の評価指標を用いてスコア化し、目指す姿とのギャップを明確にして、変革に向けたロードマップを策定する。これにより、信頼性の高いシステム環境の実現と、アジリティを持つ組織体制への変革、クラウドコストの最適化などを提案することができる。 谷口CEOは、「守りのイノベーションは、先の予測がしやすい領域であり、AIの活用がしやすい分野でもある。将来のデータ量やコンピューティング量を予測して、それに向けた準備を行うことができる」と述べ、「守りのイノベーションにおいても、経営に寄り添うことに注力する。お客様の業界や業務に関する言葉を理解し、同じ目線で会話をし、共感ができるサービスや事例を紹介することが重要である。日立デジタル社は、そこに取り組んでいく」と語る。 日本は成功体験を理解すると、一気にスピードがあがる 一方で、日本の企業のDXへの取り組みについても言及。こんなエピソードにも触れた。 「デジタルを使った変革を提案する際に、シリコンバレーでは、これまでにやった経験がないという話をすると、それはチャンスだというポジティブな返事がくる。だが、日本では、やったことがないというと、やった経験があるものを持ってきてほしいという話になることが多い」と指摘しながら、「日本の企業のDXへの取り組みは、シリコンバレーに比べると少し遅れていると感じる部分がある。だが、日本の多くの企業において、顧客体験を高めるための挑戦がはじまっている。顧客の体験や成功事例、失敗事例がシェアされるとDXのスピードがあがっていく。日本は成功体験を理解すると、一気にスピードがあがる。方向性やターゲットが決まったときに、そこに向かって進むという日本の企業の強みがあり、それがイノベーションにつながる。日立が持つ世界中のリソースを活用したり、経験や事例を提供したりすることで、日本企業が取り組む勇気を持った挑戦に寄り添いたい」と述べた。 シリコンバレーでの経験が、日本の企業の勇気を持った挑戦を、しっかりと支援する姿勢につながっている。