アップルが「中国脱出」へ、上海を襲うロックダウンの次の試練

中国の国際都市・上海のロックダウンがようやく緩和されつつある。止まっていた工場も動き始め、ようやく以前の状態に戻せるかというムードの中、アップルが生産拠点を中国から他の国に移していくと報じられた。これまでアップル製品はほとんどすべて、実に95%以上を中国のOEM工場が作っていたのに、である。(フリーランスライター ふるまいよしこ) ● ようやくロックダウンの停滞期 を抜け、動き始めた上海  前代未聞の国際都市封鎖、数カ月続いた上海のロックダウンも、ようやく稼働再開に向けての大まかなスケジュールが発表された。6月中旬から下旬までには、全面的に「通常の生活」に戻っていくことになった。  中国最大の金融都市である上海は同時に世界最大規模の港湾を持ち、物流やサービスにおいても中国屈指の都市であり、大型ハイテク企業や外資系企業、その他多数の関連企業が生産拠点を置いている。上海のロックダウン中、株式市場は自宅勤務や関係者が会社に住み込むなどしてなんとかその動きが維持されてきたが、工場や物流は軒並みロックダウンのあおりを受けてほぼ停止状態にあった。ここにきてやっと、各社が操業再開に向けて動き始めた。  そんな5月24日、「米アップルは、中国当局による厳しい新コロナ対策やその他の理由により、その製品生産拠点を中国以外に拡大していくことを関連OEMメーカーに通告した」と、米メディア「ウォール・ストリート・ジャーナル」(WSJ)が伝えたことが、中国の産業界に大きな衝撃をもたらしている。

● アップル製品の95%以上は 中国のOEM工場で作られている  というのも、これまでiPhoneやMacBookなど、アップル製品の95%以上は中国のOEM工場で作られてきたからだ。WSJによると、すでに2年間続けられている新型コロナ感染防止対策により、アップルは本社から中国に幹部やエンジニアを送り込んで行う製品管理・監督の維持に苦労しているという。さらに昨年は突然の電力不足により、規定地区の生産工場で予定外の操業制限が命じられたことも、アップル側が中国での生産を真剣に見直さざるを得なくなった理由とされる。  だが、中国には10年以上かけて築き上げてきた、アップル製品に最適化した生産環境がある。進出に当たって、アップルは各地方政府の優遇政策や熟練労働者などの恩恵をたっぷりと受けてきた。こうした環境をそう簡単に見捨てられるわけはないのは事実だ。その一方でアップルには、生産を海外に拡散すれば、米中貿易戦争下の米国政府による中国製品輸入規制も回避できるというメリットがあるのも事実で、中国の生産現場の動揺は止まらない。 ● 中国の次に、アップルの生産拠点に なりうるのはインド  実のところ、アップルのティム・クックCEOは今年4月の時点ですでに、上海のロックダウンが部品不足を引き起こすなどした結果、今四半期の売り上げは最大80億ドル減少するだろうとの予測を口にした。同時に最新モデル「iPhone13」をインドで生産し始めたことも明らかにしていた。  業界アナリストによると、アップルは2017年にインドで生産を始めているものの、そのグローバル生産全体に占める割合はまだ小さく、2021年はわずか約3.1%だった。だが、この数字は2020年の1.3%と比べると明らかに伸びており、このままいけば今年は5~7%に達する可能性もあるとみられている。

 インドは現在、貿易と産業力の強化による国力増強を目指して、さまざまな輸出政策を講じて欧米 先進国との経済関係の強化を模索中だ。2020年にはスマホ製造に54億米ドルの優遇策を講じ、その輸出生産量は5年間で50倍へと飛躍的に伸びている。

 それでも、現在のインドの製造業の能力からすると、アップルが中国で現在展開する製造ラインやサプライチェーンを完全に移すにはまだまだ時間がかかるとされる。このため、アップルは先の通告で各サプライヤーに向けて、今後インドやベトナムなど東南アジアで生産拠点を設置するよう促している。

● フォックスコンやウィストロンは 先にインドで生産を始めているが……

 その先手を打ったのが、アップルOEM工場として広く知られるフォックスコン(FOXCONN、富士康科技集団)やウィストロン(Wistron、緯創資通)だ。WSJによると、両社はすでにインドに工場を設置してiPhoneの生産を始めた。また部品サプライヤーの一つ、和碩聯合科技(Pegatron、ペガトロン)もインドでの今後の本格的な生産拠点作りを進めているという。

 だが、そんなフォックスコンやウィストロンも、インドでの操業がスムーズに進んでいるとは言い難い。昨年12月にはフォックスコンの工場の一つで、住み込み労働者による労働条件と生活改善を求める大型の労働争議が起きた。さらにウィストロンでも賃金の支払いトラブルで労働者が反発、工場内の設備が強奪され、破壊され、生産不能に陥った。

 「一帯一路」政策に後押しされ、東南アジアから南アジア一帯への進出を虎視眈々(こしたんたん)と狙う印象がある中国企業だが、2020年に中印国境付近で起きた軍事衝突以降、企業にとってインドは「鬼門」になりつつあるのも事実だ。インドの方でも中国ITに対する警戒心を強めており、「主権や安全保障へのリスク」を理由に、SNS「微信 WeChat」やショート動画アプリ「TikTok」など、多くの中国製人気アプリの国内での使用を禁じる措置を取った。

● シャオミ、OPPOなど 中国スマホメーカーもインドで苦戦中

 また、世界第二のスマホ市場とされるインドでの生産、販売を積極的に始めている中国の廉価スマホ「小米 Xiaomi」(シャオミ)や「OPPO」「vivo」、そしてファーウェイから独立した「栄耀」(Honor)がすでにインドのスマホ市場売り上げトップに食い込んでいるという「朗報」がもたらされているものの、同時にその「苦戦」も伝えられている。

 シャオミは2015年からインドを優先海外市場と定め、直接インドに乗り込んで直営に乗り出した。これはインドが輸入スマホ製品への課税率を倍にし、さらにインド認証局の認証を取ることを求めたことへの対応策だった。その結果、シャオミは2017年にはサムスンを抜いて売り上げトップを達成。これが中国製スマホメーカーのインド進出への期待をふくらませる結果となった。

 だが、2020年に新型コロナの世界的感染拡大が始まり、そして前述の国境での衝突を機に動向が大きく変化する。突然のコロナにうろたえる各国の政策の動揺、半導体不足、部品供給チェーンの分断など苦しい局面に直面した上、シェアを落とした。それでも2021年にはインドのスマホ市場はリバウンドを見せ始め、中国廉価スマホブランドは売り上げ5位のうち四つを占めるまでになった。

 しかし、実際にはトップのシャオミと2位のサムスンの差は縮まり、競争は激しくなってきている。拍車をかけたのが、インド当局による「中国ブランドたたき」である。昨年12月にシャオミとOPPOにインド税務局による抜き打ち捜査が行われ、ブランドイメージに傷が付いた。その前の10月にも、電子情報技術担当省から中国スマホメーカーにスマホ製品とその部品の詳細データ提出の要求が行われている。

 この5月初めにも、「不正な海外資金送金を行った」とする容疑でシャオミ・インディアの企業口座が凍結された。この凍結はシャオミ側が「あれは特許使用に対する支払い」と抗議したことで、その後一時的に解除されてはいるものの、中国スマホ業界には「インド回避」のムードも広がり始めている。

● アップルとの取引が多い企業は 株価暴落中  一方中国国内では、クックCEOが明言するよりも前から「アップルが中国での生産を再考している」といううわさはあった。実際にアップルを上顧客としていることで「アップルチェーン三巨頭」と呼ばれてきた、立訊精密(ラックスシェア)、藍思科技(レンズ・テクノロジー)、歌爾股フン(「フン」は人偏に「分」、ゴーアーテック )の3社はそのうわさを受けて、今や「アップルチェーン三バカ」と揶揄(やゆ)されているという。  その裏には、やはりアップルと深い付き合いがあった、欧菲光(オーフィルム)を巡る「事件」の記憶があった。昨年初め、同社へのアップルからの受注が止まったという報道が流れて、同社株は大暴落。その後オーフィルムは正式に「大顧客」との関係終了を明らかにした。「大顧客」の名前は公表されていないものの、米国政府によるオーフィルムが新疆ウイグル自治区での強制労働に関わっているとする告発を受けて、同社の売り上げの20%以上を占めていたアップルが発注を中止したとされる。  「アップルチェーン三巨頭」はいずれも、売り上げの40~60%以上をアップルに依存していることで知られる。このため、アップルが本格的に生産地を国外に移転すれば、大きな影響は免れないとみられており、今年に入ってから4月末までに各社株価はそれぞれ50%前後も下げている。  企業側は不安がる外部に対し、「当社はデザイン、製造などの面で顧客に高く評価されており、また長期的な戦略パートナーとして固い絆で結ばれており、今後も顧客を満足させるために高水準、高目標の研究と生産を重ね、ともに成長を目指す」などと紋切り口調でこたえるのみ。彼らにとっても「大顧客」の意向は死活問題であるものの、“信頼感”を主張する以外にできることがないという状態なのだろう。

● アップルの生産拠点、インドのほかに 「ベトナム移転」という可能性も  アップルの生産拠点の海外移転に関して、関連企業の間ではベトナムも注目されている。すでに中国での生産を取りやめたサムスンがベトナムでの生産に切り替えていること、さらにベトナムは中国と陸続きであることから、中国企業の関心も高い。だが、現時点ではベトナムの技術力が低いことなどがネックとなり、どこまで中国の事業をベトナムに移行できるのかはまだ未知数とされている。  さらに、やっと上海のロックダウン解除が始まったというのに、中国当局は中国人の出国規制を始めた。表向きは新型コロナ感染対策であり、「不必要な出国を控えるように」という柔らかいニュアンスではあるものの、海外から帰国したばかりの中国人のパスポートや外国の居住証を入国管理官が破壊するという行為もあったと伝えられた。  なぜそこまで、中国人の出国を規制しようとするのか? その理由についてはさまざまな臆測が流れているが、そのうち根強いものとしては「海外への資金持ち出しを防ぐため」という説が挙げられている。確かに、すべての経済指標が下向きになり、就業の不安が増し、政策が不透明な中、海外での起死回生を狙う人たちが出てくるのは自然なことだろう。中国政府が慌てるのも分からないではない。  ようやく、ロックダウンのダメージから元に戻りつつある上海。しかし、完全に元通りになる保証はない。そんな中、アップルの海外生産拠点の拡大宣言は、今後もさらに影響を与えていくはずだ。

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