イオン、全国の店舗のレジにATM機能…銀行の店舗に行く必要消失

総合スーパーを中心に金融や不動産事業を展開するイオンは来春から、スーパーのレジで銀行預金を引き出すサービスを提供する予定だという。預金の引き出しサービスは「キャッシュアウト・サービス」と呼ばれる。そうしたサービスの提供はこれまで前例がなく、国内で初めての取り組みである。重要なポイントは、そうした新しいサービスがさらにネットワーク技術と融合することも考えられるという点だ。そうなると、お金に関する取引の形態が大きく変わる可能性が高まる。それこそ、銀行の店舗が必要なくなってしまうかもしれない。凄まじいスピードと規模感を伴って、銀行業以外の企業が金融サービスを展開することになりそうだ。
ありそうでなかった「キャッシュアウト」

キャッシュアウトとは、銀行窓口やATM以外の場所、機器によって銀行預金を引き出すサービスだ。引き出す際には、銀行のデビットカードが使われる。キャッシュアウトのサービスを利用することで、銀行に行かなくとも、小売店舗のレジなどで必要なお金を引き出すことができるのである。なお、デビットカードは、クレジットカードとは異なる。支払いのつど銀行の預金残高は減る(後払いではない)。また、利用可能な額は、預金残高の範囲内、あるいは定められた利用限度額に基づいている。

わが国では、預金を引き出して現金を手元に置くためには、銀行の支店やATMに行かなければならない。海外と異なり、わが国ではクレジットカードを使うよりも現金を使う人が多い。これを現金志向が強いという。必要な時にその場でお金を手にできないことにストレスを感じる方は少なくないだろう。キャッシュアウトのサービスがあれば、便利だ。しかし、これまでは規制によってそのサービスを提供することができなかった。

イオンの取り組みを皮切りに、キャッシュアウトへの需要は高まる可能性がある。特に、地方では銀行の支店が減少している。大手銀行は需要の低迷を受けて融資が増えないことなどを理由に、支店網の統合や業務面でのリストラを進めている。今後も、地方を中心に銀行の支店数は減少するだろう。

高齢になると、電車やバスに乗り、市街地まで出かけてお金を引き出すことが困難になることが多い。無人店舗での預金の引き出しなど、IT技術を活用した金融サービスになじめない方もいるだろう。そうしたケースは、高齢化の進展に伴って増えるはずだ。その分、コンビニエンスストアや小売店舗のレジで必要なお金が引き出せればいいという社会的なニーズは高まるだろう。企業にとって、追加の設備投資額が抑えられるのも魅力だ。
金融ビジネスを強化する小売業

イオンの取り組みは、わが国における潜在的なニーズを先取りした取り組みと考えるべきだ。端的にいえば、同社が全国に展開する店舗のレジの一つ一つが、銀行の窓口に変わる可能性がある。キャッシュアウト・サービスをもとに将来の小売業と金融サービスの関係を考えると、これまでの銀行の業務を小売業が飲み込んでいく展開が考えられる。

すでにイオンは、傘下のイオン銀行を通して銀行業務に進出してきた。イオン銀行は、既存の銀行に比べて新しいテクノロジーの取り込みに意欲的だ。11月には、生体認証技術を手掛けるベンチャー企業と組んで、指紋認証などによる本人確認のサービスを開始した。これはキャッシュカードを必要とせず、“手ぶら”で預金を引き出す、あるいは口座を開設する取り組みだ。

こうした新しいIT技術の導入のなかでも特にインパクトが大きいのが、分散型のネットワーク技術の実用化である。ブロックチェーンなどの導入が進むと、小売業と金融ビジネスの融合は加速すると考えられる。

将来の展開を考えた時、次のようなストーリーが考えられる。イオンの各店舗には、同社のシステム(ブロックチェーン)にアクセスできる端末が設置されている。店舗内のレジ全体での預金の入金と出金の額を合計して、ブロックチェーンに入力すれば、その時点でイオン銀行全体での預金額を管理することができる。預金だけでなく、レジでは通信販売などの代金を振り込むこともできる。レジにATMの機能を持たせようとする発想は、より強くなるだろう。

分散型のネットワークシステムを使うと、今日のように一カ所に大きなサーバーを設置し、多額の費用と人手をかけてメンテナンスを行う必要性は低下する。その結果、IT関連のコストが減少し、さらなるサービスの改善につながるだろう。
常識の通用しない社会の到来

このように、新しいテクノロジーの導入が進むに伴い、金融、小売り、製造業というように、既存の業種の境界はあいまいになっていくだろう。テクノロジーが企業に異種混合の業態を志向させるといっても過言ではない。小売店舗のレジで、期間限定の掛け捨て型の保険に加入する、あるいは投資信託を購入するということも十分に考えられる。あるいは、ビッグデータを活用して、小売店舗のレジがその人の信用力の審査を行う場になる可能性もある。ネットワーク技術がもたらす社会的な変革のマグニチュードは、非常に大きい。銀行などに関するこれまでの常識は、覆される可能性が高まっている。

イオンがキャッシュアウトのサービスを開始することを受けて、他の小売り関連企業も同様の、あるいはさらに先進的なサービスを提供して、顧客を取り込もうとするだろう。そうした動きが続くと、徐々に社会における既存の銀行業界の存在感が小さくなる可能性もある。

イオンの取り組みは、小売業界の再編にもつながる可能性がある。米国の玩具量販店大手トイザらスの経営破たんにみられるように、小売業界はアマゾンなどのハイテク企業との競争にさらされている。店舗よりもオンライン上でのショッピングを選ぶ個人も増えている。競争に勝ち残るためには、顧客の取り込みが欠かせない。いかに多くの顧客を自社のネットワークに取り込むかが、競争を左右するだろう。

そのためには、他の企業を買収する、フランチャイズを強化し、自社のネットワークにより多くの企業、顧客を取り込むことが不可欠だ。今後の展開によっては、小売業者が製造業を買収する、物流業を自社の傘下に収めるなど、かなりダイナミックな展開が考えられる。
(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)

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