今年も「日経MJ」小売業調査の季節になった。1面解説は、「総合スーパーも個性の時代」というタイトルで、ドン・キホーテとの共同運営による「MEGAドン・キホーテUNY」座間店が取り上げられていた。ドンキ式の導入によって店の中身がまるで変わり、シニア中心だった客層が若返り、かなり活況を呈しているとのこと。
このようにドンキ化した店舗の来店客数は前年比1.9倍、売り上げは2.2倍になったという実績が出ており、ユニーは2023年までに100店舗規模に拡大する意向だという。やはり今のところ、総合スーパー(GMS)の再生事例は、ドン・キホーテによる業態転換しかない、ということのようだ。
下の表は、冒頭の小売業調査を基に総合スーパーの売り上げ、収益の状況を抽出したものだが、ほとんどの企業が減収かつ低収益の状況から脱していない。イオングループもセブン&アイ・ホールディングスも、総合スーパーの収益は前年比で改善してはいるのだが、その収益率(売上高経常利益率)は1%にも満たないレベルであって、到底胸を張れる水準とはいえない。そのほかの企業もほとんどが減収かつ低収益率であり、総合スーパーは相変わらず苦境から抜け出せないでいると言っていいだろう。
ただ例外がある。上から3行目のイズミ(広島県)だけが、増収かつ高収益率を確保している。イズミと聞いてもどんな会社かよく分からない方は多いはずだ。特に近畿以東にお住まいの方には、ほぼ知られていない企業だが、中国・四国・九州では「ゆめタウン」(店舗名)といえば、知らない人はいないほど有名な店なのである。地域で人気の大型ショッピングモールを展開し、中国・四国・九州では、イオンモールの唯一のライバルといった存在だ。
●イオンの全国制覇に立ちはだかる
イズミは、ゆめタウン(大型ショッピングモール)、ゆめモール(中型ショッピングモール)、ゆめマート(食品スーパー)等を運営する、西日本では最大の総合流通グループで、構造的な不振にあると言われる総合スーパーを中核としているにもかかわらず、業績は好調を維持している。
「なぜそうなのか?」という説明は、マニアックになるため割愛するが、(1)地域最大クラスの売場規模を確保している、(2)食品部門の運営レベルが他社に比べ優れている(総合スーパーは一般的には得意ではない)(3)モール構成であるが、テナント料でもうけようとはしていない、といったところにあるようだ。特にモール運営について、一般的にはテナントから最大限賃料をとってもうける、という意識が先行するのだが、ゆめタウンは他社比賃料の水準を低く抑えて、店舗に最適なテナントを確保することに重点を置いていると言われている。こうした地道なテナント運営が、イオンモールにも引けをとらないテナントミックスと地域密着の店づくりを両立させているのであろう。
地方での大型ショッピングモールといえば、最大手であるイオンモールがその代名詞で、地方に行くとショッピングモール≒イオンモールというのが一般的な状況だ。中心市街地や地方百貨店が衰退してしまった地域では、土日にはイオンモールしか行くところがなく、必ず誰か知り合いに会ってしまう、という話も地方の住人たちからよく聞く。
そんなモールの王者が、中国・四国・九州ではゆめタウンに手を焼いていて、地域一番店はゆめタウンであることが少なくないらしい。イズミグループはイオンに目の敵にされており、ゆめタウンやゆめモールといった施設の近隣には、しばしばイオンの商業施設が後追い出店してガチンコとなる。少し前にイズミグループが新しいタイプのショッピングモール「LECT」を地元・広島でオープンさせたが、イオングループはその5キロ圏内に、「ジ アウトレット広島」という大型アウトレットモールを投入して対抗している。全国制覇に立ちはだかる存在として、イオングループからも認識されているという現れなのだろう。
そのイズミグループは先ごろ、セブン&アイ・ホールディングスとの業務提携を発表している。首都圏の方々は、セブン&アイはイオンと並ぶ流通大手だから全国展開しているグループだと思っている人が多いが、このグループで全国展開しているのは、コンビニエンスストア(セブン-イレブン)ぐらいであり、その他のグループ会社は首都圏および大都市圏、もしくは東日本といった場所でしかお目にかかることはないはずだ。このため、総合スーパー、食品スーパーといった業種においては、セブン&アイは地域企業と補完的なアライアンスが十分可能なのである。このため、両社の提携というのは、業界では想定の範囲内の出来事といえる。
スーパー業界においての基本的な構図は、全国を直系の企業で制覇しようとするイオングループが各地域でシェアを拡大している中、地方に既得権を持たないセブン&アイが、地域の最有力企業を支援して「代理戦争」を仕掛けるというものだ。これまでも、近畿のH2Oグループ、岡山の天満屋ストア、北海道のダイイチなどとの提携関係も、こうした構図の一環と理解できる。今回のイズミグループとセブン&アイの提携はそうした意味で中国・四国・九州エリアの対イオン同盟であり、セブン&アイの後方支援を受けたイズミとイオンの攻防戦がこのエリアの流通再編のメインストーリーになるのだろう。
●熊本に新しい街を作り出した
このように、流通業界のキャスティングボードとも言えるイズミグループであるが、この会社は、他にも知る人ぞ知る、地方創生のエピソードを持っている。
地方の田舎町に郊外型大型商業施設を中心とした新しい街を作り出した、という全国でも珍しい流通企業の地域貢献事例だと思われる。知る人ぞ知る企業なので、前段の前置きが長くなったが、今回、主に紹介したかったのは、以下のエピソードである。
熊本県熊本市に隣接する菊陽町という町に、2004年に「ゆめタウン光の森」という大型ショッピングモール(売場面積約4万平方メートル)が忽然と出現した。このモールができたときは、周囲には宅地開発計画はあったものの、まだほとんど住宅は建っておらず、周囲の道路にはコンビニさえない、寂しい畑の真ん中のようなところだった。
ところが、今ではこのゆめタウン光の森を中心に住宅地が広がり、周辺の道路にはロードサイド型の店舗、飲食店が数多く店を構える状況になり、街の中心が新しく生まれた。このゆめタウンの近隣にはJR豊肥本線の線路が通っていたが、光の森駅が新設されて通勤、通学にも便利になった。
この商業施設の周囲には、ホンダの熊本製作所、ソニーセミコンダクタマニュファクチャリングの熊本テクノロジーセンター、富士フイルム九州といった製造業大手の工場があり、そうした工場の従業員と家族がこの新しい街に集まってきたというラッキーな背景はあるものの、街の中心がゆめタウン光の森であることを疑うものはいない。
05年に3.2万人であった菊陽町の人口は、18年時点で4.1万人を超え、現在でも毎年人口が増加し続けている。人口減少が進行する地方圏で、人口増加を維持している自治体は他にはほとんど存在していない。この街に隣接する周辺地区(熊本市東区、合志市など)も同様に人口増加傾向にあり、この街が地域の活性化をけん引している。仕事柄、地方郊外の大型商業施設を数多く見てきたが、ここまで地域の活性化に貢献している商業施設は知る限りではほかに存在していない。
ゆめタウン側も、この活性化の成果を享受していて、ゆめタウン光の森の売り上げ、収益はイズミグループの旗艦店としての存在感を維持し続けているという。大都心圏ターミナル駅前という超恵まれた立地にあっても、商売がうまくいかない百貨店や総合スーパーがいくらでもある時代に、田舎町で地域と協調して街を創出することで、自らの商売も成長させたという実績は、注目されるべき事例である。専門家の方々にはぜひ、分析、検証をお願いしたい。
実を言うと、かみさんの実家がこの街の周辺にあったことから、ゆめタウンができる前から、街の変わっていく様子を、偶然、定点観測してきた。最近でも行くたびにロードサイドには新しい店が増えているし、周囲の空き地は今でも分譲住宅が新築されていて、この街が新陳代謝していることが感じられる。
ただ、この街でもクルマがなければ、利便性の享受は難しい。周辺住民は、今はファミリー層が中心なので困ることはないが、いつかは高齢化して大都市のニュータウンのようになる時が来る。この街の成功事例も、クルマ社会の高齢化問題の解を示してはくれない。この地域の公共交通を調べてみたが、たまたま複数の自治体の境界域にあるため、各々の自治体単位でルートが組まれていて、地域一体をうまく循環する公共交通が構築できていない。新しくできた街の構造と自治体の線引きがうまくマッチしないのである。菊陽町は周辺自治体よりも豊かな財源を持っているため、市町村合併の際に周辺とのバランスがとれず、統合がうまくいかなかったらしい。
地方自治体の線引きは、地域住民の生活や経済活動とは無関係に決められている。行政施策や事業は基本、自治体単位に実施されるため、いわゆる都市圏単位で見ると複数の自治体がエリア内で似たような施策や事業を行っている。地方でも車で30分走れば、いくつもの自治体の境界を越えていることは少なくない。
多分これこそが無駄であり、非効率なのだろうと思う。こんなに細かい自治体単位に事業、施策が分散していれば、財源のみならず、人材不足になるに決まっている。やる気のある公務員や団体職員が少なくないことは知っているが、彼らも細分化された自治体を超えて動く権限を与えられていない。都市圏単位での効率的な自治体再編をもう一度考える必要性を感じる。