イギリス芸能界でも「性加害」の過去――ジャニー喜多川前社長同様“加害者の死亡後”明るみに 捜査した元警察官が語る“日本への提言”

イギリスのBBCが放送したドキュメンタリーをきっかけに、被害者らが声を上げ始めたジャニーズ事務所の「性加害」問題。実はイギリスの芸能界でも、過去に加害者が死亡した後に「性加害」の実態が明らかになったケースがありました。

加害者が死亡していても、「被害者への社会正義」という信念のもとに行われたという大規模な捜査。その捜査を指揮したイギリスのロンドン警視庁の元司令官を取材しました。

■イギリス芸能界でも過去に「性加害」問題 加害者の死後に判明

赤いサングラスをかけて葉巻をくわえた男性。かつて、イギリスBBCなどでテレビ番組の司会を務め、国民的な人気を集めたタレントのジミー・サビル氏です。芸能界で華々しく活躍する一方、障害児支援など慈善事業も積極的に行い、イギリス王室のチャールズ皇太子(当時)などとも面識があったほか、その功績が認められ、数々の賞のほかナイトの称号も授与されていた人物です。

しかし、2011年にこの世を去ってから、民放テレビ局が「性加害」の問題をドキュメンタリーで放送し、この報道を皮切りに子どもたちなどへの性加害問題の詳細が明らかになり、イギリス国内に衝撃を与えました。

■“加害者死亡”後に警察が大規模捜査 捜査の元警察官に聞く

サビル氏の死亡後、性加害について告発する声が多数、上がったことから、イギリスの警察当局は児童保護団体らとともに、大規模な捜査を開始しました。

約450人の被害者に事情を聞き、サビル氏が「性器や胸を触る」「番組収録の合間にレイプする」などの性犯罪を200件以上にわたって行っていたと認定。その上で、「イギリスで最も多くの罪を犯した性犯罪者のうちの1人である」と断じました。

こうした認定がされた一方、加害者であるサビル氏が死亡しているため、正式な刑事裁判が開かれることはありませんでした。それでも、「イギリスの警察当局が捜査をしたことは、社会正義の観点から意義があった」と語るのは、捜査の陣頭指揮を執った元ロンドン警視庁司令官のピーター・スピンドラー氏。当時の捜査の状況のほか、同じく加害者が死亡後に”性加害”の問題が明らかになった日本への提言を聞きました。

■「被害者の声に耳を傾ける」ことが重要

元ロンドン警視庁司令官 ピーター・スピンドラー氏

元ロンドン警視庁司令官 ピーター・スピンドラー氏 (他 2枚の写真)

――捜査が行われた経緯について教えてください。

2012年の秋に、イギリスの主要テレビ局のひとつであるITVが、サビル氏の犯罪についてのドキュメンタリーを制作した後、捜査が始まりました。メディアでも大きく扱われたことで、多くの被害者が名乗りをあげ、サビル氏から受けた被害について語り始めたのです。

そこでロンドン警視庁は、番組が始まって3日ほどで捜査を開始しました。捜査を行う上で良かった点は、児童保護団体と連携して、24時間体制のヘルプラインを設置したことです。残念ながら警察には、被害者のために活動し、支援を提供できるようなヘルプラインがありません。私たちは被害者から情報を聞き、警察官を送り込むだけという状況になりがちなのですが、児童保護団体が加わることで、被害者が警察の捜査を信用しなかったとしても、別の機関には情報を提供してくれるという体制を作ることができました。

――こういった捜査はイギリスでは珍しいケースでしたか?

そうです。被害者たちは信じてもらえると思えず、自身の経験を胸に秘めていたんです。実際、過去にサビル氏による性的虐待を通報した人はいましたが、相手にされませんでしたし、事件は進展せず、十分な捜査もされませんでした。

捜査を開始すると発表してから数週間の間に、名乗り出る人の数は飛躍的に増加し、サビル氏についてだけでも40人、他の加害者についてはさらに何百人もの人が被害を名乗り出るようになりました。私たちは、サビル氏の犯罪から学び、組織を強くする方法を見つけるために、サビル氏に関する情報が欲しかったのです。加えて、彼を守ったり、彼と一緒に罪を犯したり、あるいは彼が虐待するために若者を確保したりすることに関与していた人などについても情報を求めました。

今回の捜査では、「起訴」という刑事司法の結果を得ることはできません。加害者が死亡した日本でもこのような事態になりますが、私たちも同じ状況でした。しかし、サビル氏の犯罪を幇助(ほうじょ)した人は他にもいるはずでしたので、被害者たちは、自分たちの話に耳を傾けてくれ、真剣に受け止めてくれると分かれば、名乗り出るだろうと思っていました。

警察の調査報告書

警察の調査報告書 (他 2枚の写真)

――捜査が進むにつれて多くの被害者が名乗り出た状況について、どう感じていましたか?

名乗り出てくる人の数にかなりショックを受けました。サビル氏の犯罪を捜査すると発表した当初、性的暴行やレイプ、その他の虐待を訴える人が30人ほどいました。捜査を終える頃には、私たちのシステムには250件ほどの犯罪が記録されていました。

今となっては、被害者にふさわしい刑事司法を提供することはできなかったと認識しています。しかし、過去には不適切な捜査をして失敗したかもしれないが、今は被害者に社会正義の感覚を与えています。それこそが、本当に重要なことなのです。

被害者は、声に耳を傾けてもらい、信じてもらい、初めて真剣に受け止めてもらえたのです。彼らは「このような状況に陥ったのは自分のせいだ」と長年、自分を責めてきました。そして彼らは、愛する人にさえ黙って、何年も生きてきました。そして今、彼らは初めて「自分たちは1人ではない」と気づいたのです。ですから、このような捜査を行うことは、加害者が死んでいようが生きていようが、たくさんのメリットがあるのです。

――捜査結果を公表した後、被害者からどのような反応がありましたか?

被害者たちは、自分たちの声に耳を傾けてもらえたことに信じられないほど喜んでいました。何人かの被害者とは、11年ほどたった今でも連絡を取り合っています。

報告書のタイトルは「被害者の声に耳を傾ける」となっています。これはとても重要なことです。このような調査には、被害者や生存者に焦点を当てる必要があります。被害者の利益のために行われなければなりません。

■「被害をいつ告白しても大丈夫」な社会に…性犯罪と“時効”

――イギリスでは性犯罪に時効がないと聞いています。この点が捜査を行いやすくしたとお考えですか?

イギリスでは時効がないので、何十年もさかのぼって情報を特定することが非常に容易になりました。加害者は何歳になっても加害者です。また、私たちの調査結果にもありますが、被害者はさまざまな理由から被害を受けた時点では被害を当局に伝えていないという点で、この種の犯罪に時効を設けることは危険だと思います。

ある調査の結果、児童への性的虐待のうち、その時点で発見されるのはわずか5%程度であることがわかっています。大人になり、「そこで何が起こったのか」「何が間違っていたのか」「それは自分のせいではなかった」といったことを十分に理解してから被害を訴えることの方が多いのです。

また、他の人たちが名乗り出るのを見て声を上げる人が増えるということから、私たちは「数によって被害者に力を与えうる」ということを実感しました。だから私たちは、被害者が今週、今年、10年後と、いつ告白しても大丈夫だということを、加害者たちに改めて示したと思います。(時効をなくすことで、)犯罪による恐怖を被害者が持つのではなく、加害者に押し付けるのです。

――サビル氏の件をめぐって、メディアの責任についてはどう感じていますか?

このような事件において、メディアは非常に重要な役割を担っていると思います。サビル氏の事件を見ると、BBCは疑惑の報道を主導するという選択肢もあったのに、ジレンマの淵に立たされていました。BBCが「サビル」というスターを生み出したにもかかわらず、誤った選択をしました。制作予定だった番組をキャンセルして、サビル氏の人生を称賛するような番組を制作したのです。

その後、実際にこの事件を報じたのは民放のITVでした。彼らは多くの調査を行いました。調査報道はこのような事件において本当に有益だと思います。彼らは時に、公的機関ではできないような方法で実際に人々に話を聞きに行くことができますし、公的機関よりもずっと早く行動し、被害者などに会いに行って、話を聞き出すことができるのです。

この事件は2012年のイギリスで、2週間以上にわたってトップニュースでした。この年で匹敵する大ニュースといえは、ロンドンオリンピックくらいでした。そして、人々はいまだに警察の捜査について語り、サビル氏について語り続けています。

今年の秋には、BBCは、サビル氏がどのような振る舞いをし、どのようにして権力を持ち、あのような虐待を行うに至ったかを描いたドラマを放送する予定です。メディアにはジャーナリスティックな役割、ドキュメンタリーの役割、ストーリーを伝え、明るみに出し、何が正しくて何が間違っているのかを人々に理解させる役割など、多くの役割があると思います。

■再発防止への取り組み…日本への提言は?

――このような事件が再び起こらないようにするためには、どのような対策を取るべきだと思いますか?

私たちは、弱い立場の人々を保護するために、多くの措置を講じています。さまざまな組織が、まず適切な人材を採用し、より安全な採用方針を定める必要があります。

子どもたちから信頼される立場にある人は、採用される際に、犯罪行動に関する情報が警察のシステムに保管されていないかどうかをチェックされなければなりません。面接も経て、何が正しくて何が間違っているかについての理解について、具体的な質問がなされます。

また、それぞれの組織には行動規範があると思いますが、人々が何か悪いことを発見したときに声を上げることができるよう、通報する仕組みが必要です。そのような事例が明るみに出た場合、理想的には各組織に保護責任者がいるはずで、彼らが、警察などと協力し、少しでも一線を越えれば解雇されることを組織の他のメンバーに認識させるために、しっかりとした懲戒処分などの措置を講じる必要があります。

サビル氏の件に関連することですが、取り組みから得られた重要な教訓の1つは、「早期に介入する仕組みを持つこと」でした。何か懸念がある場合に、他者から非難されることなく通報できるシステムです。早期の通報や早期の介入があれば、サビル氏のような虐待を止めることができると思います。

――日本でも、ジャニーズ事務所のジャニー喜多川前社長をめぐって「性加害」の問題が取り沙汰されています。イギリス警察の元司令官として、日本の警察に何かメッセージはありますか?

この事件を真剣に受け止めてください。彼が死んだから、起訴という刑事司法の結果が得られないということに焦点を当てないでください。社会正義の観点から考えてほしいです。

そして、彼がどのように活動していたかを捜査することによって、日本の被害者への信頼を築き、彼らが名乗り出るようにし、何が起こったのかについて発言し、話す場を与えることができるようにしてほしいと思います。

多くの場合、被害者は警察を信用しない傾向にあります。被害者を安心させる必要があるのなら、支援団体と協力し、他に相談できる人がいることを伝えて、被害者がさまざまな経路で通報できる体制をつくるべきだと思います。

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