インチキ医療を見破る4つのルール

時々顔を出して世間を賑わす。叩かれると地下に潜伏する。そして、ほとぼりが冷めると顔を出す――。まさにもぐら叩きのようなインチキ医療。

 多くの人は「なぜあんなインチキに騙されるのか……」と不思議に思うものだが、それでも「騙す医者」と「騙される患者」がいなくなることはない。一定の規模の市場が存在し続けてきた。

 インチキ医療には大きく2種類ある。

 医師免許を持たない者が、あたかも医学的な根拠があるかのようなことを言って、じつは根拠のない施術をしたり、高額なサプリメントや水などを勧めたりするもの。もう一つは、医師国家資格を持つ本物の医師が、医学的にコンセンサスの得られていない行為を患者に施すもの。

 どちらも許されたものではないが、後者は患者の「医師」という資格に対する信用や信頼を利用しているだけに、なお一層悪質だ。

 そうした悪徳医師から患者を守るため、“まともな医師”たちが立ち上がった。その名も「サギ医療から人々を守るプロジェクト(略称=サギプロ)」だ。

 代表を務めるのは東京大学医学部附属病院放射線科助教の上松正和医師。サギプロ設立の経緯を聞いた。

がん患者に「断食とサプリ」を勧める悪徳医師

「私の診ていた乳がん患者が、インチキ医療に引っかかったんです。まだ早期がんで、手術をすれば十分に治せる状況だったのに、『抗がん剤や放射線は毒だ』と言う悪徳医師に騙されて、治療から遠ざけられてしまった。患者はその医者から『断食とサプリで治る』と言われて信じ込み、真面目にそれを続けていたのだが、当然のことながら治るわけがない。結局、病期を進行させたところで気が付き、病院に戻ってきたのです」

 話を聞いた上松医師は、その患者を騙した医師のクリニックを訪問。「乳がんの母を持つ息子」を装って、セカンドオピニオンを求めると、悪徳医師は荒唐無稽なインチキ理論を滔々と語り、断食とサプリを勧めてきた。

約30人の医師が賛同、サギプロの設立

 途中で上松医師が、本当は自分が医師であることを明かすと、それまで自信満々だった悪徳医師はしどろもどろになり、話が嚙み合わなくなった。

「医学的にフェアなことはまったくなくて、単に洗脳することが目的の話だった。医師という肩書と立場を利用して患者を騙そうとする姿勢に強い憤りを感じ、これ以上被害者を増やしてはいけない、との思いから声を上げました」(上松医師、以下同)

 上松医師の呼びかけに、約30人の医師が賛同し、サギプロの設立となったのだ。

SNSを使って囲い込む 悪徳医師の手口とは

 インチキ医療に騙される人に、共通点はあるのだろうか。

「組織を立ち上げたばかりで統計的な数字はまだ揃っていませんが、インチキ医療に引っかかるのは女性に多いような感覚はあります。『この治療を続けると5年生存率が△%』のような“数字に基づく情報”に弱く、それよりも『これは効く』『いまやっている治療はダメ』『でもこれをやれば治る』と断言されることに惹かれてしまうんです。男性の場合は高齢になると騙されやすくなる。『これはいい治療だ』と思い込むことで自分自身を縛ってしまう。年齢を重ねることで考え方に柔軟性がなくなることが背景にあるようです」

 近年はSNSを利用するインチキ医療も増えている。

「人にアプローチしやすく囲い込みやすい点で、SNSは悪徳医師にとって便利なツールです。ツイッターなどを見ていると『この人は騙されやすそうだ』という雰囲気が見えてきます。そんな人に近づいて、DMなどでグループに引き込むのです。グループに入れてしまえばエコーチェンバー(多数の人間による同じ意見が飛び交う空間に身を置くことで、自分の意見や思想が社会全体で認められた正しいもの、と思い込んでしまう現象)が働くので洗脳しやすい」

 インチキ医療というと、報道などから「芸能人が騙されやすい」という印象を持つ人もいると思う。しかし上松医師はこう分析する。

「好転反応」という言葉にはご用心

「芸能人が引っ掛かると目立つだけで、必ずしも被害者の職業的な有意差はないと思います。芸能人や著名人は高収入だから……、と思いがちですが、これもちょっと違う。進行がんの患者は高齢者に多く、高齢者は比較的お金を持っている。低額の詐欺医療は続けても200万~300万円あたりなので、出そうと思えば出せる金額なのです」

 悪徳医師の言いつけ通りに断食をして、高額のサプリメントや水素水を飲み続けているのに、病気は治るどころか悪化していく。冒頭の乳がん患者はここで気付くことができたが、悪徳医師はこのポイントを突破する策も用意している。それは「好転反応」というワードだ。

「治療が奏功して快復に向かう途上で一時的に体調が悪化する現象を、インチキ医療では“好転反応”と呼びます。たしかに、治療が効果を示す過程で一時的に体調が悪化することはなくはないが、それを正当な医学で『好転反応』と呼ぶことはない。ところが悪徳医師の側にとっては非常に便利な言葉なので、多用するのです。

 ただ、実際に“好転”することはなく、ただ悪化していくだけ。言い換えれば医者の口から“好転反応”というワードが出たら、その治療は正当なものではないと考えて間違いありません」

「がん」を「ガン」と書いていたら警戒

 上松医師によると、これ以外にもサギ医療の共通点はいくつかあるという。たとえば「がん」を「ガン」とカタカナで書くケース。

「悪徳医師が患者を呼び込むために出版するいわゆる“バイブル本”やパンフレットでは、『がん』ではなく『ガン』とカタカナ表記することが非常に多いのです。平仮名だと文章の中に溶け込んで目立たないけれど、カタカナにすることで浮き上がり、ショッキングな印象を与えられるのです。これはインチキ医療を見分けるうえで役に立ちます」

 上皮組織にできる悪性腫瘍(固形がん)を「癌」と書き、白血病や肉腫を含む場合は「がん」と書く――という表記ルールもあるにはあるが、新聞や雑誌では「がん」とひらがなで書くのが基本だし、学術的な組織の名称もひらがなか漢字だ。中にはそうした表記に気を遣わない医師もいるので絶対ではないものの、「ガン」というカタカナ表記を見たら、ちょっと警戒してもよさそうだ。

 エピソードで騙す――という古い手はいまもある。これは“水系”のインチキに多い。

「『昔どこぞの国の皇帝が飲んでいた』とか、『アマゾンの奥地に湧き出る奇跡の水』などと、検証しようのないエピソードを語ってくるのは間違いなくインチキ。絶対に手を出してはいけません」

 たしかにそうだ。もしそれが本当にアマゾンの奥地の湧水だったとして、世界一の長寿国に住む日本人が、高いお金を支払って飲む必要はない。逆に日本の水道水を送ってあげたほうが喜ばれるはずだ。

『△△式』と医者の名前がついていたらインチキ

 もう一つ、上松医師がインチキ医療を見分けるポイントとして、「“免疫力”の多用」を挙げる。

「『免疫力が上がる』というと『免疫細胞が活性化する』と思っている人は多いけれど、実際に免疫細胞がやたらと活性化したら、自分自身の細胞も攻撃されるし、感染症にかかりやすくなってしまいます。医学的に『免疫力を高めること』は色々と難しいことが絡み合うので、簡単に口にすることができない領域なのです。

 それを『これを飲めば免疫力が上がる!』などと簡単に、繰り返し言ったり書いたりするのは、ハッキリ言ってまともな医者のすることではない。そこに『△△式』と医者の名前でも付いていたら、間違いなくインチキです」

 死を恐れ、藁にも縋る思いの患者を、人の命を守るべき立場の“医師”が騙す――というやるかたない構図に、ついに“正義のメス”が入った。

(長田 昭二/Webオリジナル(特集班))

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