【ウェブ立志篇】
1月25日のデモ出現から2月11日のムバラク大統領退任まで、エジプト政権崩壊をめぐる報道において、フェイスブック、ツイッター、グーグルの名を見ない日はなかった。皆、シリコンバレーの会社である。
フェイスブックとツイッターによって若者たちの怒りが共有され、大きなうねりを生み出した。警察に12日間勾留されていたグーグルの若手幹部ワーエル・ゴネイム氏は「デモの象徴」となった。そして政権崩壊の一部始終が、人々の手によって世界に向けネット中継された。
その後に中東諸国へ広がった一連の反政府行動も含め、この歴史的出来事にネットが大きな役割を果たしたことは、ウェブ進化が新しいステージに入ったことを象徴している。利用者の地球規模での拡大(ネット人口は現在約20億人)によって、その進化の中心が先進諸国から新興国、途上国へ移行し、シリコンバレーはこれから国際政治と真正面から向き合わざるを得ない。
「情報や情報技術によって個をエンパワーする」という思想性を製品やサービスの形にして広め、世界を変えよう。シリコンバレーとは、そんな営みが継続されてきた地だ。国籍・宗教・身分等を超越した新天地を求めて移住してきた人も多く、個の自由には敏感な土地柄だが、それ以上の政治性はなかった。そして個を重視する思想性も、資本主義と民主主義が行き渡った先進諸国を「世界」ととらえることができた時代に育まれたものだ。歴史や宗教や価値観が全く異なり、民主主義も根付いていない社会への想像力が十分かといえば、そんなことはない。
またシリコンバレーには起業家が主役の資本主義の権化というもう一つの貌(かお)もある。思想性よりビジネスを最優先すべしという考えを持つ人々も少なくない。中東報道でフェイスブックやツイッターの役割が強調されすぎると、中国をはじめ各国政府を刺激し、ビジネスにマイナスに働くと迷惑がる人々もいる。
昨年、グーグルは中国撤退を決めたが、その意思決定過程において、ビジネスと思想性のいずれを優先するかで、2人の創業者と経営陣は鋭く対立した。中国はいまフェイスブックを遮断しているが、超大型株式公開を間近にしたフェイスブック経営陣は、中国市場攻略を虎視眈々(たんたん)と狙っている。これからますますネット規制を強めるであろう中国とどう付き合うかは難問中の難問だ。
そしてフェイスブックは実名主義を基本方針に発展してきた会社である。しかし2月10日、ディック・ダーバン米上院議員(民主党)は、同社の実名主義は利用者である人権活動家の身を危険にさらすと、同社基本方針の速やかな転換を求める書簡を送り、それを公表した。ウェブサービスは道具にすぎないゆえ革命にも弾圧にも使われ得るという問題意識からの警告だった。先進国の実名匿名問題とは次元の違う話なのだ。
ウェブ進化が本当に世界を変える可能性を持ち始めた今、地球規模でウェブサービスを提供することをめぐる倫理基準の確立が、今後の真摯(しんし)な課題として立ちあがる。若さを武器に疾走してきたシリコンバレー企業も、過去に遭遇したことのない意思決定の難問に立ち向かわなければならない時代なのである。(米ミューズ・アソシエイツ社長 梅田望夫)