エスカレーターの片側を歩く人のために空ける習慣を見直してもらおうと、全国の鉄道事業者などが呼びかけを本格化させている。片側を歩く人との接触事故が後を絶たないほか、半身まひなどで手が動く側でしか手すりがつかめない利用者もいるためだ。しかし、片側空けの習慣は定着しており、利用者側に呼びかけが浸透するかは不透明だ。
福岡市中央区の市地下鉄天神駅。ホームに列車が到着すると上りエスカレーターに人が流れ込み、左側に立とうとする人の列がホームに長く延びた。市地下鉄では2013~17年度に年間31~56件のエスカレーター事故が発生。乗り口の床には「歩かないで」のステッカーで呼びかけているが、右側は先を急ぐ人たちが次から次に駆け上がっていく。
日本エレベーター協会(東京)によると、エスカレーターでの転倒事故は359件(03~04年)から1023件(13~14年)と増え続けている。一般的なエスカレーターの幅は約1メートルと狭く、同協会は「歩いて追い越しを想定した設計にはなっていない」と話す。
片側空けの習慣に戸惑う人もいる。福岡市東区の女性(56)は左半身にまひがあり、右側の手すりしかつかめない。福岡や東京などでは、急ぐ人のために右側が空いており「右側に立つと、急いでいる人に邪魔と思われそう」と語る。外出時にはできるだけエレベーターを使っている。
全国の鉄道事業者や商業施設などは今夏、手すりにつかまり2列での利用を呼びかけるキャンペーンを実施。JR東日本は今月中旬から東京駅に警備員が巡回するなど本格的な取り組みを始めた。また、東京都理学療法士協会も東京パラリンピックを控え、16年にエスカレーターマナーアップ推進委員会を設立し、立ち止まっての利用を推進している。
片側空け習慣を見直す動きに、利用者からはさまざまな声が漏れ聞こえる。
小さい子供がいる母親らは「子供にあたったら大変」などと2列立ちを支持する声が目立ち、福岡県飯塚市の主婦(35)は「左腕で子供を抱っこしている時は右側の手すりをつかみたいと思う」と言う。一方、通勤通学で急ぐ人は多く、福岡市南区の高校3年の女子生徒(17)は「学校に遅刻しそうな時などは右側を駆け上がれる。片側空けには賛成」と話した。【宗岡敬介、末永麻裕】
2列立ちの方が移動速く
エスカレーターの歴史に詳しい江戸川大の斗鬼(とき)正一教授(文化人類学)によると、片側空けは1944年ごろにロンドンの地下鉄で始まったとされる。日本では、67年過ぎに阪急神戸線梅田駅で呼びかけられたのが始まりで、2000年代には商業施設などにも広がったという。
しかし、2列立ちで利用した方が、全体の移動時間は速くなるという分析結果がある。
構造計画研究所(東京)は、全長30メートルのエスカレーターで350人が通り抜けるまでの時間を比較した。2列立ちは前後の間隔を1段空け、片側空けの場合は右側の歩行者は2段空けて歩き、全体の3割が右側を歩くと想定した条件にした。
結果は、350人全員が通り抜けた時間が2列立ちは6分49秒、片側空けは7分35秒で2列立ちのほうが46秒速かった。全体の6~7割が歩くと設定すれば片側空けの方が速くなるが、最短でもその差は15秒だった。
エスカレーターの長さや歩行速度など状況にもよるが、同研究所は、片側空けは立って乗る側の列が長くなって混雑を引き起こす可能性もあり、安全面などを考えれば2列立ちの方がメリットが大きいとしている。