オンライン授業は「悪」なのか 対面授業5割未満の大学名公表の波紋

後期の対面授業が5割未満の大学名を公表する――。文部科学省が示した方針に大学関係者の間で波紋が広がっている。文科省は「オンライン授業を否定するものではない」と言うが、当の大学側には対面再開への「圧力」と映った。どうも評判の良くない印象のオンライン授業だが、本当に望まれていないのか。【大久保昂/東京社会部】 【図解でわかる!新型コロナ】  ◇「学生は危機的な状況」萩生田文科相が調査方針  萩生田光一文科相が大学名公表の方針を明らかにしたのは、10月16日の閣議後記者会見だった。8~9月に文科省が実施した調査で、後期の授業について「3割が対面」「ほとんど遠隔」などと答えた大学、短大、高等専門学校の計376校に対し、遠隔授業の比率が大きいことに学生が納得しているかどうかの認識を尋ね、大学名とともに公表する考えを示した。  その理由を萩生田氏はこう説明した。「入学したのに一度も学校に行けない、友人がいない、そのことによって休学や退学を考えている学生もいる危機的な状況がある。大切なのは学生の皆さんが納得しているかどうかだ」「感染拡大に配慮しながら、ぜひ対面も交ぜた『ハイブリッド』の授業をやっていただきたい」――。ただ「オンライン授業は駄目だと言っているわけではない」とも付言した。  ◇困惑する大学「『対面3割』に意味はあるのか」  だが、大学側には困惑を持って受け止められた。  4日後の10月20日、全国大学高専教職員組合が動く。「調査結果の公表は、各大学に現実を無視した授業実施を強いることになる」として、結果を公表しないよう求める要望書を文科省に提出した。鳥畑与一中央執行委員長(静岡大教授)は記者会見で、「現場はベストのやり方を模索している。オンライン授業が悪いという先入観は良くないのではないか」と語気を強めた。  全国の410校の私立大が加盟する日本私立大学協会の小出秀文事務局長も弱り切った表情をみせる。「対面授業が少ない大学として公表されたら、その大学が良い印象で受け取られることはないでしょうね……」  大学は今年度、オンラインなどの遠隔授業に力を入れてきた。実はそれを後押ししたのも文科省だった。  全国に緊急事態宣言が出された4月、文科省は、卒業に必要な124単位のうち、オンラインなどの遠隔授業で取得できる上限を60単位と定めた大学設置基準(省令)の規制を特例的に緩めた。その後、各大学あてに出した事務連絡で、遠隔授業の好事例を紹介した。「学生の学びを止めないために参考にしてもらう意図だった」(文科省担当者)  多くの大学は、文科省はオンライン授業に前向きなのだと受け止めた。キャンパス内の通信環境の改善などに投資し、学生にノートパソコンなどの購入費を助成する動きも広がった。当初は機器の取り扱いに慣れていなかった教員にもノウハウが蓄積され、後期は授業内容がさらに改善されることが期待されていた。  それだけに今回の大学名公表と学生への調査方針に、日本私立大学協会の小出事務局長は疑問を呈する。「地域の感染状況や大学の規模、講義か実習か、文系か理系かなどの違いによって最適な授業の方法は変わってくる。『対面が3割』といった数字に何か意味があるのでしょうか」。そしてこう訴える。「『オンライン授業があって助かった』という学生も少なくない。そうした面にも少し目を向けてほしい」  ◇アンケートでは多くの学生が遠隔授業に好意的  実際、多くの大学で、オンライン授業の評価を学生に聞いたところ、好意的に受け止めているという結果が出ている。  茨城大では、第1クオーター(四半期)の授業について、対面だった昨年度よりも、すべてオンラインの今年度の方が学生の理解度と満足度が高かった。  授業について「とてもよく理解できた」と「おおむね理解できた」と答えた学生の割合は79・5%で、昨年度(73・6%)を5・9ポイント上回った。満足度でも「十分に満足」「おおむね満足」という肯定的な評価は80・0%で3・7ポイント増だった。理解度が改善した理由について、教員を対象としたアンケートでは、事前に資料をオンラインで提供したことで学生が板書を写す作業から解放され、内容の理解に集中できた可能性などが指摘されている。  教員の受け止めも良かった。9割以上が「これからも活用したい」と回答した。県内3カ所のキャンパスの移動が必要なくなったことを歓迎する声もあり、大学としては浮いた時間を研究などに振り向けてもらいたい考えだ。  茨城大の担当者は「世の中は『遠隔授業ばかりで学生はかわいそう』という雰囲気だったが、対面授業が苦手な学生の出席率が上がるなど、そうとも言い切れない面も見えてきた。もちろん遠隔にもデメリットはあると思うが、せっかく選択肢が増えたのに、すべて対面に戻すことは考えられない」と話している。  複数の大学の教員による合同調査でも同様の結果が出ている。  東洋大の松原聡教授を中心とする15校の大学・短大の教員20人は7月、2年生以上を対象に、前期の講義をもう一度受ける場合、オンラインと対面のどちらを望むか尋ねた。すると、オンラインを望む学生(40%)が対面の希望者(33%)を上回った。学習効果についても、オンラインと対面で明確な差は見られなかった。  ◇専門家「対面とオンラインで学習効果に差はない」  「エビデンス」(客観的根拠)に基づく教育政策の必要性を訴えてきた研究者はこの状況をどうみているのだろうか。  「『学力』の経済学」などの著書がある慶応大の中室牧子教授(教育経済学)は「条件をそろえて比較したものではない点、満足度が高い学生ほど回答率が高い可能性がある点などを考慮すると、アンケートから語れる内容には限界がある」としつつも、「遠隔授業でも対面の場合と遜色のない成果が得られるというのは、海外の先行研究と一致するものだ」と指摘する。  中室教授によると、米国の学生を対象とした比較試験で、対面でも遠隔でも学習成果に差はないとの研究がある。一方、遠隔の場合は受講する学生が1割増えても、学習成果が低下しないという論文も発表されており、コスト面では遠隔の優位性が示唆される。  ただ、遠隔授業にも弱点はある。全体の平均的な学習効果は変わらないものの、低学力層は対面よりも成果が下がる傾向が分かっているという。中室教授は「遠隔授業の良さを生かしつつ、負の影響を受けやすい層の学生を手厚くサポートするのが現実的な対応ではないか」と提案する。  「コロナ禍」を受け、日本と時差の少ないアジア圏の有力大学はオンライン授業に軸足を移している。日本の大学が環境整備を進めなかった場合、優秀な学生を奪われる可能性がある。こうした危機感から、早稲田大や慶応大などの有力私大が加盟する日本私立大学連盟は7月、コロナ禍の特例措置となっている遠隔授業の上限単位数の規制緩和を恒久化するよう萩生田文科相に要望している。  中室教授は警告する。「客観的根拠も示さないまま、対面が遠隔より優れているかのようなメッセージを文科省が発するのは問題だ。いま日本の大学がオンライン授業への投資を怠れば、世界から置いていかれるのではないでしょうか」  ◇バッシングへの恐怖  小中学校や高校では対面授業が全面再開されているのに、大学が二の足を踏む背景には、クラスター(感染者集団)が発生した時のバッシングへの警戒感がある。  3月にクラスターが発生した京都産業大には抗議が殺到し、学生に対する差別や中傷がしばらく続いた。8月に部活動で感染が拡大した天理大では、学生が教育実習の受け入れを一時拒まれる事態となった。  後期に入って首都圏や関西圏でも対面授業を再開する動きが広がっているが、複数の大規模校で既にクラスターが発生している。

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