新しいオフィス形態として注目を集める「フリーアドレス」。その「フリーアドレス」を導入し、7期連続で増収増益をあげたカルビーを訪ね、「フリーアドレス」オフィスのメリットとデメリット、最適な運用方法を聞いた。
「駆け込める」安心感
カルビーでは、現本社への移転前、一部のオフィスでフリーアドレスを採り入れていた。ただ、メリットばかりではなく、結局「フリーではなく固定席」になってしまうというデメリットも。
その反省から、丸の内の新オフィスでは、座席を毎日ランダムに決める「ダーツ・システム」を採用し、完全に「フリーアドレス」のオフィスとなった。
しかし、「フリーアドレス」制の導入から半年後に実施した社内アンケートで、「面倒くさい」と不満の対象になったのが、この「ダーツ・システム」だった。
新オフィスのプロジェクト・メンバーで、現経営企画・IR本部長付部長の石井信江氏は、「反発は想定内」だったと語る。
「新しい制度やルールに不満や反発が出るのは、当たり前。それ以上に、会社が変わる、変わらなければいけないという使命がありました。でも、反発する社員に対して、松本(晃・カルビー会長兼CEO)は、フリーアドレスじゃない会社は世にゴマンとあるから、嫌なら辞めたら? と言うんです。そういう上のバックアップというか、何があっても駆け込める安心感があり、オフィス改革を進めることができました」
実際に利用している社員に使い心地を聞いてみた。
「ワンフロアで完結しているオフィスなので、オフィス全体がフラットで、話しやすい。部署が違う人のところにもテクテク歩いていって、気軽に声をかけられるようになりましたね。壁がなくて明るい雰囲気も気に入っています。デメリットは、お目当ての人を探すのが少し大変なぐらいでしょうか」
とは、40代前半のダイバーシティ委員会の女性社員。
また中途採用で入社したという、海外人事と労務を担当する30代半ばの男性社員は、
「隣同士になる人がいつも違うので、雑談すら固定にならない。入社して以来、今も変わらず毎日新鮮ですね(笑)。欠点はむしろ、1週間ぐらい不在にしても、なかなか気づいてもらえなさそうなところ」
と語る。
一方、「最近、彼はずいぶんと楽しそうにしているね」とか「ちょっと元気ないんじゃないの?」といったお互いの調子や様子を、同じ部署の人間だけでなく他の部署の人間が、よく気づくようになったとか。
「逆に、残業していると他の部署からも分かるし、いつも遅くまで残っていると目立つので、18時以降まで働いている人はほとんどいませんね。時間の使い方がシビアになった証拠として、16時前後は子供のお迎えがある社員たちには天王山なので、オフィス各所にすごい緊張感がみなぎっています(笑)」
とにかくまず「オフィス改革」をやってみる
ダーツ・システムに寄せられたもうひとつの批判は、席がばらばらになることで、同じ部署内でのコミュニケーションが取りづらくなったという意見だった。そうした声には、ある曜日だけは同じ部署のメンバー同士が近くに席を取るようにするなど、フレキシブルに対応した。
社の大きな判断に対して、通常であれば、社員が理解し、納得してから実行するというステップ(「理解→納得→行動」)を踏むが、今回のオフィス改革は、とにかくまずやってみるという「行動」から、社内の理解を得ていった。「行動→納得→理解」という、従来とは全く逆のパターンだったと言える。
書類は7割削減。「紙は1円も生み出さない」
ちなみに毎日2回、席を替わることで劇的に変わったのは書類の量だと、石井氏は続ける。
「紙は一円も生み出さない、オフィスをゴミ箱にしちゃいけない、家賃を払って書類の置き場にするな、と松本はいうんです。島型の固定席の時は、デスクの上に書類が山のように積み上がっていたものですが、毎日キャビネットからノートPCと一緒に出せるだけの量しか、資料や書類は自然と持たなくなりました。捨てて後悔したこともありますけど、定期的に捨てる癖がついたんですね。
ファイルメータで実際に測ったら、以前より書類は7割、減っています。コピー機やプリンタ、文房具を使うコーナーは北・南・中央の各エリアに1カ所ずつ、計3カ所に集約しました。以前は一人ひとりの引き出しに糊やテープがあって、部署ごとにコピー機や会議室が備わっていたことを思えば、かなり効率的ですが、慣れると席を立ってそこまで歩くのも面倒と感じるのか、なるべく紙を出さないで作業する方向になるようです」
創造性やイノベーションだけでなく、総務部のような社内の基幹サービス部門でも、そのメリットがあるということだ。
いずれの席も共有スペースなので、ご飯を食べない、ゴミを残さないことは最低限のルール。そのため、すべてのデスクが清潔で片付いた状態に保たれるのは、フリーアドレスならではのメリットだとか。
「あとメリットを感じるのは、異動の時。島型のオフィスですと、机を動かして隣合う部署同士がメジャーで自陣スペースを採寸したり、電話やPCの配線が上手くいかなかったりして、その調整だけで一日が潰れてしまうこともありましたが、フリーアドレスならこれらの問題は起こりようがありません(笑)。総務部門も休日出勤して、配席の対応をしたりすることがなくなったのは大きいですね」
「会社に来なくてもいい」。オフィス改革が「働き方改革」に
「おそらくフリーアドレスは運用を間違えると、ただの無法地帯。当の社員たちにとってみれば、携帯電話とPCだけ持たされて野に放たれるようなもので、経営や業務の意向に沿った最低限の仕組みやルール作りの必要はあります。
ただ、きちんとした経営判断のもとで採り入れるならば、在宅勤務の一歩手前の労働形態・段階になるとも思うんです。ウチはすでに勤続3年以上の社員なら週2回まで在宅勤務がOKなんですが、4月からその縛りも無くしました。
松本の口癖ですが、変わらないのはダメだ、っていうんです。変化を能動的に起こせというメッセージですが、以前は早く帰宅しなさい、効率よく働いて1時間でもプライベートな時間が増やせるならその方がいい、コアタイムは15時までだけど敢えて14時に帰れっていってたのが、最近はオフィスに来なくたっていいんだ、とまで公言していますから(笑)」
各社員がどこに何時間ずつ座って仕事をしていたという記録は残るはずだが、カルビーはあえてログを追っていないという。そもそも部署間でコミュニケーションをとれ、などと上から命令したところで、社内コミュニケーションは活発化しない。
トップダウンのようでいて、じつは社員の自発性を最大限に引き出す、そこがカルビーの数年来の躍進とオフィスの秘密といえそうだ。
<撮影=橋本篤/文藝春秋>