イギリスやフランスが2040年までにガソリンエンジン、ディーゼルエンジンのクルマの販売を終了させるプランを発表するなど、欧州各国で内燃機関に代わるクルマの電動化を推進しようとしている。なぜ、最近になって欧州各国でガソリン車やディーゼル車の全廃宣言が相次いでいるのか、本当に2040年までに全廃できるのか。その背景や理由を検証してみた。(ジャーナリスト 井元康一郎)
欧州で 相次ぐEV化の話題
欧州がいきなりクルマの電動化に前がかりになっていることが今、大変な話題となっている。マクロン政権下のフランスの二コラ・ユロ環境大臣が2040年にガソリンエンジン、ディーゼルエンジンを搭載したクルマの販売を終了させるというプランを7月6日に発表し、世界を驚かせた。それに呼応するかのように同月、イギリス政府もまったく同様のコミットメントを打ち出した。
人口の少ない国ではもっとラディカルなプランもある。例えば、ノルウェーは内燃機関全廃ではないが、2025年までに販売車両のすべてを純EVもしくは充電可能なPHEV(プラグインハイブリッドカー)にするとし、オランダもそれに似た政策を推進している。
政府ばかりではない。民間でもスウェーデンのボルボが傘下のスポーツカーファクトリーであるポールスターをEV(電気自動車)専門ブランドにすると宣言した。ドイツのスポーツカーメーカー、ポルシェは2023年までに販売車両の半分をEVにするという「ミッションE」計画を発表。それ以降もEV化の話題が欧州から毎日のように伝わってくる。
事実、EU圏でのPHEVを含むEVの販売は伸びている。今年上半期のEV、PHEVの販売台数は13万3000台。前年同期の9万8000台から、35%も伸びたことになる。新車販売台数の総数は850万台であったことを考えると、比率は微々たるものではあるが、普及初期の段階に差しかかっているのは確かだろう。
ただし、これらのセールスは他の市場におけるEV、PHEVの販売と同様、手厚い補助金の支給、高額な新車登録費用の免除、公営駐車場を無料で使えるなどの各種恩典あってのもので、実際のEVのセールスパワーはそれよりもずっと低いのが実情だ。果たして、本当にEVへのパラダイムシフトを急激に推し進めることができるのだろうか。また、なぜ急にそういうムーブメントが先鋭化したのか。
EV推進の背景には 蓄電池の性能・コストへの期待感
まず、2040年にガソリン、ディーゼル車の販売を禁止し、電動車両一本でパーソナルモビリティや物流をまかなえるようになるかどうかだが、これはきわめて困難ではあるが、本気でやれば技術、インフラ整備の両面でやってやれないことはないというところだ。
今日、欧州のEV推進論者たちが「EVで行ける」と主張する背景にあるのは、EVの足かせとなっている蓄電池が技術革新によって性能、コストの両面で改善されることへの期待感だ。すでに日本、韓国、アメリカ、ドイツ、フランスなど電気化学を得意としている国を中心に、現行の液体電解質リチウムイオン電池の数倍の性能と高い安全性を両立させた固体電解質リチウム電池の試作品が続々と登場している。
そのコストも、マッキンゼーとブルームバーグ新エネルギーファイナンスは2030年に1kWhあたり100ドルに下落するという予測を発表している。その先さらにバッテリー技術が進化し、十分な航続距離を持つEVが補助金なしでも今日のエンジン車に対してコストメリットが出るようになれば、消費者は自ずとEVを選ぶようになるだろう。
クルマ以上に課題が大きいのはインフラ側。現状では日米欧、また中国でもそうなのだが、自宅外の急速充電器の運用はどこも大赤字だ。機器の性能が低く、価格が高いこともあるが、それ以上に、エンドユーザーに数十kWhという大電力量を短時間でデリバリーするように社会ができていないのだ。インフラ整備といえば急速充電器の設置がまず語られるが、それより重要なのは、急速充電器を設置する際に巨額の工事費をかけないでも済むような電力供給の方法を考案し、社会のインフラを整備し直すことだ。これには巨額の費用がかかるが、道路を造るようなものだと考えれば不可能な投資ではないだろう。
もちろん短時間で大電力量を充電可能な充電器や、それを受け入れる側のクルマ側の技術革新も必要だ。今日、800V充電をはじめ急速充電に関する新技術の提案がなされているが、実際にEVが多数派になったあかつきには、そんなものでは到底追いつかない。1000アンペアクラスという、電車を走らせるような電流を自在に使いこなせる技術が必要だ。2040年にはまだ23年ある。いい方法を考える頭の良い人も出てくるだろう。
ただ、人口が少なく、再生可能エネルギー比率の高い小国はともかく、フランスやイギリスが打ち出したエンジン車全廃計画は、そういう技術展望を踏まえた合理的な判断だけで出されたものではない、という指摘も少なからず出てきている。
急進的なEV推進策は トランプ大統領のパリ協定離脱への牽制!?
日本に駐在した経験を持つフランス文部省のある上級幹部は、急進的なEV推進策が出てきたのは、今の国際政治情勢と深く関わっているという見方を示す。
「まずはトランプ大統領がCO2規制の枠組みである『パリ協定』からの離脱を宣言したこと。世界最大排出国のアメリカに抜けられては、世界の環境政策を主導するのは欧州という地位が崩れてしまいますし、低迷しているCO2排出権相場に悪影響が出かねません。大気汚染防止が理由なら、排出ガス処理の技術革新の将来性を無視した話ではありますが、ディーゼル車を段階的に排除すればいいだけ。
ガソリン車まで2040年に全廃すると宣言した動機は、化石エネルギー依存からの脱却というのが世界の流れなんですよというメッセージを発することでしょう。不確実な未来の夢を語る時によく使われるのは2050年なんですが、よりアグレッシブに響かせたいということで2040年にしたのでしょう」
資源・エネルギー問題を取材するフランス人ジャーナリストは、欧州内の情勢も政策に影響を及ぼしている可能性が高いと言う。
「欧州は今、EU離脱を決めたイギリスを含め、現実主義と理想主義の両極端に分断されている状態です。リーマンショック以降はとくにEU統合、多文化共生主義のリベラル派が勢力を伸ばしてきましたが、テロや移民問題で彼らの旗色が急に悪くなった。求心力を回復させる材料が欲しい彼らにとって、環境は格好の材料に映ったのでしょう。フランスもマクロン大統領が右寄りのルペン候補に勝利したものの、支持基盤は非常に弱い。そこで急進的環境活動家で左派に人気があり、環境派のパリ市長、アンヌ・イダルゴ氏との折り合いも良いユロ氏を環境大臣に登用した。
今回のエンジン車廃止プランは、マクロン大統領というよりは、一時は大統領の座を夢見たこともあるユロ氏にとっての目玉政策という側面が強いと思います。イギリスのメイ首相も人気がなく、歴史的な経緯から大気汚染に敏感な国民に受けのよさそうな政策ということで追随した可能性が高い」
2040年にガソリン車、ディーゼル車を廃止するという目標は前述のようにラディカルなもので、その背後には少なからず政治的な思惑も横たわっているのだが、EV化が絵に描いた餅に終わるとは限らない。
電動化に一番合理的で冷静なのは 日本の自動車メーカー
前述のように、電気駆動関連の技術革新のスピードは速い。コスト吸収力の高い高級車の世界では、ユーザーが高性能化には電気駆動の導入が最適という認識を持てばメーカー側はたちどころにそれに対応するであろう。また、大衆車でもエンジン車とトータルコストが完全に逆転するところまで行けば、長距離ドライブを伴うバカンスに不向きだという、ライフスタイル上のネガティブ要素を乗り越えてEVに飛びつく層が増えるだろう。
だが、今回の政治的発言のようにエンジン車が今世紀後半を待たずして欧州から消えることになるかどうかとなると、また話が違ってくる。欧州の大手自動車メーカー幹部は言う。
「電動化について一番合理的で冷静なのは、日本の自動車メーカーだと私は思っています。『電気が一番素晴らしいんだ』とヒステリックに叫ぶのではなく、エンジン車を含め、全部の技術についていいところと悪いところをきちんと見て、何をどう良くできるのかを考えながら少しずつ変わろうとしている。技術もちゃんと蓄積している。あくまでこれは私個人の考えなのですが、EVは間違いなく増えていくものの、自動車用の内燃機関は2040年になってもなくせないと思う。
もちろん、環境や資源のことは考えなければいけないのですが、許される範囲内であればクルマの使い方は顧客の自由。できるだけ安いクルマで済ませたい人もいるでしょうし、遠くまでバカンスに出かけたい人もいるでしょう。そういう人間の気持ちを無視した地球至上主義は、少し感情的なのではないかと思います」
欧州からいきなり火の手が上がった空前の“EVムーブメント”とエンジン車終結宣言。それが本物になるのか、アドバルーンに終わるのかは、技術革新と顧客の心次第と言えそうだ。