北海道東の釧路湿原国立公園(釧路市、釧路町、鶴居村、標茶町)の南側周縁部の原野で、大規模な太陽光発電計画が水面下で進んでいる。予定地の大半は、氷河期の遺存種である両生類・キタサンショウウオが生息する湿原だ。国内でほぼ釧路湿原に生息が限られる種だが、2年前に改訂された環境省のレッドリストで絶滅危惧ⅠB(EN)にランクが2段階も引き上げられた。絶滅の危険度が一気に2ランクも上がった背景に太陽光発電の建設ラッシュがある。国立公園に隣接する貴重な湿原が太陽光発電に侵食され続ける現状に、市民は「このままではソーラーパネルの海になってしまう」と懸念の声を上げる。【本間浩昭】
資源エネルギー庁が11月に公表した6月末現在の10キロワット以上の太陽光発電の導入件数(新規認定分)は、釧路市が555件(うち1000キロワット以上のメガソーラーは22件)で、8年前の96件(同1件)のほぼ6倍だ。その大半が、国立公園の南側を東西方向に横切る2本の道路(釧路湿原道路と釧路外環状道路)に挟まれた市街化調整区域に建ち並ぶ。
一帯はキタサンショウウオの生息と繁殖に適した生息適地と重なる。今年1月には種の保存法の国内希少野生動植物にも加えられ、販売目的の捕獲が厳罰化されるほど絶滅の恐れが高まっている。34年前から国立公園周縁部の土地の寄付を受けて保全を進めるNPO法人「トラストサルン釧路」の黒沢信道理事長(66)は、設置すべきでない場所を色分けするような条例の制定を求めている。
なぜこの一帯で太陽光発電計画が持ち上がったのか。市街化調整区域は「市街地の拡大を抑制し自然環境に配慮した形で土地利用を図る」としており、基本的には開発を抑制する区域のはずだ。しかし「建築物」とはみなされていない太陽光発電は、よほど大きなメガソーラー以外は環境アセスメント(環境影響評価)の対象にならない。
実は、市街化調整区域の大半は、ほぼ半世紀前に日本列島を吹き荒れた「原野商法」によって切り売りされた湿原だ。地目(ちもく)は大半が原野。本来の土地評価額は1平方メートル5円程度にすぎない。「開発が期待される」などの文句に踊らされて買い求めた人々が世代交代し、死蔵された二束三文の土地を持て余す時期と再生可能エネルギー固定価格買い取り制度と重なった。
今後、計画がどのように進むのかは不透明だ。黒沢理事長は「ソーラーパネルの海になってしまわぬように」と唇をかんだ。
キタサンショウウオ
全長11~13センチの小型の両生類。170万~190万年前にサハリンから北海道に渡ってきた氷河期の遺存種。釧路湿原が主要な生息地で、1954年に釧路市北斗で地元の小学生が発見した。釧路湿原を除けば国内で道東の上士幌町、北方領土・国後島、色丹島でしか確認されていない。釧路湿原では開発により生息地が奪われ、2020年に環境省のレッドリストで絶滅の危険度が2段階上がり「絶滅危惧ⅠB類(EN)」になった。種の保存法の「特定第2種国内希少野生動植物種」。釧路市・標茶町の天然記念物。