キャリアのために「早く産む」という選択 晩産化傾向ストップした日本社会の変化とは

 2023年に国内で生まれた日本人の子どもは過去最少の72万6千人(推計)。少子化が加速する中、晩産化傾向には歯止めがかかっているという。AERA 2024年4月29日-5月6日合併号より。 【写真】第1出産時の母の平均年齢はこちら *  *  *  バリバリ働いて、キャリアを積んでから、いつか子どもを産む。そんなイメージが変わりつつある。 「キャリアを積んでからの出産ではなく、早く子どもを作ったほうがいいんだなと思った」  そう振り返ったのは、東京都内の情報通信系企業で働く女性(38)。現在7歳と1歳の2人の子どもの子育て中だ。  女性は、本社勤務だった20代半ばの頃、あまりの激務で自分のことで精いっぱいだった。「子育てと仕事の両立なんて無理」と感じていたし、少し上の世代の先輩たちはキャリアを積んでから30代後半以降で出産しているイメージだったので、自分もそうなると思っていたという。  だが、ある時、10歳上の女性の先輩が、不妊治療をしていると知った。忙しい中、治療を続けているが、なかなか子どもに恵まれない様子だった。  その頃、男女ともに加齢によって妊娠する力が低下すること、特に女性の場合は35歳前後から低下し始めることが、テレビなどで報じられていた。28歳で結婚した直後、支社に異動になり、忙しさも落ち着いた。35歳までに子どもを2人産みたいと考えていたが、すぐには子どもに恵まれなかったので、不妊治療を経て31歳で第1子を出産した。  厚生労働省の人口動態統計によると、第1子出産年齢の平均は、1975年の25.7歳から、右肩上がりとなり2015年に30.7歳まで上昇したものの、以降は横ばいが続く。22年は微増したが30.9歳だ。働く女性の増加に比例して続いていた晩産化傾向に歯止めがかかっているのだ。

■第1子は30代前半で  AERAが今年4月にインターネット上で実施したアンケートでも「望ましい第1子の出産年齢」は30代前半という回答が最多で、20代後半という声も目立った。その理由のほとんどが、体力面や妊娠できるリミットを考えたというものだ。 「最初の妊娠は29歳でしたが、結局出産にこぎつけたのは33歳。30代では体力が追い付かない。できれば20代後半には第1子を産めたほうが余裕があると思います。特に私は夜泣きがひどい子どもを連続で2人育てたため、2人目が幼稚園に入園するころまで、6、7年毎晩起こされていました。これはきつかった」(東京都・教育学習支援契約社員・30代)  自分の身体と向き合い、早い段階から出産の時期について考えることは、働く女性こそ必要なことかもしれない。AERAアンケートには、50代を中心に「タイミングを逃した」という意見があった。 「子どもを持ちたいと思った時には年齢が高すぎた。個人事業主は自分のペースで働けるからこそ、健康であればあるほど『卵子老化』になかなか注意がいかない」(東京都・個人事業主・55歳)  今の50代は、1970年代前半に生まれた団塊ジュニア世代だ。少子化問題に詳しい日本総研・上席主任研究員の藤波匠さんは、時代背景をこう説明する。 「当時は大学への進学率が上がって、社会に出るのが遅くなった一方で、社会に出る頃にはバブルが崩壊して、希望の仕事に就けなかった人が多い世代です。そのため、結婚、出産が後ろ倒しになった人も多くいます」 ■子育て支援策の成果  第1子の出産年齢が横ばいになった起点は15年。政府が高齢者向けだった消費税の使い道を少子化対策にも広げ、「子ども・子育て支援新制度」がスタートした年だ。同制度は、子どもの年齢や親の就労状況などに応じた多様な支援を用意することを掲げたもので、保育の量の拡充と質の向上に向けた動きが加速した。  日本総研の藤波さんは言う。 「晩産化の歯止めになった要因として、妊娠の年齢的なリミットについての認知度向上のほか、社会的な子育て支援策の成果があったと思います」

 藤波さんによると、約10年前までは、保育所が足りず待機児童が社会問題となった。結局、賃金が安くて、定期昇進の可能性の低い妻の方が仕事を休んだり辞めたりすることがよくあったという。保育所に預けられず、復職できない問題もあった。16年には、保育園の抽選に落ちた親のブログ「保育園落ちた日本死ね!!!」が話題になった。  AERAアンケートにも、約10年前に出産した女性のこんな声が寄せられた。 「出産のために仕事をやめた。働きたくても保育所は入れず、小学校に上がるタイミングまで就活できなかった」(大阪府・医療契約社員・47歳)  この10年で、企業も変わってきた。育休や時短勤務などの両立支援制度が拡充。ワーママは珍しい存在ではなくなり、待機児童は23年、5年連続で過去最少になった。 「出産育児を経ても働くことを『頑張っている』とみてくれる」(東京都・教育学習支援・46歳) 「上司もしっかり育休をとり子育てしながら仕事を続けているので、不利に感じる事は少ない」(千葉県・正社員・34歳) ■30代で昇進のチャンス  AERAアンケートでもポジティブな変化が浮かび上がった。冒頭の38歳女性も、働きやすくなったと感じているという。 「在宅勤務はもともとありましたが、使えるのは子育て等の事情がある人という雰囲気でした。子どもが病気になった時など、やむをえない事情の時だけ使っていたのが、コロナ禍で誰もが在宅勤務となり、それがスタンダードになったことが大きかったです。罪悪感なく働けるようになりました」  藤波さんは、こう解説する。 「今は時短勤務が制度化されましたし、男性育休も整ってきて、預けながら働くことが無理なくできるような環境になってきています」  そんな環境の変化は、かつての「キャリアを積んで、30代後半以降で出産」の価値観にも影響を与えているようだ。AERAアンケートには、こんな意見が届いている。 「30代に入ると昇進のチャンスが巡ってくると感じるので、それまでに子どもがある程度の年齢になっている方がよいと思うから」(大阪府・製造業・56歳)  年齢と身体のことはもちろん、キャリアのことも考え、早く産んだほうがいいという価値観は確実に広がりつつあるようだ。

 とはいえ、働きながら産み育てることは、そう簡単ではない。今年、株価は最高値を更新したが、足元の経済は厳しいまま。非正規雇用で収入が少なく、育休などの両立支援制度を使えない女性は数多くいるのだ。企業による格差も依然として大きい。 「低所得層の賃金が上がってこないと、少子化は改善しないと思います」(藤波さん) ■理想と現実に大差  国立社会保障・人口問題研究所の21年の「出生動向基本調査」によると、独身女性が実際になりそうだと考えるライフコースは、「結婚せず仕事を続ける」が33.3%となり、前回から10ポイント以上も急増してトップになった。一方、理想のライフコースのトップは「結婚し、子どもを持つが、仕事も続ける両立コース」で34%。「結婚せず仕事を続ける」は12.2%で、理想と現実に大きく差が開いている。 「結婚相手の女性に経済力を要望する男性が増えている。女性の賃金が安いと、結婚のハードルが高くなると考えられる。日本では、既婚女性が出産するケースが大半。つまり出産のハードルも高くなる」(藤波さん)  晩産化傾向に歯止めをかけた社会の良い変化。一方で、働きながら産み、育てることが難しい現実もある。仕事と出産のどちらも望む女性たちの葛藤はまだまだ続きそうだ。(編集部・井上有紀子) ※AERA 2024年4月29日-5月6日合併号

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