キヤノンのデジタル一眼レフカメラによる動画撮影機能「EOSムービー」で制作したテレビ番組やプロモーションビデオ(PV)などが増えている。 EOSムービーはデジタル一眼レフカメラの一機能であるため、AFや音声記録の面で不自由さがある。それでも業務分野の動画機材として採用されるのは、大型撮像素子や明るいレンズをはじめとした高画質技術が活かせるからだ。
キヤノンが3日~4日にかけて開催したプロ向け動画イベント「プロフェッショナルムービー体験会2010」(CANON FULL HD MOVEMENT)では、「世界の街道をゆく」(テレビ朝日)と「職のプライド」(日本テレビ)の制作担当者がEOSムービーにおける取り組みを披露。ここでは「EOS 5D Mark II」で撮影した両番組のワークフローなどをセミナーの中からお伝えする。
■ 「EOS Utility」で車載カメラをコントロール
「世界の街道をゆく」は、毎週月曜~金曜の20時54分~21時にテレビ朝日が放送しているミニ紀行番組。少人数によるゆったりとした旅がコンセプトになっている。撮影は写真家の横木安良夫氏が担当している。初日のセミナーでは、制作を行なったテレコムスタッフ 技術プロデューサーの宮内文雄氏がEOSムービー運用のノウハウを話した。
世界の街道をゆくの収録には、EOS 5D Mark IIを3台使用。レンズは単焦点を中心に12本を持ち込んでいる。PCやそのほかの機材も含めて4つのバッグに収まり、うち3つは機内持ち込みができるというメリットを説明。従来、ENGカメラで1カ月程度海外取材をする場合、機材は100kgにもなり、記録テープだけでトランク2つ分に達していたという。「テープを使わないファイルベース収録だと非常にコンパクトになる」(宮内氏)。
ENGカメラに比較してカメラ本体が小型軽量になったため、自動車の外側にカメラを装着しての撮影も容易に行なえるようになったとする。車への装着には、デルキンデバイセズ製の吸盤式カメラマウント「FAT GECKO」を利用した。当初は、FAT GECKOで三脚穴からのみ支えていたが、カメラが大きくブレるのが問題だった。そこでFAT GECKOをもう1つ使い、ホットシューからもカメラを固定した。これによって走りながら撮影しても、かなり振動が少なくなったとのこと。
そうした走行中の撮影で大きく役立ったのがカメラ同梱のソフト「EOS Utility」だ。EOS Utilityは、カメラとPCをUSBで接続することでシャッターを切るなどの操作ができるソフト。収録時には車内のPCとEOS 5D Mark IIを接続して使用した。動画記録のスタート、ストップを始め、動画における露出の調整も可能で重宝しているという。「放送用カメラで言う CCU(Camera Control Unit)的な使い方ができる。クレーン撮影などでもリモートコントロールの方法として有効と思う。EOS Utilityは、できれば動画の記録中も露出を変更できるようになるとありがたい」(宮内氏)。
撮影時のピクチャースタイルは「忠実設定」で「色の濃さ」を+1に固定している。ドキュメンタリー番組としてさまざまな光の中で撮っているので、あまりガンマを変えない方がよいとの判断からだ。「高輝度側階調優先」はONにしている。「黒の締まりはEOSムービーの良さだが、多様な光線状態があるためダイナミックレンジを稼ぐ必要がある」(宮内氏)。
感度についてはISO320を基本にしているという。「このカメラはS/N比が非常に良く、かなり感度を上げてもざらつかない。感度を上げることで、絵がフラットになってラチチュードがある程度広がる。そういう意味でISO320くらいだとオールラウンドに使えると思う」(宮内氏)。表現上絞りを開けたい場合には、高輝度階調優先をOFFにしてISO100で撮影することもあるそうだ。
ところで、3台のEOS 5D Mark IIを使用しているとファイル名(番号)が重なってしまう問題が起こる。当初これを解決するために、3台のうち2台目のカメラで3,000回空シャッターをきり、3台目のカメラで6,000回からシャッターを切ってファイル名を3000番台と6000番台に分けて記録できるようにした。1台目のカメラはファイル名をリセットすることで0から記録できる。「1度この方法をやってみたが、いくらEOSが丈夫だといっても10回やれば6万回シャッターを切らなければならず、さすがにまずいと思った」(宮内氏)。
そのための対策として、「リジェネ用CF」というアイデアを出した。これは、ファイル番号が3,000のデータと同じく6,000のデータをそれぞれ記録したCF。このCFを挿入して1度動画記録を行なえばそのファイル番号に“リジェネ”される仕組み。宮内氏は、「EOS-1D Mark IVではファイル名の任意変更が可能ですが、EOS 5D Mark IIではできません。今後もカメラを複数台使っていくと思うので、ファイル番号を任意にスタートできるようにしてほしいですね」とキヤノンへの要望も述べた。
さて、世界の街道をゆくの取材は4人体制だ。ディレクター、カメラマン、技術プロデューサー(宮内氏)に加えて、「メディアマネージャー」と呼ばれるスタッフを加えている。「ファイルベースでの収録を決めたときに、これまでの撮影助手やVE(ビデオエンジニア)というよりもテープレス制作における収録から仕上げまでのワークフローをきちんと理解したメディア管理者を置くことになった」(宮内氏)。ファイルベースカメラの採用が広がる中で、撮影クルーの構成も変わりつつあるようだ。
「ファイルベースでロケを行なう場合、バックアップのためのPCが命」という宮内氏。予備を含めてSSDタイプのMacBook Proを3台持ち込んでいる。SSDを選んだのは移動中の振動を考慮してのものだ。番組を始めた当初はBlu-rayドライブを持参して素材をバックアップしていたそうだが、Blu-rayでのバックアップは長時間を要しメディアマネージャーにとって大きな負担だった。そのため、現在はコストダウンが進んだ外付けSSDを活用している。素材は外付けのSSDのほか、外付けのHDDにもバックアップしている。何が起こるかわからない海外ロケという点を考慮し、盗難などのトラブルも想定した安全策だ。
テープでは実時間を要するバックアップも、ファイルベースカメラでは短時間で済むのもメリットと話す。「1日分の撮影データを30~40 分でバックアップできる。バックアップ作業は、撮影が終わってからせいぜい1時間くらいでできる体制を整えておかなければならいと思う」(宮内氏)。
宮内氏によるとEOSムービーの編集ワークフローには、テープにコピーして行なう方法とテープレスで進める2つの方向性があるという。テープベースで編集している番組もまだまだ多いが、世界の街道をゆくでは後者を採用した。「テープに起こすということは、高価なVTRに依存するということ。VTRがなければ再生できない。VTRも将来なくなっていくのであれば、ファイルが壊れない限りPCさえあれば再生できる部分をメリットと考えた」(宮内氏)。また、テープは1本のなかに素材が混在せざるを得ない点がデメリットという。ファイルベースにおける“1カット1ファイル”という概念がメタデータの利用と相まって、アーカイブ性が高まることもテープレス編集を選んだ理由としている。
宮内氏は、「現状のワークフローで安心してしまうと、気づいたときには一時代前のワークフローだったということになりかねない。IT環境とファイルベースワークフローは一緒に進んでいくので、最新の情報を入手していくことが重要」と締めくくった。
■ 「フィルムで撮ったような深みの映像に驚いた」
2日目のセミナーでは、日本テレビが毎週金曜の22時54分~23時に放送しているミニドキュメンタリー「職のプライド」を担当した構成作家の田代裕氏、ディレクターの黒瀬敦子氏(日テレ アックスオン)、カメラマンの森木宏明氏(日テレ・テクニカル・リソーシズ 制作技術センター)がEOSムービーの魅力を語った。
2009年秋から放送を開始した同番組だが、次回6月11日の放送が最終回となる。最終回では、長岡製作所の木製カメラを取り上げる予定だ。
職のプライドは、仕事に誇りを持っている各分野の職人を紹介するヒューマンドキュメンタリー。黒瀬氏は、EOS 5D Mark II採用の背景を次のように話す。「5分間のミニ番組は、新しいことにチャレンジできる枠でもあります。テレビが今までにやったことのないおもしろいことをやりたいと考えていました。そこで田代さんと森木さんそれぞれに相談したところ、奇しくも2人から『スチルカメラで映像が撮れるらしいよ』と聞きました。私は小さなデジカメや携帯電話の動画を想像して、画質が悪いんじゃないかと思いましたが、2人は『最近はPVなどでも使われている』というのです。番組の企画当時は、まだデジタル一眼レフカメラの動画はテレビでの採用例がほとんどなかったので使ってみることにしました」
田代氏は、以前EOSムービーによる小さな番組を作ったことがあったそうだが、その時はあまりEOS 5D Mark IIの画質を堪能することはできなかったのだという。だが、その後の調べで大変格好いい映像が撮れることがわかり今回提案したとのこと。一方の森木氏は、以前にEOS 5D Mark IIを薦められたことがあったが、テレビカメラに慣れ親しんでいる身には不安で、その時は断ったという。しかし、今回の番組を作る際に思い出して進言したという。
黒瀬氏がプロデューサーなど制作側にEOS 5D Mark IIを使いたいと相談したところ、そうしたカメラの情報は知っておらず「ちゃんと撮れるのか?」といった不安の声が上がったそうだ。しかし、テスト撮影した映像を上映したところ、その場にいた人からは歓声が上がったという。黒瀬氏は、「こんなにボケ足があり、フィルムで撮ったような綺麗な映像が撮れるのかと本当に驚いた」と振り返る。
田代氏も、「1作目の粗編集後に見たのですが、綺麗な映像に仰天した。今のテレビは何でもクリアに映るが、これも善し悪し。ボケによって見えない部分があることで、ワンカットワンカットに物語性が持てる。その深みが魅力。私はたまたま写真が趣味だったのでレンズなどに興味があったが、それでもピントを浅くコントロールできることの優れた部分にはびっくりした」と話す。
職のプライドの収録でも先の宮内氏同様、カメラをはじめ機材がコンパクトになることが大きなメリットになるようだ。「ENG取材に比べて、カメラが小型でメディアもかさばらない。タクシー移動なども楽。“取材”が前提の撮影なので、少人数で機動性を重視している」とのこと。現場にはディレクター、カメラマン、VEの3人が足を運ぶ。VEは照明も担当することがあるという。
国内取材ということもあり、現場ではEOS 5D Mark IIの1台体制。予備ボディやPCは持参していない。レンズは、「EF 24-70mm F2.8 L USM」と「EF 70-200mm F2.8 L IS USM」の2本だけとシンプル。これにNDフィルターとクローズアップレンズを適宜組み合わせている。「職のプライドの場合、このセットがあればほとんどの取材ができる」(森木氏)。実はこの番組、映像のほとんどを開放絞りで撮影している。「当初はF2.8での撮影を前提としてはいなかったが、第1回目の撮影後に見たところボケが魅力的だった。これを最大限に生かすために撮影は絞り開放で行きましょう、と決まった」(森木氏)。
シャッター速度は蛍光灯のフリッカーが出ないように気を配りながらも、あまり速くなりすぎないように設定している。露出は主にISO感度の上下でコントロールしているとのこと。色や露出の基準にするため、あらかじめEOS 5D Mark IIで撮影しておいたカラーチャートを現場のモニターに出して確認するといった工夫もしている。
EOSムービーの不便な点は、録画の残り時間が表示されないことだという。「特にインタビュー中にCFがフルになると困るので、早めの交換を心がける必要がある」(森木氏)とする。なお、初期のロケには予備機として業務用ビデオカメラも持参していたが、今では不要になったとのことだ。
音声は基本的に同録(カメラで映像とともに音声を収録すること)している。ここで活躍するのがICレコーダーだ。EOS 5D Mark IIの内蔵マイクでは、タッチノイズや風切り音などの影響を受けてしまうためICレコーダーのマイクを使うという。ICレコーダーはアクセサリーシューに装着し、ヘッドホン端子とEOS 5D Mark IIのマイク端子を接続している。EOS 5D Mark IIにはヘッドホン出力がないために、録音時はモニターができず、端子の接触不良などで音声記録に不具合が発生することも考えられる。その意味で、ICレコーダーは音のバックアップ記録の役割も果たしている。
収録前にICレコーダーにヘッドホンを接続して生音をモニターし、ICレコーダー側の録音レベルを設定。その後、カメラ側の録音レベルをマニュアルで設定している。
撮影で使用するEOS 5D Mark IIの液晶モニターには、森木氏自作のファインダーを装着している。鏡胴部分はENGカメラのビューファインダーを流用した。接眼レンズが入っていて拡大できる上、視度調節にも対応している。「30年近くテレビカメラのファインダーを覗いていたので、これだけは使いたかった」(森木氏)。カメラのフォーカスはあらかじめレンズに目印のテープを貼って合わせることもあるが、ピント位置が予測できない場合には液晶モニターを見ながら追うとのこと。
森木氏はカメラが小型である点を活かし、狭い角や、床すれすれといったアングルでの撮影にも挑戦している。「EOS 5D Mark IIを使うと、撮影スタイルがスチルカメラマンに近くなります。撮影アングルにこだわるカメラマンは沢山いますが、ENGカメラでは物理的に難しい場合が多い」(森木氏)。田代氏も、「アングルにこだわることで、映像が格好良くなる。私は映像に言葉を載せるのが仕事なので、格好いい映像の方が楽になる。また、映像が良ければ黙ることだってできるのです」とこうした絵作りに賛成している。
ロケでは、マイク用ブームスタンドにカメラを装着しての撮影も行なっている。「現場は狭いことが多く、レールドリーなどを使うのはまず無理です。EOS 5D Mark IIではいろいろなサポート機材を使えるので大いに助かっている」(森木氏)。三脚では得られないような映像を撮れるのがメリットという。
なお編集については、テレビ番組制作では実績のあるテープベースのワークフローを採用している。CFの動画データをテープにダビングし、それを基にFinal Cut Proでオフライン編集を行なう。その後Avidのシステムでオンライン編集を施して完成となる。
「最近のテレビは映像のクォリティが高いが、それが映像をフラットなものにしている。ピントの合う場所を限定できたことで、絵が際だった。映像を信じて視聴者に委ねることができる」(田代氏)とEOSムービーで撮ることによる映像の変化について話す。
職のプライドでは、取材者が現場で感じる職人の世界観を伝えるためにパンやズームはなるべく使わず、長めのカット割を採用している。「映像の持っている美しさがなければできない見せ方。足し算ではなく引き算の美学といえる」(黒瀬氏)。
森木氏は、“テレビカメラによるズームイン”と“EOSムービーによるピント送り”の違いも説明した。ズームインだと「これを見ろ」と言わんばかりに周りの映像がバシッと切れてしまい、見る人に現実感を与えてしまうという。一方、ピント送りでは周りの映像がほのかに残っていることで、視聴者に夢を与えられる絵になるとのこと。「従来、“テレビの絵はパンフォーカスでなければならない”という考え方があったので、EOSムービーを初めて使ってカルチャーショックを受けた」(森木氏)。
田代氏によれば、映像のボケ味がテレビ番組制作の現場で議論になることはこれまでほとんど無かったという。「技術のスタッフは光学的な部分をよく知っていても、制作側はそうしたことにあまり興味がないところがある。そもそも『いい絵だね』ということも最近は話題になっていない。とかく技術側と制作側では距離が生まれがち。EOSムービーのようなカメラがあれば、『こんなレンズを使おう』『レンズってどういうものなの?』といったように双方から意見が出て、番組制作が自由にできるようになるのではないか」(田代氏)と期待を寄せている。
黒瀬氏は今後、EOSムービーによる長めのドキュメンタリー番組にもチャレンジしたいと意欲を見せる。「EOS 5D Mark IIに慣れると、ENGカメラで自分が手がけている別の番組が物足りなくなってきます。映像にこだわることで、素敵な世界ができるのではないかと思います」(黒瀬氏)。