米経済誌『フォーブス』世界長者番付の2022年版において、日本人で100位以内に入ったのは3人。ファーストリテイリング(ユニクロ)・柳井正氏(54位)とソフトバンクグループ・孫正義氏(74位)という世界的経営者の間に割って入ったのが、資産額239億ドル(約2兆9400億円)で61位にランクインした滝崎武光氏(76)である。
【写真】取材を受ける約30年前のキーエンス・滝崎武光氏。黒スーツに黄色系柄ありネクタイ
滝崎氏はセンサーのメーカーであるキーエンスの名誉会長。キーエンスは、1974年に滝崎氏が兵庫県尼崎市に設立した会社で、自動車や精密機器、半導体などの工場で生産工程を自動化するファクトリーオートメーション(FA)にかかわるセンサー類を開発・製造するメーカーだ。
過去5年間の社員平均年収は1930万円。業績に連動するため年ごとに差があるが、東証プライム企業のなかでも図抜けて高く、“日本一給料が高い会社”と呼ばれている。
そんなキーエンスには、独特な社内ルールが存在する。キーエンスの元営業社員で中小企業診断士の立石茂生氏は、こう話す。広告
「上司を肩書きで呼ぶのは禁止で、全員が“さん付け”です。私たち若手も“滝崎さん”と呼んでいました。風通しのいい会社に見えますが、実は“下克上”をしやすくするという理由もある。実力主義の会社なので、いきなり年上の部下、年下の上司になったりしますが、普段から“さん付け”なら抵抗が小さい。
上司が部下を飲みに誘うのも禁止です。会社の人間関係で、馴れ合いや好き嫌いの感情は持つべきではないという方針で、新入社員のときに滝崎さんから『赤ちょうちん談義は何の生産性もないからやめてください』と言われた」
会社が利益を出すために、必要のないものはすべて排除していくという姿勢だ。
滅多にメディアに露出しない滝崎氏が受けた最後のロングインタビューとされる『日経ビジネス』(2003年10月27日号)の記事で、滝崎氏は〈会社として過去を振り返っては絶対にダメです〉と言い、創業記念日を定めず、社史も編纂しない、アフターサービスが必要なくなった時点で過去の製品はすべて廃棄するという旨を述べている。常に未来を見据えよというメッセージである。
素人が財テクや不動産投資で儲けるのは、不労所得になるからやらないと言い、〈頭を使い、汗を流して、いい仕事をしようと〉社員には伝えているという。“合理主義者”と評される所以である。
キーエンス社員の間で語り継がれているエピソードがある。ある日、滝崎氏に営業社員から相談があった。「取引先から『お前の会社は儲けすぎだ』と言われるが、どう答えればいいか」。滝崎氏はこう答えたという。
「私は若い頃、オーディオが好きだったが、ソニーの製品を買おうと思っても店側は値引きしてくれない。他社製だと3割くらい値引きするのに。だからといって、ソニーの商品が売れないということはない。本当に高すぎるのなら売れないはず。つまり、なぜ客が、高すぎる、値引きしろと言うかというと、本当にその商品が欲しいからだ。だから、それは商品に対する“誉め言葉”として聞いていればいい」
立石氏は、いかにも滝崎氏らしい返答だと語る。
「滝崎さんは理系人間なので、どんなことでも理詰めで考え、反論を事前に想定して、答えを用意している。それで反論してくる人を論破できたら、その考えは正しいとみんなに納得してもらえるわけです」
値引きもしなければ、取引先に対する接待営業も一切禁止。理屈に合わないからだが、よほど自社製品に自信がなければ、できないことでもある。
※週刊ポスト2022年4月29日号